「知的障害なのに、黙秘って知っているものなの?」「無罪になりそう」「フリしてるだけ!」。神戸市長田区で9月下旬、小学1年女児(6)の切断遺体が見つかった事件。兵庫県警に逮捕された無職、君野康弘容疑者(48)に知的障害があると報じられると、インターネット上にある種の「反感」が広がった。背景にあるのは「障害→刑が軽くなる」という連想だろう。果たしてそれは事実なのか。(宝田良平)
「本当に知的障害?」
捜査関係者によると、君野容疑者は都道府県や政令市が知的障害者に交付する療育手帳を持っていた。程度は軽いとされる。
判定基準は自治体によって違う。神戸市ならIQに社会生活能力を加味し、軽度、中度、重度の3段階で判断している。同市の基準では軽度のIQは51~75。一般的に軽度の知的障害とは、身の回りのことができ、小学校を何とか卒業できる程度だとされる。
君野容疑者は9月24日に死体遺棄容疑で逮捕されてから1カ月近く、事件について黙秘を貫いた。
1人で暮らし、生活保護を受け、交流サイトのフェイスブックにも登録していた。ネットの掲示板にはこんな疑問が書き込まれた。「これで何をもって『知的障害』なんだろう」
実際、君野容疑者の障害の程度は詳しく分かっていない。10月14日に殺人容疑で再逮捕された後、一転して「大変なことをしてしまった」と女児殺害を認める供述を始めた。
だが、遺体を何カ所も切断したほか、遺体を入れたポリ袋を自宅そばの雑木林に捨て、ポリ袋の中には自身の診察券が入っているなど、行動に不可解な点も多い。
事件前は普段からほぼ毎日酒を飲み、パンツ1枚で周辺をうろついたり、目が合った人に「こっち見るな。殺すぞ」と暴言をはいたり…。奇行を繰り返して近隣住人とトラブルを起こしていた。
犯行当時も酒を飲んでいたとみられており、神戸地検は31日、刑事責任能力を調べるため裁判所に鑑定留置を請求、認められた。
責任能力の判断基準
中京大法科大学院の緒方あゆみ准教授(刑事法)によれば、精神疾患がある人の刑事責任能力の有無・程度の判断基準は昭和59年7月の最高裁決定で示され、犯行当時の病状や事件までの生活状態、犯行動機などを総合的に考慮して認定することになった。
アルコールもただ酒に酔っていたという程度では責任能力の判断に影響しないとされる。犯行当時は異常な酩酊(めいてい)状態にあったとして本来は刑罰を科さない「心神喪失」と判断されても、酩酊状態になれば事件を起こすことが分かっていた、あるいは予見できたのに飲酒したとして、完全責任能力を認めた判例もある。
では、知的障害はどうだろうか。緒方准教授が近年の判例動向をデータベースで調べたところ、軽度の知的障害のみで心神喪失や刑罰を軽くする「心神耗弱」が認められた例は見当たらなかった。
軽度の知的障害に加え、責任能力に影響する精神疾患などがある場合に心神耗弱を認めた判例が平成11年以降に4、5例あった程度だという。
厳罰の現実
一般論として「障害があることで裁判が被告に有利になることは、まずあり得ない」と言い切るのは、障害者の刑事弁護に詳しい辻川圭乃(たまの)弁護士(大阪弁護士会)だ。
辻川弁護士の実務感覚では、精神年齢が10歳に満たず、言語も発達していないような重度(IQ20~34)や最重度(IQ20未満)のときに、ようやく減軽が考慮されるという。
昨今の刑事司法はむしろ障害者に厳しい。たとえ罪を認めていても、法廷で反省をうまく口にできず、情状は悪く受け取られる。このため、必要以上に厳罰に振れやすい。素朴な市民感覚が反映されやすい裁判員裁判の導入以降、特にその傾向が強まったと辻川弁護士はみる。
その典型例が、姉を殺害したアスペルガー症候群の被告に求刑超えの判決を言い渡した大阪地裁の裁判員裁判(24年)という。
被告が(1)十分に反省していない(2)社会に同症候群の受け皿がない-ことを理由に「刑務所収容が秩序維持に資する」とされ、求刑懲役16年に対し懲役20年の判決が下された。
裁判員制度の主眼がいかに市民感覚の反映とはいえ、日本弁護士連合会や日本自閉症協会など各種団体から「差別的な隔離判決」との批判が殺到。2審大阪高裁は「公的機関の支援など社会に受け皿はある」と1審判決を破棄し、後に懲役14年が確定している。
AVの痴漢シーンを…
アスペルガーなどの発達障害や自閉症の被告では「完全黙秘」も珍しくない。
強制わいせつ容疑で逮捕された自閉症の少年が、犯行時間帯のアリバイがあったのに黙秘を貫き、家裁で不処分になるまで一言もしゃべらなかったケースもあるという。
それとは逆に、取調官に迎合し、やっていないことまで話してしまうこともある。辻川弁護士がかつて受任した強制わいせつ致傷事件では、中度の知的障害のある男性が「毎朝、通勤電車で痴漢していた」と供述していたが、実際はバスを使っていた。
アダルトビデオ(AV)で見た電車内での痴漢シーンを、自分の体験としてしゃべっていたという。「(取調官が)喜んでくれる」というのが理由だ。
辻川弁護士は「障害があるから刑を軽くすべきだとは言っていない。ただ、必要以上に重くなることは防がなければならない」と話す。
繰り返すが、君野容疑者の障害の程度は定かではない。ただ「障害があるから刑が軽くなる」とは言い切れない。
法務省の矯正統計年報によると、昨年の新受刑者2万2755人のうち、IQ69以下の人は4665人。実に2割の受刑者が、知的障害とみなされるレベルにある。
犯した罪を自覚させ、どう償わせるかが一番の問題だが、国が管理する成人刑務所の更生プログラムではあまりにも不十分だ。
2014.11.19 07:00 産経ニュース