花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

雪囲いやっと半分終了の後で、、

2021-11-05 04:19:11 | Weblog

昭和44年、、卒業して2年半の、

病院勤務の社会人でした。

 

昭和38年に、

東京大学入学にこだわっていた兄が

     2年浪人しても、東京大学に受からなくて

        しょんぼりとしていた姿が

             今も浮かんできます。

何百年も東京に住んでいた先祖の事を思うと

   戦争で、市ヶ谷の実家は無くなったが、

       再び東京に回帰して

         最後の力で、古いお寺の跡に開業してくれた父の想いを

           東大に受かれば、、、

       東京都内の「生き残り組になり、転々としたくない、、、」と思ったのでしょうね。

結果的に、

   私立の医科大を卒業して

        臨床医になりました、

         

     父と同じ経路の人生を辿りながらも、

         晩年は閉院して勤務医となり、、、質素乍ら

           85歳にして現役医師であり

             81歳にして英検一級を受かっています。

           勤務医になったおかげで

         不動産はすべて処理して、、、老人施設から勤務している

           「医師をすること」を選んだ兄です。

         姉弟には、、金銭的には、、、1000円の遺産相続もさせない

        長男唯一の時代に、

       従軍して大陸に渡った8年間は

         終戦によって、日本の国民は、

           「日本が  残っただけでも、、、、昭和陛下にひれ伏した。」

           みんなで泣いた。、、、

        原子爆弾で、人間が元素になる瞬間を観た国民は

           最後に一人まで、、、女性も、、竹やりを造っていた。

        「終戦の玉音放送」にひれ伏して

         「陛下の、、お言葉だけに、、、皆、、終戦を受け入れて

           女たちは竹やりを置いた、、、日本の国民性って、、???

        サイパン玉砕の時も

          女性たちは、、、皆、、、バンザイ岬から飛び降りて 

 

                   大海の中に身を投げて、、、しまった。

         終戦は、、、世界の終戦であ有ってほしい。

        闘うのなら、、、、オリンピックのように、人間同士の優劣で戦いたい!。

           科学を間違った方向に巻き込まないでほしかった。

          原子爆弾や、水素爆弾や、この世に有るというだけで

             X軸と、Y軸だけで勝負を考えた

              科学者の扁平な次元だったのではないのだろうか。

         実際は、、、戦争の前後には、相対性理論や

            立体次元で、、宇宙の自転、、、公転、、、太陽系銀河系

              そのまた外の銀河系、、、の様な宇宙が報告されていた時代に

             原子爆弾の砂漠での実験の後、日本に、、、2発も投下された。

 

       政治家や 軍隊は X軸とY軸で勝ち負け、、、領土、、、支配、、、と

         人間が万物の霊長として、、、条件づけた領域の中の計算で

           国と国が、、、

          地球の統治を争ってきたのではないのでしょうか???

       地球は一つなんだから

、、、地球の平和を、、、丸ごと考えてほしいと思いました。

 

        地球という、別の生命体、、、別の生命論で考えた「鉱物、元素、化学物質、、、」

          スピン、、そのものが、すでに

      X軸とY軸だけで、領土や経済を考える人間が、、、部分でしかないことを

          物語っているのではないでしょうか???

   地球の生命をZ軸に、銀河系、太陽、、、衛星,、月、、、多くの軸を判断の基準に加えて

          国際間は一つになって、、、せめて、、z軸の地球を立体象限として

       温暖化は、、その小さな小さな、、、兆候でしかないと、、思えたりしています。

 

  話は、、もとに戻しますね。。。。日記だから、、、自分で自分に

      呆けないうちに、、、何を考えたかを、、日記に記しておきます。

    日大の理工学部の時代の、、、教養時代の数学の

     「行列式を、、、もう一度解きなおしながら、、、

         世間では、、、なんと言われようと、、、

            日大は良い講義をしてくれたと

             母校に感謝して、、、私自身の人生に限っては

                     日大に感謝して卒業したい。

        大学名だけでは「金屏風にならない、、、各人の力があらゆる方向に力となる、」

      ぎょろめの教授が、、、早口で、、、授業の時、、、無駄口時間のように

           勉強しない私たちを、、、啓蒙してくれました。

            卒業アルバムには、、、マンガで書いた似顔絵を、採用してもらいました。

          人生は、、、マンガのように、、、解りやすく、、生きた私でした。

             孤独を感じなかったのは、、、頭は常に、別の生活をしていました。

    量子力学、、、物理,、、化学、、、数学、、、専門の薬学は実学で

        筋肉で仕事しながら、、、

      いつも教わった、、

          思考の数学なんかを、、、考えながら、、

            いつの間にか、筋肉が家事をこなしていた。

                友人は一人も居ない、、、北海道の結婚生活でした。

                  NHK が有るから、、、寂しくもなんともありませんでした。

 

 

 

           父が、、、幸せとは思えない、、、激務の人生をおくったことは

         戦後の、親戚縁者、、、皆、、、医師である父を頼ったという

        戦後の溺れれそうな人は、、、皆父を、、、藁のように掴んで

       居候だらけだった、、、我が家、、、

         池田総理の時代から、、、1人、、、また一人、、、我が家から

             独立して、、出て行ってくれた。

               戦後とは、、、出来る者の方にかかってきて、、、手加減は無かったし

            貧しい心は、、、父から持ち出すばかりの時代だった。

       最後は開業医だった父は54歳で、、、過労死したことが

            兄に、、、自己防衛を考えさせたのかもしれない。

          ほとんどアルバイトで大学を卒業した私は

             これから、、医師になる弟の事を兄に託して

               北海道に、、、父の代わりに働いてくれるという

                 外科医を、北海道に、、、迎えに来たはずだった。

                      北海道で、確固たる職場を得た相棒は

                        結婚時の約束を、当然のごとく、、、守れなかった。

        父と経営していた開業で、1人の内科医が心細く開業を継いでも、

          たぶん、、、命を対象の仕事だけに、、、

            孤独と恐怖があったのだろうと推測した。

 

         兄は、身軽になって、施設に住み込んで

          勤務医を続けるという選択をした。、、、

      実家を売ることは、、姉弟にも、、、相談はしなかったようである。

           突然、、、実家が売られてしまって、、、無くなった事を知った弟は

             財産としてではなく、、、

          父母が、、、大勢の従妹や、、、叔父さん、、おばさん、、の何組も支えた

            雑居家族だった時代が、、、忽然と消えて,、、心が寂しいと

         売るなら、、、一言、、、相談してほしかったと、、、ぼやいていた。

             

 

          54歳で過労死した父の場合を振り替えると

          医師に、、全ての事が、、、

           おんぶにだっこだった様な

            強く見えすぎたばかりに背負った

 

            雑多のノルマの過剰だったと、、、

               蚊帳の外からは見える気がします。

 

          晩年、、、時々ぼやいていたように、、、

                 星空を,、、黙って見つめていた父の顔が

                         何を思って、、、賽の河原の石を積むような

          診療の繰り返しを、、、1人で背負っていたのだろうと、、、

         医師に、、、おんぶにだっこの、、、親戚が、、

             要領が良すぎに見えて仕方がなかった。

 

 太平洋戦争で、

     外科医は海外の

        戦場の至近距離に御奉公した時代が終わり

 

   終戦まじかの昭和19年、

      父は軍服にすべてをゆだねて

    最前線の戦場に

      トラックで移動するところでした。

 

      もし、、、あの時

 

        乘るはずだったトラックが

          既定の場所に現れたなら、、、

 

            父は、そのトラックに乗って

              玉砕した戦場に行くところだった。

 

     上層部では、すでに、、、日本は長期戦に突入の為

       資源の少ない日本は、あらゆる物資が底をついていたことを

            知っていた。

 

          国民のパニックをさけるためなのか??

          国内の情勢が相手の国に察知されるのを防ぐ為か、、、???

