目が見えなくても健常者と同様に普通に働きたい−−そんな思いで、昨年12月に企業訪問を始めた大学4年生、辻祐樹さん(21)=仮名=は、企業の厚い壁に阻まれ、就活はもっか苦戦中だ。当初目指していた一般雇用枠での採用には、二の足を踏む企業がほとんど。現在は障害者雇用枠も受ける辻さんに話を聞いた。
辻さんは、中学校に上がる12歳の時、朝起きると視野が欠けていた。目が開いていない気がする。いつも見る部屋の時計が見えない。網膜細胞が徐々に死んでいく「網膜色素変性症」と診断された。眼前で手の動きがわかるほどの視力「手動弁」となり、身体障害者手帳1級を所持した。
10月下旬、辻さんと東京都内にある彼の大学のラウンジで待ち合わせた。自宅からバスを乗り継ぐ通い慣れた通学路。歩調はとても速く、白杖(はくじょう)のコツコツという音が一定のテンポを刻む。「満員電車にも普通に乗りますよ。行ったことがない場所での面接も、人に尋ねたりして1人で行きます」とほほ笑む。周囲の友人たちと同じく、3年の12月から就活を始めた。だが、企業の反応は予想以上に厳しく、4年になった現在もまだ内定は取れていない。
大学進学時、唯一自分を快く受け入れてくれたのが現在の大学だった。点字や手話の他、スキーや軽音楽など幅広いサークルに入り、多くの友人もできた。また未経験だったパソコン操作も、音声読み上げソフトを用いて先輩に教わり習得した。資料作成を目の前で見せてもらったが、その軽やかなブラインドタッチに記者も目を見張った。
「社会に貢献できる自分の居場所がほしいんです」。パソコン操作での勤務が可能な、事務職への就職を志した。就活が始まった昨年12月以降、毎日のように大学の就職課やハローワークに通い、企業研究やエントリーシート(ES)の改善にも励んだ。就活で企業に対して自分を表現するES。郵便など提出が難しい時は、電話で問い合わせ、パソコンで作ったものをインターネットで提出した。「代筆してもらったことは一度もないし、それじゃ意味がないです」と言う。また自分の面接の練習を録音し、受け答えも磨いた。
電話やインターネットで応募や問合わせをしたのは、大企業から中小まで事務職を中心に計68社。そのうち面接まで進んだのはわずか数社だった。親身に話を聞いてくれる企業もあったが、多くはそっけない反応だった。「入社後のパソコン業務も健常者と同じようにこなせることを伝えたい。自分の存在をアピールしたい」と辻さん。しかし面接では、業務内容まで質問が及ぶ前に、日常生活に関する質問で終わってしまう。
「どうせこしかけでしょ。1人で歩けるの? 1人で着替えられるの?」。面接で氷のように冷たい言葉を浴びせられたことがあった。一瞬思考が止まり、その後わいてきたのは驚きと怒り。それでも拳を握りしめ、必死に笑顔で「最後にどうにもならない時だけ助けが必要になります」と訴えた。視覚障害1級というレッテルだけで、門前払いの連続。「障害者に対する企業側の認識が欠けている」と感じた体験は数えきれない。結局、最終面接まで行った企業はどこもなかった。
大手企業の採用担当幹部に聞くと、「本業を通した社会貢献が推進されるべき昨今、意欲があり仕事熱心な障害者の採用は企業にも求められている。しかし、障害の部位と程度にもよるが、現時点では一般雇用枠では難しい面もある。引き続き障害者枠で採用していきたい」と本音を吐露する。
◇パソコン技能習得は力に
視覚障害者が社会で働く上で、求められるものは何か。視覚障害者就労生涯学習支援センターの井上英子代表(63)に取材した。「パソコン技能は大学でも職場でも大きな要素だと思う。本人が情報を得られるようにする必要がある」。同センターは、IT関連技能の育成を通じて、視覚障害者の就労支援を行っている。そのため、視覚障害をもつ全国の大学3、4年生を対象に、パソコン技能の習得や、企業の業務環境、職務への理解を目指す講座も実施している。井上さんは、「企業側は障害雇用に対してまだ十分な知識や経験がない。本人はもちろん、企業に対しても就労事例や支援制度を紹介することで、障害者雇用を広げていきたい」と話す。
辻さんが両親に弱音を吐くと、「そんなの人生のわずかなこと」と激励される。友人も自分を気にかけてくれる。「就活ごときに負けてたまるか」と歯を食いしばった。就活はこれからも続けるという。
企業はもとより、私たち一人一人も障害者への認識や法律知識を深めなければならないのではないか。視覚障害1級でありながら定年まで勤め上げた祖父の苦労について、ちゃんと話を聞いたことがないことを恥ずかしく思った。これからも身近なところから取材していきたい。
◇障害者雇用
1960年に施行された障害者雇用促進法の一環で、民間企業には全従業員の2%に当たる障害者の雇用が義務付けられている(障害者雇用率制度)。これを満たす企業に対しては、雇用率を超えて雇用している障害者数に応じて1人当たり月2万7000円の障害者雇用調整金が支給される。
厚生労働省によると、2013年6月1日現在の法定雇用率達成企業は、42・7%。就労支援機器や支援制度を活用し、積極的に障害者を雇用する企業がある一方、雇用率未達成により障害者雇用納付金(法定雇用障害者に不足する障害者数に応じて1人当たり月5万円)が徴収される企業もある。また昨年6月に成立した改正障害者雇用促進法により、16年4月には新たに企業に対して「障害者への差別禁止」「障害への合理的配慮の義務化」が施行される。
毎日新聞 2014年11月21日 東京夕刊