 

         最大の新聞社も、、、

             報道は規制されていた。

 

        国民は,、偏った報道に翻弄されて

           勝利を信じ乍らも

 

          鍋、、釜、、、指輪に至るまでの

           国への奉納の始まった空気に、、、

 

          「憲兵さんに聞かれると,、、マズいけれど、、、

              新聞は、、、ワシャ、、、信じるの、、、止めて、、、

                 防空壕に、米を備蓄した方が、、、良さそうじゃ、、、」

 

          「ワシも、、、そう思う、、、」

 

     村の長は、村民に、本土決戦の為に

           備蓄などをはじめたさなか

 

              女性たちは「竹槍」をつくり始めた。

 

             町長をしていた

                母方の、、、私の祖父が、

               大学出身の少ない田舎では

              校長先生も兼ねていた。

 

         学校では、

          座布団を二つ折りにしたような

             防空頭巾と呼んでいた綿入れ帽子が

                 通学スタイルになったころ

 

       

        国から、

      日本の、軍隊の玉砕が知らされたそうです。

 

       祖父は、単身、戦場まで、

           娘家族を迎えに大陸に渡りました。

          

     アメリカから、日本に帰国していた祖父は

        アメリカと戦争するなんて、、、

          どうかしていると、、、嘆いていた。

 

      この戦争は、

        巻き込まれてしまったのかもしれない、、、

       真珠湾を忘れるな、、、という

       アメリカの合言葉が、しばらくの間、、、

           原爆投下を正当化するかのように

              戦後の昭和25年ごろまで

                子供たちの耳にまで、、、

         「真珠湾?」と、、、飛び交った。

 

        祖父の話によれば、ハワイには低賃金労働者としての日本人が

         何千人と「サトウキビ畑」で働いていた。

          アメリカ兵とともに、、、日本人も真珠湾で大勢死んでいったのだよ。」

 

        明治生まれで、筑波大学の前身の師範学校を卒業し、

        28歳でアメリカに留学していた祖父は

 

           戦争がはじまる直前に、引き上げてきていた。

 

            日本はアメリカと戦争するなんて

              全くどうかしている、、、、

             資源も比較にならない、、、

             法の下に発展してきたアメリカの国民意識は

            南北戦争をはじめ

              いろいろの国の国民の

                合衆国であるだけに

              考えそのものが、合理的に発達してきている国であったそうです。

 

               日本の一部の人間によって国が動いて行くような

            短期決戦型の国とは違いっていることを

           小学生になった私たちにも、、、

        話してくれるような祖父だった。

 

         終戦の前に、戦場から、着のみ着のままの姿で帰国して

               救われた父母は

 

         祖父が、町長をしていた南紀の山奥に、

                そのまま疎開したのでした。

          「産めや増やせ」の国の掛け声で

           戦時中の女性は子だくさんでした。

             我が子が、、、肉弾3従士や特攻隊の

               人間爆弾になるとは、、、どの母親も考えただろうか?

             考えもしない展開を見せた、、、

               人間が武器となった戦争であった。

             物資のない中、、、

                  母も8人、、、

                    出産しています。

 

               日本に帰国できたのは、長男と次男だけでした。

 

                帰国した父母が

           実家のある市ヶ谷、母校の有る飯田橋界隈、、、は

                  焦土と化した。

                  焼夷弾攻撃で

                東京を捨てて人は疎開を選んだ。

 

          山奥へ、、、山奥へと、、、

             無医村の医師として

            疎開の生活が始まりました。

 

          十数軒だった集落は、

            七か村、点在するように川に沿ってありました。

 

             無医村地区に「東京の医師が住み着いた」

 

           その情報は、村落だった村が、、、にわか銀座となり

          医師のいる村に疎開する,、、、、動きは、

             にわかに人口も住居も増えて

            戦後の疎開生活は、

              無口な父が、動きを止める暇の見いだせない

            激務の続く診療の毎日でした:

             人工は3000人を超しました。

 

           体も、、精神も、、ボロボロの

           傷痍軍人が、白い服で、診療所に来ては

          戦後の復活に向けて、、、

                   少しづつ立ち上がっていきました。

     

 

戦後の日本を観てきた時代に生れた私

          自分の人生も…77歳となり、、、

    私なりに、、、勤勉に、、、

          ひたすら銃後の御奉仕のように

           日本女性は、戦後、、、立ち上がる日々だった、

 

      「少なくなった男性人口の中」、、、

            老人が復活の家庭の戦力であり

 

       未亡人が、、、、残された男の子を3人も、、、

 

         父の診療所で、

          食事配膳を切り盛りしたり

           リネンや掃除に明け暮れ乍ら

              戦争未亡人の鏡のように、子育てをする姿に

 

                今も、、、思い出すのは、、、

                 帰宅時にもたされた「握り飯」に

                    笑みがこぼれた、、、あの時代。

 

          昼も夜も、激務に往診、、、

             父の姿は観えなくても

         働き手を失わないで

             疎開で来た母は幸せな方だと思った。

 

        戦地で子供を三人失ったことと、

         1人の流産で

         疎開地に着いた後でも、

 

           時折耳を抑えて走り回ったりしていました。

 

           「 B29」の飛行機が

                 昭和20年代の後半まで

              あんな山奥の疎開地の空の上にまで

               飛んできていたのでした。

 

           ゴン、、ゴン、、、ゴン、、ゴン、、、と

                 響く独特の音響が

             空を威嚇している様な、、、

         地響きのように共鳴して

           母は、狂ったように、、

            耳をふさいで、、走り回っていました。

 

         子供たちは、、、何とも、、、

          理解しがたい大人の姿が

           目に焼き付いています。

 

           B29が去ると、、、母や賄のおばさんは

            ニコニコと、

            もとの顔に復活するのでした。

 

           戦争を知らない、、

              団塊の世代の男子が生れました!!

     戦後の太陽の子です!!!

          

          戦後は復興に向かって、、人々は

             アメリカに追いつき追い越せ‼!!、、、の

              ありえないほどの「勤勉な日本人!!」の

            登場でした。

          「湯川秀樹博士」が「ノーベル賞:」を授与されて

          誕生する男の子の名に、、、「秀樹」、、、多く聞くようになりました。

 

        雪囲いしながら、、、今は、、高野山の杜となって

           この世を卒業した父母の時代が思い出されて、、、

              いつしか、、、庭木に

             思い出の人々の笑顔が見えて、、、

           来年も、、一緒に生きようね、、、

             一本一本の枝折れを防ぐように

               選定しながら、、、

                  雪から守ろうとする、、、ごく自然な友情が

                今年も、雪囲いをするのかもしれない、、、

     

            

           来年も、、生きていたら、、、息子にも逢いに行きたいと思っている。

        

 

       孫が3人とも私立、、二人は大学、、、めざしも分け合う長男夫婦に

        「この,,,向こう4年間が人生の、、、育児戦争のピークだから、、、」

       「 長い間、、ローンンを返し終わった分を

                銀行が、上乗せして貸してくれたから、、、助かった!! 」

          共働きしている看護師さんの嫁さんとは

            経済戦争の戦場の話を聞く役でああるが、、、頼もしい戦士デす。

 

              普通の嫁舅、姑の様な 

 

             お茶を入れてもらうとか、、、

              一緒に買い物をするとかの

                親族の独特の付き合いは、、、

                    我が家には無いが

              しっかり生きてゆくようにと、、、

                 応援の心も

                 祈る心も、、、

            普通の爺ちゃん婆ちゃん並みに有るのですよね。

 

                   

             不思議ですよね、、、孫たちの笑顔は、、、

 

           共働きする両親の姿が

 

              過ぎし日の自分たちの

             「育児戦争の時代」と重なって

 

             野球に夢中に応援するフアンにもにて、、、

 

                未来に放たれた、、、矢のように見上げながら

                  息子家族の頑張りを

 

                 無力になってゆく77歳の婆ちゃんは

 

                   毎日、、日の出に、、、

                    皆の幸運を祈っている。

 

         戦後の太陽の子は、、日本の「早期がん」を見つける

               医学への貢献が出来て

           父も、兄も、、、、医師を育てて

                  医療に貢献できたことを

                   遠く北海道から、、、見つめながら

                  今はすべてに感謝しかない。

 

                明日は、、、残りの雪囲いをして

               未生から育った君子欄を、室内に移して

              対馬で生薬探索会でもらった未生の椿が

             30年過ぎて、、、蕾までは、、咲きかけた今年、

            まだまだ、coronaにも注意しながら

               孫子を労わるように

              庭木が、、、私の世話焼きを受けてくれる。

 

            次男は、、、、50歳を目前に

              医師をすることだけに、、生き甲斐を感じているようであるが、、、

                 大学が

              卒業生をしっかりと成長さして

               医師をすることの病院勤務に

                必要な技術を育ててくれたことは

                  家庭の育児とは

                スケールの違う、、、医療界のリーダーなのだろうと思いながら

           経済的な余力のなかった北海道の暮らしからは

          孫子の未来に向かって

         我が家から

     「医師を育てる力は、、、もう無いであろうと思いながらも、、、」

       医師の娘として生まれ

         世間からは想像もつかない、、、医師の舞台裏を見続けて

           ギリギリのところで

             医療崩壊を避けられた、、与党のワクチンの入手に感謝しながらも

          これからの日本の医療体制は

            国際交流の    その陰に危惧される、、、感染症に備えて

              

                医療チームの

 

              現場の医療に必要な組織作りを

             政治家の偉い先生の指導のほかに

                 現場専門家の意見に即して

                   医療は、、、権力や、、順番ではどうにもならない

              専門分野の「命」に対面している毎日であることを

             再認識して、、、

            半可通な意見ででっち上げた、、、

              マスコミ報道が

           下手をすると、、、国民の

             自宅療養で

           命を失う医療社会をつくってしまう事に

                 気が付いたと思う反面

 

         のど元過ぎると、、またまた、、、

            あることないこと、、、

          現場を知らないコメンテーターの、、、

            評論が、、、医療崩壊の方向にと、、、

                    モンスターの取り巻きをつくってしまい

 

               再び、、医療崩壊の起きない社会を構築する為の

             雑音になるのではないかと、、心より

           医療の充実で、

          、国が亡びるのを防ぐ方向の放送を願っています。

            医師や医療人を揶揄したくなったときには

             ゴミ袋で走り回っていた医療人の姿を

               思い出して、、、

             二度と、、、自宅療養で、、、若者が死んでゆく事の無い

            医療体制と、、、患者さん側の、、、

               自分が素人であるという

             「御 自分の命の前には」、、、謙虚になって

                 専門家の医師の前で、、、

                  客だと思う事はどうかと思うのです。

               

       命は、、、医療組織の充実で守られると信じています、

      人間の誰しもが,、、血管は青く見えるし

            血管を繋ぎ合わせると、、地球のひとまわりよりは

               はるかに長い、、、

             心臓が、、、その地球の周りよりも長い血管に

            ポンプとなって絶え間なく血液を循環させて

          命を守ってくれているという

        人体の構造は、、、神がかった精密な

             物理であり、、、科学であり、、、心理学であり、、、

              この世の学部全部合わせても足りない、、、「心」が左右する。

 

        たった一人のドクターXが

             「人体を引き受けられる歳てドラマをつくり」

          黙々と命と向き合う医師の姿を、、、揶揄し、、、皮肉り、、バカにする、、

         全てはパラドックスに似て、、、面白いが、、、笑ってしまう、、、嘘が面白い!

        

            先ごろの「ハナシカ」さんの「人間国宝」が旅立たれ

             追悼番組を観乍ら、、、

               「ハナシカ」にかけた人生の真剣さに

                 どのジャンルの職業も、、、皆

               命をかけていて、、、その人にしかわからない

              哲学を持っていて、、、真剣に生きている。

                 

           医師も、医療人も、、真剣勝負の世界であるから、、、

          これからも、、、定期的に起るであろう、、、

              パンデミックに備えて

         マスコミの、、半可通な医療描写は

         「患者様」「患者さんのお客意識」「医師への表面的理解」

         「白い巨塔」「アイゼンカツラ」「、、、白衣の天使、、、

            医療現場を知っている者は、、、

           感情が先行して物事を観ているドラマは、、、

              考えモノではある

 

         ニッポンの未来、、定期的なパンデミック

           細菌戦争の時代に備えて

             命と闘う医療人の

             専門知識の取得と維持の、、、見えない出費は

              40歳ぐらいまでは、、、ローンできり向けた記憶があります。

               

            TVで観るような、セレブな夫人は珍しいですよね。

          

              

              見かけ上の分配される収入は

                医療機械のバージョンアップやリースに消えてゆく。

             このまま行くと、、

              コロナの時の悪夢のように、

                 自宅療養で死んでゆく命が

            防ぎきれると言える医療組織であると、、

                 日本の、医療組織そのものが

                     医師の時間貧乏という仕組みを、

                           変えられるとは思えない。

 

           細菌爆弾搭載ミサイルの迎撃装置は

            医療人への理解と、、

           医療組織を権力で統治するのは無理があるという事と

           医療人とその家族への理解と、、、

            世の中の白アリが、、

             医師を喰ってしまうのを

                防げないモノなのだろうか、、、?

 

         国宝だったハナシカさんの言葉をお借りするのなら、、、

           医師はハナシカ、、、だとするならば、、、

               マス小物報道は「落語」に相当して、、、

                 素人は、、同じものだと思うかもしてないが、、、

         笑わせるのと、、、「笑ってしまう」のは、、、違うという事でしょうね;

             落ちがでましたので、、、この辺で、、、ペンを置きます。

               


小野田さんの事を思い出すときがあります。

2021-11-03 23:01:04 | Weblog

戦時中に生れた私も、、、戦争が続く時代い生まれた主人も

     日本が最も貧しくなった時代に

       小学時代、、中学時代を過ごしました。

      

 

授業は大根を育てたり、、、イモ洗いをしたり、、、B29の飛行機が

    ゴンゴンゴンゴン、、、、と聞こえてくると、、、

     「あの飛行機が、、、爆弾を落としたんだと、、、」

 

    座布団頭巾を、、、

       本能的にかぶって、、、

           教室の外に飛び出して

              空を見つめる者や、、、

                 先生は、、いつも、、教室から外に出てゆきました。

 

                戦後5年

             ム、、、爆弾は落ちてきません。

           ジープに乗った進駐軍が

                ガムやチョコレートをくれる時代に入っていました。

 

            進駐軍が置いていった、、、

             「DDT?]だったと思うのですよ!?

                小学生は、頭を真っ白けにされて

                  眉毛まで白くなって、、、、

               頭からは、、、シラミが這い出して来るという、、、

             今の時代と比べると

                考えられないほど、、、メチャクチャナ、、、時代でした。

             無医村に医師が来たというので、、、

                 連日、、小中学生の患者さんが、

                       列をなして、、、

                       「マクリ」とか言ったかしらね、、、?

               海藻由来の虫下しを飲ました生徒で

                    てんやわんやでした。

 

              いうも恥ずかしい当時では、、、よくある光景でした。

                「どの生徒からも、、、

               お尻から、、、回虫が下って来たのでした。」

 

      戦後は、疎開先の村は、、、

                 野菜を育てるのに

                     人間の、「糞尿を肥料にしていたのです。」

 

                  海中騒ぎが何年か続きましたが

                   堆肥や化学肥料に変わってきてから

                    騒ぎがほとんど、無くなりました。

                   

            野菜は熱を加えて、食べるようになり、、、

              同じ疎開先なのに、多くの疾患が

                 熱を加える調理法で、防げることを

                 唯一に医師だった父が、、、

                学校医を頼まれて

               生徒にも、父兄にも、先生方にも、

              回虫の原因の「生野菜、、、生の果物」

                 流し水で洗い、、、

                  熱を通し調理法で

                    回虫を防ぐ為の

                 講習会をしたりしながら、、、

                回虫が、、、絶滅されるようにと

              「回虫が体内に入る事を、、、理屈が解って

                正しく怖がることを父兄ともども気を付けるようにと

               講習会なども開かれました。

 

         コロナと比べると

           

              回虫は、、、天秤にかからない程、、、

               軽いことだったのでしょうか?? 

 

           間もなく「天然痘」「百日咳」「ジフテリヤ」など 

            疎開地の清潔とは言えない村の生活様式が

            医師にとって、

              伝染病や、疾患を引き起こしているとわかりました。

 

             一通り、、、戦後のドサクサ時代の伝染業が下火になると

            3蜜を避ける習慣も、知識人の中では疾患の予防法として

              種痘、、無毒化毒素  抗毒素、、、隔離、

              伝染病にかかってしまった村人が、隔離されてゆきました。

 

                戦後,、、帰還兵が日本本土にもちこんだ伝染病は

                 コレラ、赤痢、腸チフス パラチフス

                 天然痘,、発疹チフス、、猩紅熱、、ジフテリア

                 流行性脳脊髄膜炎???だったかな?

 

                  ペスト、、、日本脳炎、、と

                 戦後は「法定伝染病として、、届けられました。」

 

              

                国境を超えて、入って来たものでした。

           

               戦争を終わった事を知らないで過ごした

                 小野田さんや、、、横井さんは

                 どうやって、伝染病から,身を守っていたのでしょうか

               コロナが収束に向かっているように思えても

 

                 島国の日本の中で、収束しても

                 海岸や、空港から、、、伝染病が入ってくるのだけは

                 緻密なお迎えで、発熱や、予防注射の確認や

                  検査の実行で、、、水際を守れるとお思いですか??

          ネズミや。ダニや、、微生物からの

                  中間媒体動物の侵略の取り締まりは

                     次の感染の、注意すべき存在で詩よね。

 

               終戦を知らずにすごした小野田さんや。。。

                 ちっとも恥ずかしくない、、、横井さんの出現は

                健康で帰国された棟事だけで、、、驚きだったと、、、

                 記憶が、身体の一部になっていた時代でした

                      


世代交代と新旧の人間関係を滑らかに、、、感謝在るのみ。

2021-11-03 01:46:24 | Weblog

平安時代の絵巻物を観ていると

   長い髪で、女性たちは「囲碁」をしていますね!

  源氏物語も、枕草子も、

    平安時代の女性の作品だと、

      中学校時代に、学校で習いましたが

    77歳の晩年になっても

        色あせずに、作品として、残っているから不思議です。

 

   コロナを期に、、、人類共通の敵が現れて、

      目に見えないウイルスが、

         3蜜を避ける、、、閉塞感の中で

            自己顕示の強い 現代の青年は

               事故を抑えることが出来ないのだろうか?

 

     権利と自由、、、言論の自由と報道、、、

          有名人にはプライバシイがないまま、、、仕事がストップ。

 

      サービス業は、人の流れが途絶えて2年間で

           シャッターを降ろして、閉店していった、

      若者を閉塞感から解き放つのには

               政治の舵は 何処に向かって 行くのだろうか?

 

      とりあえず、、、一家団結して、、、

        若者が生きてゆくスキルをつけるように

          コロナのあおりで、外出しなかった分を

             若者の復活にまわさねば、、、

         自己コントロールのできない青年時代に

           大きな過ちを犯すことになるかもしれない、、、

               予備軍の為に

         大人は、、、何をしてやれるのだろうか???

 

        未熟な青年期の前に

           コロナの感染のあおりで

              打ち込んでいた仕事も、、、学校も、、、オンライン、、、。

          孤独に耐えることに

               なれていない

                  若者たちの  暴走が

               どうやったら、、、防げるのだろうか?

          政治家の、頭の優れた先生方に

               コロナで、アイデンティティを失くした若者が

            はち切れそうなエネルギーを

                テネシー開発ではありませんが

              国の、河川の統治事業や

            生き甲斐の有る山崩れの防止の設計や

            ひな壇畑や、、ひな壇植樹、、、堤防の設計

               マチュピチュの様な

                 見える形の仕事を作り出して

                  コロナで仕事を失くした若者のエネルギーを

             発散させる仕事を、

         政府がつくってはどうなんでしょうね、、、。

       身体を動かす仕事をしているうちに

       

        自己顕示欲は達成感に吸い込まれて、、

             作物などが育って来て、、売れれば

                失業した後も、閉塞感で

               爆発することを、避けられるのではないかと、、、

             未熟で、、、まだ、、、身勝手な若者の失業が

            国の力で、、、

         研修を兼ねた

       体力発散の仕事を

      つくれないものなのだろうかと、、、

        

         コロナで失業してゆく若者の「閉塞感」を

           救う方法は無いのだろうか、、、と。

             平和ボケの後の、、、corona感染のギャップに

           幼すぎる若者は、、、どうか、、、成長するように

         祈るしかない、、、昨近ですね。

          

      

         

      地に伏して、、考えてしまいます。

         若者の、、、心の未熟を、仕事をつくることで

                  成長させながら、、、coronaの時代の

               閉塞感から、、、解き放てるのではなかろうかと、、、

             情けなくなる、、、時代の急変の  段差のあるクレパス。

 

       


お茶の間の井戸端レベルの 開票結果

2021-11-02 05:32:09 | Weblog

今回の開票結果は

    政治音痴の私が、関心を持って

       ネットに朝までかじりついて、観ていましたから

 

     政治に関心のある方は、、、気が気ではなかったでしょうね。

 

 野党の中の侍は、、、勉強もしているし

    頭も良いのに、、、

       なんで???与党に負けたか??

 

    井戸端会議で思うには、、、

      「なんぼ、、、頭が良くて、、、世の中を変えたいと思っていても

         コロナのドサクサで、、、閉塞感んで忍従の国民に

     「政治を変えるのは貴方です、、、一緒にやりましょう、、、」

   どんなに大きく、北海道新聞に全面に名前を出しても

  北海道は、coronaのあおりで

    第三次産業が,、、metametaに、、、疲弊していて

  立ち上がるのが、、、やっとだから、、、

    大きな力で、立たせてくれないと

      歩きだせないほど、、、疲弊しているところにもって

「一緒に、、、政治を替えましょう、、、!」と、、、言われても

 

   「そんなこと、、、日本中の国民が思っているよ、、、」

  「コロナで若い人も、、自宅療養で、、、死んでるんだから、、、  

    日本は島国だから、、、水際作戦穫れたから

    与党の自力が物言わして、、、オリンピックも、パラリンピックも

       世界の約束を守れたけれど、、、

      ヒヤリヒヤリしながら、、、菅サンは突っ走ったと思うよね、、、」

 

   結局、、この、、、

    世界の信用を失わないために、、、突っ走れる日本の力は

        与党にしかないんだよね。

    野党に、、、、、「一緒にやりましょう!!、、、」

     「 政治を替えましょう!!」

     そういうこと言われても、、、

     コロナショックで、、、食べてゆくのがやっとなのに

       「誰か、、、ひっぱりあげてくれ~~~!」状態の北海道は

      若き知事さんが捨て身で、、、恥も忘れて

         北海道を助けて、、、と

            予算を請求に行ったのが、、その先が

              与党なんですから、、、

           野党に代わっても、、、立たせてくれるところから

          資金調達してくれるとは思えなかったのかもしれませんね???」

   野党の「一緒にやりましょう、、、政治を変えるのは、、、あなたです!」

       正しい意見で、、、花まるです。

         でもね、、、coronaで、、へとへとの北海道は

       北海道の良さを保つだけでセイイパイだと思うのです。

     政治に加わって、、、一緒に考える、、、エネルギーを

       どうやって確保するか!!

     そちらのヴィジョンを、、、市民レベルにわかりやすく

       「一緒に、、こうしましょう!!、、、方法と手段は

          このようにして,、、外貨獲得できるように

             ワクチンセンターを

                北海道の飯レ小島に造って

                  感染遮断された地の利を使って、

 

             感染防御の費用を節約して、ワクチンをつくり

             アフリカの資源と交換しますから

            野党に一票をください、、、とか

           ビジョンで引っ張ってくれたら、、、

             与党もたじたじだったかもしれない。

         口で言うだけなら、、、

         時流に乗った事を言っている

              週刊誌と変わらないから

                その言葉も文字も、、、あまり人の心に響かないと

              思いませんか??

          野党が与党に意見を申せるようになるのは

            与党に攻撃をして、、、言葉のミサイルを飛ばしても

              社会から、、節操がない戦い方だと思われるだけだと思うのです。

 

        野党の役目は、、、NHKを攻撃することでもないと思うのです。

          重箱の隅のゴミ集めをしているようなものではないでしょうか?

 

         本当に野党が、、、日本を救うのなら

           与党と又、、、方向の違うビジョンを持って

             与党が独り舞台で突っ走ってしまうと

           ミッドウエイのように、、、勝利の勢いで

              赤城も、、全て失ったように

            ビジョンの突っ走りを、、、慎重に進めてもらえるような

          雲の下の偵察を怠らないで、、、

              与党の作戦の前には、、、

                経済戦争の艦隊が雲の下に勢ぞろいしていますとか、、、

           与党の作戦は、、精鋭の飛行軍団ですが

              相手の空軍は1万メートㇼ以上の高度連帯ですとか、、、

           野党は、、今からでもいいから、、、与党に対して

             国を守れるだけの情報戦争で勝るという事で

             野党のビジョンに、、

           根拠のある「待った!」をかけれるような

                地道な積み上げの、、

             、野党の力そのものが必要だと思いますよね。

 

        私は政治音痴なので、、、井戸端意見のデーター提供しか

            脳が在りませんが、、、

           確かに!!

         そういう面が野党には無いと思いますね。

            小池さんと争った野党の大将は、、、侍だとは思うんですが

          今回は、、、国民をけしかけても

            バブルの時の改造論お様には行かない時代背景ですよね。

          徳川時代から、、、東軍西軍、、、

            東大、早稲田、、慶応、、優秀大学、、、留学組

                                     なんで日本という国の名前を戴く日大が今回は控えたか??

             私の愛する母校を入れないのは、、、konnkaidake

                                      新聞で騒がれるような、、、にぎにぎしい時は

             そのうち民間が解ってくれる日を待てば

              日大は問題も起こしているが

             130年の歴史もあり、久野への功労も大きい大学だけに

             マンモス化して、、、社会の縮図のように

           超優秀な人もいるけど、、、、オーミステイクも居るから

              卒業生も在校生も、金屏風としての期待はしないで

             実力勝負の先輩後輩が多いんですよね!

              今回は名前書いてないけど~~~日大を愛してるからね!!

                 お話をもとに戻して、、、頭のいい人は東大に居るよね!!

           自力と、歴史の伝承と、、、文化と、、いろいろ多方面の逸材が

             与党を、、、困ったときの与党頼み、、、の力を感じますよね。

         野党は、、、目先の、、自分の出番を奪う物との駆逐を測るのではなくて

        与党が、、、そういうビジョンもあったんか!!!と

            提言して、、、力ある与党が

              即時即決する突っ走りを、、

               「 3日間、、、考えて、、、決断してくださいと。。」

          与党が欲しがる情報や、、ビジョンや、、、方法論や

              多岐にわたって世界から必要とされる文化の推奨とか、、、

 

         弐度と日本に、、原子爆弾を落とす国が出てこないように

          世界が価値を認める日本緒特徴を

               大切にすることではないのでしょうかね、、、

         野党の、、あの、、大将は、、、づ脳が若くて、、頭も様のでしょうね、、きっと!。

           でも、、、心が貧乏になってしまっては

                  時流に乗って賛成の意見だけ欲しがって

                    人は動かせないのではないでしょうかね、、、

                 経済的な基盤が大きいことは、、、確かに第一に考えますが、、

            坂本竜馬のように、、、着物は来ていても

              靴を履いて、、、海の向こうを観て

                国を引っ張ってゆく、、独特のビジョンが

                   あの時代の経済の流通を教えたと

                   歴史では習いました。

          

                

           与党が龍馬であったなら、、、

                   与党は突っ走る前に

                      何かを考えるのではないでしょうかね?

 

                               

             与党を攻撃したり、、

               勝とう勝とう、、、の

              個人攻撃のビマハ、、、無い!!と言い切れる時代です。

              野党に期待する者は

                  その、、、優れた頭脳を,、

                   与党を倒すボクシングにしないで、、、

                与党が考えている時間の配分の少ない分野の研究で

               日本に新たなる経済の視点を提案してほしいですね。

 

              砂漠に緑の構想を立てて、、、

             カリフォルニアのように

                日本人の第二の故郷が出来たっていいでしょう!!

 

    

               アフリカを開発するのではなく、

               東南アジアのある国のように

             原始林の伐採で国の良さを無くすことのない

                共存できる提案の出番をつくるとか、、、

 

              絶滅する前の「昆虫の記録を獲っておくとか、、」

             「なぜ、、、ウイルスや、バッタや、、ヒッチコックの鳥が発生するのか?」

           日本の遺伝子の元祖がアフリカにある以上

              パンデミックを救うカギも、、アフリカに有ったりして、、、。

                  研究して、、、温度差の違う地域の教えから

                 野党独自の経済ルートのビジョンを打ち立てても

                世界の平和に貢献できるかもしれないし。

              元祖伝染病の居る地区の、、抗体探しも研究出来れば

             細菌爆弾に迎撃ミサイルの役にもなるし、、、

               野党を観ていたら、、、

                 与党にかかってゆく黒石のようで、、、

                   もっと、、

                大石を打つ手は無いのかと、、、もったいない

                 づ脳の働き方が、、、重箱の隅過ぎると思いました。

 

            多くのデーターが必要な時代となりました。、、て。。。

 

                 

                 本来の良い頭が出てきていないと思いました。

              井戸端会議をまとめると、、、野党の頭の使い方が、、、

                  もったいないよね、、、という事で

                政治音痴の集まりは、、ゴミ置き場から解散です。

        


孫の誕生日

2021-11-01 03:04:13 | Weblog

2年間も、、孫と外食していない日が続き

選挙の日でもあり、、、

   外出の機運が高く、、、

     朝から迷っていました。

 

       ミサイルは飛んでくるし

       

          90パーセント以上の国民は

             災害救急放送や、国際ニュースや

            臨時放送テロップなどで

          確実に助けられている,、、NHKを訴える政治家とか

 

        政治の本質が見えない昨近。

       自分の無力に、、、ぼんやりしてしまいます。

 

     特に、オリンピックや、corona対策には

    与党に依存した心の部分も大きかった2年間だけに

   選挙の動きが予想がつきません。

    与党の難しいコロナの中での

        パラリンピックの開催実行など

         胸が熱くなる、、、努力の政治だったと思うだけに

 

           選挙前に、、、ぶっ倒れてしまった都知事さんには

             共感する、、

            大変さの思いで

               オリンピックを突っ走る為にも

                コロナと闘い続けた日々であったのだろうと

                  お立場に、敬服しています。

 

        ベッドを全身全霊で確保してくれた努力も

       医療に半可通な政治家の先生方は

      知識的には万全なのに、、、

          医療的には役に立たないという

 

        医療体制の専門家による緻密な組織作りがされていない日本の

 

          医療に対する政治主導が、、

             coronaのパンデミックの前には

              右往左往の、、、医療崩壊寸前まで行ったことに

                政治の改革は必須だと感じながらも

 

               野党の政権になった

              以前の事を考えると

             これ見よがしの医療人への風当たりの強さに

            身震いする者もあり

 

           政治の難しさに、、、一票の投票が出来ないまま

          医療人は、

             理解してもらえない

 

                日本という国は

           医療現場の戦争を体験していない、、、

            社会的に身分の高い先生とか

         半可通政治家の意見で

               医寮体制が組まれてゆくので

 

           今回も、激務に耐え続けた先生に

             さらに、

            疲労困憊の開業医の先生は

 

               医師の休む暇もない

                  混乱状態にするような「医療指導」で

 

          最優秀な大学の出身の

            若い医師が自殺しているという

             政治権力が先行した現場は、

 

         コロナ患者さんの

            自宅療養で死んでゆく現場を

              哀しく思う状態が続きました。

 

              国民の医療に対する感覚は

 

            「患者様と呼べ!、、、自分たちはお客だ!」

 

           医療体制の不備を、医師の責任とする反面

 

              検査を予約しても、、、無断で来ない、、、

 

                検査の薬品は廃棄するしかない、、、

           予約を入れて

                  失礼にも、、受診に来なくて、、、

 

                   患者さんには見えないけれど、、

                   人為的にも、薬剤的にも、

                     医療体制的にも損害を与えておいて

 

              連絡も、謝罪も無い、、、「お客様意識。」

             

            仮に、、、政治が改革されたとしても

              半可通な政治家は、

               知識で医寮を考えるから

                  現場では何が必用か理解しない。

 

             時間貧乏な想像もできない、、、激務の40歳あたりまで、、、

           自宅を売り払っても、ローンは残ったまま。

 

          ローンを返し終わって結婚を考える日が来たとしても

                子供のできない歳になっているだろうね、、、

 

                  50前にして、、、独身の息子は

                    医師をすることだけが

                     興味の対象だから

                    本人は幸せなのだろうと思いますが、、、ネ。

 

             マスコミではセレブな医師夫人のでっち上げ放送が

                 不必要な嫉妬心をあおる。

          

 

        戦後の無医村の疎開中

           天然痘が  流行した時期に

              疎開先で診療所の医師として赴任した父が

            たった一人で種痘した患者さんが、

                後日

           父の為に集まってくれた写真です。

          

 

         感染症の流行時の現場は、

             国会議員の偉い先生方には

            想像が出来ない状態だと、、、思ったりしています。

 

        今回、国会議員の先生の中で

           ご自身の家族の為に

              御自身の臓器を提供された先生がいらっしゃって

                国民の為に

              ワクチンが、、なかなか、、入手できない時期に

             ワクチンを老人の為に手に入れて下さり

             感染しやすい老人からの伝染経路を遮断してくださった事は

            感謝です。

           この国会議員の先生は、、、医療に対して

           ご自分が患者さんになられた経験と

            ご家族のICU入院体験を

              ともに体験していらっしゃることから

               ワクチンの入手の大切な時期をはずさなかったのだと思いました。

 

               ご自身で患者体験をされた国会議員先生は,、、

                  あたたかな心だと思った。

 

            医療は体験して初めて

               医療現場を知ることになるでしょう。

          それだけに、、、白い巨塔は誇張されて   

            面白可笑しく揶揄されて、、、

               頭の良い政治家の先生は

           現場を体験していらっしゃらないだけに

           知識と権力で、

           偉い先生で

            現場をあまりなさらない

              現場の指導者に聞き及んだ意見や報告から

             医療状態で

           医療を理解されたのではないでしょうか。

 

              田舎の無医村などの医療現場は

               想像に絶するものがありました。

 

         医師のうらかただった時代の奥さんの顔と

                               

               後日、、、先生が54歳で早逝されて

                  未亡人になった後、

                   四人の子供を養い

                   孫を支えた、、、医師夫人は

                  労働力も、づ脳も、、、フル回転でしたよね。

                元来のピアニストとして自立した夫人の御顔と

 

          

 

               見比べてゆくと、、、

         激務で、、亡くなる直前の医師のひと時です。

              TVで放映している医師夫人のセレブな姿は

 

              パラドックスの様な気がしてきませんか?

 

             医療現場に従事する者

 

              医療現場のエースの医師を

                生活面で支える夫人の顔

                 

             医療は、、原点は、、命との戦いの戦場だと

               見えない「集中力の巨人たちが頑張っている。」

 この3000人の村人の

                  種痘を一人の医師が

              現場を引き受けた事実を知ってほしい。

 

        これが

      無医村の医療現場でしたよね、、、

                それだけに、、、蚊帳の外から見ると

 

 

 

              「患者様でも,、、御客でもない、、、

                 医師の方が

                自分の専門と考えた時に、、、

                      医療を引き受けていた時代です。」

 

     しかし、、無医村では、何でもできる医師として、、、

                 休む暇なく働いていました。

            

   白い巨塔、、、外側から見ると

        上の先生への忖度に燃えるかもしれませんが

 

    

         まして命がかかっていたら、、、

          医師の免許が有るからって、、、

            経験豊富な教授が

              その手術の特異な医師を決めると思うのは

               ドラマだけではなさそうですよね。

 

       経済も文化もすべて、、、まず、、、命あっての話でようから

        医療を、、半可通な権力が支配すると

          保健所もお手上げとなるのは

 

             専門家は、、、周期的に来る伝染疾患など

            細かな文献にして研究しているという事を

           医療人なら知っているはずですよね。

         政治かはづ脳が明晰で、実行力もあり、

           医療や専門分野には、聴くだけでなくて

             手を汚して実習するのも、、、

           奥の推測がつくのではないでしょうかね。

              

 

       研究サイドの医師と、臨床サイドの医師と、

      医療機械担当や、看護師さん、医療スタッフ全員の

            専門家の意見をもとに

       命が守れる組織の配置にしてほしいものだと願っています。

 

         今回のcoronaの、、、

          自宅で死んでゆく患者さんが

          二度と出ないように

             医療崩壊のない日本の医療を目指してほしいという

               願いで、心はイッパイです。

              政治音痴の私ですが

                政治家にお願いしたいのは

               NHKの攻撃ではありませんので

                政治んぽ立候補者には、、、もっと

                  先にせねば、、、国が亡びる前に

                   やってほしいことが一杯ですよね。

                 誰を選んでよいかワカラナイ


鳥取県の正平さんのバンダナ

2021-10-31 11:50:47 | Weblog

今日は、ずーと正平さんの自転車旅のTVを観乍ら

 

    大きなクスノキ

           緑の深淵

               安徳天皇の休息された川べり

                   そして岩にもたれて、、、

                      心の風景の

              御☝手紙を、、胡坐をかいて、、読み始めている。

     要所毎の圧倒される。樟の前で、、、

        御茶と一緒に、、、感動して眺める  楠の大木の前の

 

        正平さんの、、バンダナと、、マスクが

           パリコレのように、、、楠がら観たら

             可愛いかったと思いました。

 

 

     こんな素敵な、、NHKの届けてくれる自転車目線の

              旅に同行でき☜、、、しあわせなお茶の間です!!

           ありがとう、、、NHK 


深きは,、、声なし、、、

2021-10-30 03:42:21 | Weblog

真夜中の3時、、、私は砂漠を旅している。

 

          真夜中のNHKという、、、魔法の絨毯に乗って

 

             砂漠の風が描いた波模様を横切る虫の足跡が

                    命の描いた、、、一本の線!

          砂漠は、、、生きているのだった。

 

               

     コロナの勢いが、選挙を邪魔しないでほしいと願いながら

         ふと、、、この2年間の孤独と

                心の中を  

                 嵐が通り抜けて

                   真夜中の砂漠に居るような静けさだ、、、!

 

               

 

       月の砂漠を

           はるばると

               旅の

                 ラクダは、、、

                   行きました。

 

        金と ̄~~^銀との~~^鞍~置いて

                

                       旅のラクダは往きました。

 

     77才、、、選挙に行くべきか、、、、、。

       人生のオアシスを求めて、、、旅をして来た私。

 

         昭和という戦乱の時代に

           右も左も、、、貧乏な人たちばかりの

               戦争無一文からの復興の時代だった。

 

              ひたすら生き延びるために生きた

                  父母の、、、心の砂漠が、、、今なら、、、

               私にも見える。

      金と、銀との,、、鞍に乗って

                オアシスが有ると信じて、

                   砂漠の旅をして来たのかもしれない。

 

 

          砂漠の昼は、、、熱砂の照り返し!

                     あれは。。。

               青春時代だったのかもしれない。

 

             結婚という ラクダに乗って、

                     真昼の砂漠の熱砂の中を

                        子育てという、、、シルクを乗せて

             西に向かって  シルクロードを歩き続けた。

          やがて

             日没の約束された西に向かって、、、

                   太陽の熱砂から

                     星空の砂漠の中で

                        ラクダに寄り添って

                    束の間の、やすらぎを

                        求めたのかもしれない

 

           砂漠の日暮れは 

               明日を信じなければ、、、、

                 寒さは骨までしみてくる。

 

         故郷からの出発はフタコブラクダで

                  居睡りしても落っこちはしないだろうと

               精いっぱいの刺繍を施した,、、

                    心の祈りが織りあげた、布で

         

               結婚というラクダの友を  

             覆い守る、、、自己満足な砂漠の雅。

                 

 

         シルクロード

              (子育て)の旅は、、、

                 しなやかな

                  孤独な砂漠

 

        それでも「砂漠」は生きている!!

 

          若き日に観た、、、

          「砂漠は生きている!」

           砂の波。

 

            金色の波、

 

              真っ暗な砂漠の夜明け!!!

 

          

                 

         夜の砂漠は,、、厳寒の、、、月の砂漠、、、

        眠っては,、、、いけない!

            疎開という,文化からの砂漠は

              天の与えた「太陽が眩しすぎる!」

 

           天然の強烈な熱砂の砂漠を

             ラクダは往く。。。西に向かって、、、

          月の砂漠は美しくて孤独

            ラクダは砂に座って動かない

               寝ているのか?、、、起きているのか?

 

              砂漠の中の一本の木の下で

                 13本の弦のある

                    バイオリンの元祖の楽器を奏でる

                      男が居た。

 

              心の琴線が,、、共鳴して

                   深い眠りの世界の幕を開ける。

                 ラクダの温もりの中で、、、眼を閉じる。

 

            砂漠を横切る、、、虫の

                 ちいさな足跡の 引いた線!、、、、、

                    線が一本!

 

                  風の通る道に、虫の命の惹いた線が

                          砂漠を横切る

 

                     起きてはいけない結界。

           体温を守るのがせいいぱいの、、、、

       低体温の長い夜。

                

                

        朝は何処から来るのだろう>

         あの山も、、、

           この山も。。。。

             砂の海原で

               求める心が描いた山川湖、、、

             咽喉が乾いた、、、一滴の夜露が欲しい。

 

            手探りも出来ない闇の砂漠。

 

               隣りに居るはずの相棒のラクダの姿も見えない、、、

                  

 

      砂漠の夜は  一人ぼっち。

         

                 

    自分の体温のあた高さだけが、、、命の鼓動

               朝を待つ眠り。

 

        砂漠の夜明けは 七色!

 

          冷え切った夜の砂漠は

              夜明けの太陽が

               砂の地平線で氷りついた空気を蒼緑に分光する。

            TVは逃さなかった、

            砂漠の日の出の熱砂となる瞬間の

                  空気の凝縮する密度の層を

               太陽の朝焼けが、、、空気のプリズムで

             七入りに分光する一瞬を

                 カメラがとらえて、、、放映した。

 

            一瞬、、蒼緑に代わった朝焼けは

              空気を圧縮したお布団をかけていたのだね、、、(^-^

           私って、、、感情がすぐに現実を観てしまう科学の子、、、

            もっと、、神の世界の物語にしたかった、、、。

          空気が温度によって密度がちがうから

              屈折率の違いで

                空のレンズが分光してしまうなんて

                  気が付かないで,、、

             不思議な絨毯の上で

                  酔いしれたまま

                   太古のバイオリンの音に溺れていたかった。

 

      さ、、、さ。。理性が戻って来た。

         圧縮された空気の層が

              朝の光でぬくもって来た砂の氷を溶かし始める

            空気の層が

           真っ青な地平線を、朱く燃やし始めて

         砂漠の夜明けがやって来た。

 

      砂漠の朝は、、、七色に分光された光の心の目覚め!

       何て、、、美しいのだ!!

        光の夜明けは 七色に分光されたプリズム

              

 

          砂漠の虫が、、、七色のクワガタだったら、、、

                    夢から覚めなかったかもしれない。

 

             NHKのナレーターは

                 嘘は言わない

                   マックロな画面の虫は

               「砂漠のフンコロガシだ。」。。と!

             大写しになったのは、、、こんなきれいなクワガタではなかった。

        77歳の婆ちゃんの日記には

               孫子が可愛がっていた、、、

                   幼虫から木のクズの中で孵ったという

               虹色クワガタが

                  砂漠の風の描いた波を横切って

                砂のサーフィンの足跡で描いた横線だと

              婆ちゃんの世界の砂漠には、、、夢を書いておこう!!。

           婆ちゃん野日記の中だけでも

         砂漠の虫が、、、虹色なのである。

                  

            人生は、、、孤独な、、、シルクロードのラクダの旅

  人間も、、虫たちも、、、七色に耀きながら

        東西合流した文化に出逢ってゆくだろう、

 

      二つ、、並んで歩き続けるラクダの旅は

           いつしか「一つ瘤のラクダ」に、、、変身していた。

 

       ラクダにかけた手製の、、、

           あの、大切な、、心の刺繍の布でつくった、、、   

             ラクダのショールは

               一つ瘤のラクダが、、、落としてしまった。

                 たった一つの瘤は

 

        私が居眠りしている間に

           瘤から滑り落ちてしまった。

 

 

      砂が隠した、、、

           あの、、

            愛しい手製の刺繍の布は、、、

 

                 初恋の布だったのかもしれない、、、。

 

            

                 砂漠の夜と  

                   砂漠の夜明けの砂の上で

                      いつしか、七色の夜明けに魅せられて

                  魔法の絨毯になって、

                空高く、高く。。。思い出を乗せたまま、、、

             月の砂漠に飛んでゆくのだろう

 

          

 

       月の砂漠を、、、はるばると、、、

          旅のラクダは往きました

            金と銀との鞍おいて

               旅のラクダは、、、、ゆき~~~ました。

                   

                NHK,,,深夜TV,,を観ながら、、、寝ぼけ日記でした。

 

 


土砂降りの札幌

2021-10-29 06:35:14 | Weblog

夜中に大雨が降ってきました。

   途中止んで、、、また、、土砂降りで

      とうとう、、、朝まで起きてしまいました。

 

昨日までの事が、、、ロン!

    明日からは

      厳しい冬に向かって、、、準備しなくちゃ、、!

        灯油は上がるし、、、ガソリンは上がるし、、、

          物価は、、上がったり下がったり、、、

            ミサイルは飛んでくるし、、、

              赤潮は出るし、、、

          せめて人間同士、、、世界の国同士

         自然の変化に負けないためには、、、

       戦争している場合ではないと思うのだけれどね。

      槍ヶ岳のてっぺんに登山している氷壁の梯子のぼりを観ていると

   スイスの国は、山のてっぺんに向かって、、、

   平和に過ごすことを選んだのでしょうか??

     槍のてっぺんで、ドローンを飛ばすのは、いいね、、、

       槍のてっぺんで、、、ご来光の一瞬に

        一秒間だけ水色が見えてのは。。。

             。。。気のせいだったのでしょうか。

     せっかく槍のてっぺんまで言ったのですから、

       早朝のご来光の時間の空気の密度と

           ご来光の光の屈折が

             突出した,、、氷壁の槍の周りで

                プリズムになるのが観たかった。

      そして、、、槍のてっぺんの登山者と、

              音楽を一瞬、、、止めて、、、

                 何の音もしないのか?

                   早朝のご来光の光の作用で

                     もしかしたら、、、山が、、、氷壁がきしんで

                山の音がするのか、、、何の音もしないのか?

 

            槍の周りの、、、しーんとした風景を観乍ら、、、

          ずーと下で鳴く鳥とかの声が聞こえるのか?

         槍ヶ岳の、、音の風景

           向こうに見える、黒部の山の音の風景も、、、聞きたかったのですが

         MHKさん、、、山の音は、、、槍のてっぺんまで行くと、、、

           何の音もしないのでしょうかね、、、?

             槍ヶ岳てっぺんンが、人間尾男が登ってきて

               何か言いたそうに、、、観えたのですよね!

           そして、、、再び、、、音楽に戻って、、、

                  壮大ないイメージとなって、、、

                    目をtぶってしまって、、、

                  自分も槍ヶ岳頂上に居る気分に酔っていました。

 

               

 

                    深きは声梨、、という事もある。

          青春時代、、、、山から山に、、、薬草を求めて歩くうちに

        山そのものの魅力に、、、、深きは声なし、、、、

          言葉では、、、何も伝わらない山の上からの

                    連山、、、空、、、ご来光、、、空気の軽さ

               ご来光の光の、、、不思議

 

             NHKの番組に、、、、、救われて、、、記憶は鮮やか!

               ありがとう、、、NHK 


土砂降りの札幌

2021-10-29 06:35:14 | Weblog

夜中に大雨が降ってきました。

   途中止んで、、、また、、土砂降りで

      とうとう、、、朝まで起きてしまいました。

 

昨日までの事が、、、ロン!

    明日からは

      厳しい冬に向かって、、、準備しなくちゃ、、!

        灯油は上がるし、、、ガソリンは上がるし、、、

          物価は、、上がったり下がったり、、、

            ミサイルは飛んでくるし、、、

              赤潮は出るし、、、

          せめて人間同士、、、世界の国同士

         自然の変化に負けないためには、、、

       戦争している場合ではないと思うのだけれどね。

      槍ヶ岳のてっぺんに登山している氷壁の梯子のぼりを観ていると

   スイスの国は、山のてっぺんに向かって、、、

   平和に過ごすことを選んだのでしょうか??

     槍のてっぺんで、ドローンを飛ばすのは、いいね、、、

       槍のてっぺんで、、、ご来光の一瞬に

        一秒間だけ水色が見えてのは。。。

             。。。気のせいだったのでしょうか。

     せっかく槍のてっぺんまで到達して太陽と出会ったのですから

       早朝のご来光の時間の

               空気の密度と

           ご来光の

                光の屈折が

             突出した,、、氷壁の槍の周りで

 

                プリズムになるのが観たかった。

               

      そして、、、槍のてっぺんの

                   登山者と、

                      音楽を一瞬、、、

                           止めて、、、

 

                 何の音もしないのか?

 

                   早朝のご来光の光の作用で

 

                     もしかしたら、、、

                  山が、、、氷壁がきしんで

                山の音がするのか、、、?

          何の音もしないのか?

 

            槍の周りの、、、

               しーんとした風景を観乍ら、、、

                  ずーと下で鳴く鳥とかの声が

                          聞こえるのか?

 

         槍ヶ岳の、  、「音の風景」

 

           向こうに見える、黒部の山の

                 

                 「音の風景」も、、、聞きたかったのですが

 

         MHKさん、、、「山の音」は、、、

              槍のてっぺんまで行くと、、、

           何の音もしないのでしょうかね、、、?

 

             槍ヶ岳てっぺんンが、人間の男が登ってきて

                槍ヶ岳の、、、あの三角な氷壁が

                  

               「何か言いたそうに、、、観えたのですよね!」

 

           そして、、、再び、、、

               音楽に戻って、、、現実のTVの前に戻ってきました。

                  そこは、、雑然とした、小さな部屋でした。

                     現実に戻りました。

                       改めて、、、音楽に誘導されて

                  壮大ないイメージとなって、、、

                    目をつぶってしまって、、、

                  自分も槍ヶ岳頂上に居る気分に酔っていました。

                


長嶋選手 長嶋監督 聖火ランナー

2021-10-27 12:22:43 | Weblog

今年のオリンピックと、パラリンピックは、

   私、お茶の間の77歳の婆ちゃんにとりましては

       菅首相のブレナイ開催一点張りの意志が

         世界との約束を果たせたと思いました。

    二番で首相にはなれなかったけれど、、、、

      心の暖かなあの政治家が

        年寄りがコロナに参って仕舞ないようにと

       ワクチンを、なかなか手に入らない時期なのに

         日本に運んでこれたから、、、

        元気で、オリンピックを感動で、観覧できました。

  TVの前に「キノコになってしまっていた、、、婆ちゃんでした。」

 

             

     干からびてしまう前に、、、パラリンピックが始まり

        これはまた、、、人間の意志の強さ

               たゆまない努力で

                 天の知る所の

                ウルトラマンに変身できたような

             ある種の錯覚に驚かされました。

           車いすや、乗り物が、身体の一部になっているすごさ、、、

              

   

           多くの感動の場面でも、、、

             取り分けて、、、驚きましたのは

 

              

 

      聖火ランナーの時、、、

         長嶋選手、長嶋監督、、

              御爺さんになったヒーロ、-

              

               

                 たいへんだったリハビリ―の若き日のTV中継

               ジャイアンツは永遠に勝利の巨人です。

 

         、長嶋さんの聖火のランナーに現れた時

             主人は立ち上がるのではないかと、、、思ったぐらいでした。

 

          今年のオリンピックの、

              驚きは数々ありましたが

         稲葉選手監督で金メダルに輝いた日本の野球界には

        長嶋選手、村山選手、天覧試合と重なる様な興奮が、、、ありました。

 

          日本の野球は金メダルに輝きました。

 

            稲葉監督に金メダルの獲得の感想をインタビューすると

             選手の描写をして、あの選手この選手を

               思い起こさせる答弁でした。

 

           日本の野球はオリンピックの金メダルに輝き

                  

 

        日本の柔道のように

 

            日本の文化になりました。

                   

          長嶋さんの後輩がどんどん、、、

               世界的な野球界の海原に

                  ゴジラになって

                    次々と

               メジャー選手となって 

                どんどん日本から、、、出てゆきましたよね。

 

           長嶋さん、王さん、金田さん、村山さん、、、中西さん、、、

            稲生さん、、衣笠さん、、、三塁ベースの後ろの名選手、、、

                  (^^

            昨日の受章のニュースを聞いていて、、、バンザーイ!!

            文化勲章 受章おめでとうございます!

                  日本の野球は 、、、文化の棚に分類されました。

            確かに、、、球場を去っても、、、

              長嶋さんは野球文化そのものでしたよね。

 

             長嶋語録は、、、

               婆ちゃんの年代の人なら、、、

                    笑顔で思い出すものね!! 

 

                 ちょちょ、、て、、皆真似して、、、

           広岡さんの前の 、、、ごろの球獲る真似したり、、、

                   ファンだから、、、おかしくて、、

                 、爆笑もしてっけ!!

 

               いつの間にか、、、野球は娯楽から「文化」になって

 

      

                 世代交代の人生って、、、すごくない!!!

 

 

               婆ちゃん!、、、若返って、、、二十歳の頃の勢いで

           TVに拍手を送らせてもらいました。

 

             長嶋選手の、、意識していないコミカルな明るさを

                 一茂さんのTVから、、、時々感じては

                長嶋さんの宝物は、、、やっぱり、、、

          場を明るくする、、キャラクターが、、、金メダルかも知れないと、、、

 

          婆ちゃんの人生に、、、ジャイアンツに夢中だった時期があった事は

              永遠に、、、東京は、、、我が心の住処です。

           

            、、、長嶋さん、、、大好きでした!!!

                  

           

            野球の神様でもありますが

          長嶋選手のキャラクターは、

            野球をそれなりのレベルで楽しむファンを

              日本中に芽生えさせたという,、、

             人気は比類ないスーパーマンでした。

                   

           、、

            聖火ランナーに、、現れた我らが年代のヒーロ―!!       

      競技で驚くのではなくて

               観客も、御茶の間も、

                     皆驚きました。

                長生きはするものですね、、、

               野球が文化になった変わり目を

                オリンピックの金の光を

                長嶋さんの「文化勲章受章」で

               野球音痴の婆ちゃんは認識できたのですからね!!!

                  世界一の最高の野球を 観れたのですからね、、、

                、感謝です、、、面白かった!!!


一日中、TVを観ていた日

2021-10-26 22:02:32 | Weblog

10月26日という日を、、、

    忘れるようならば

      私は呆けた時だと

           言えるかもしれません。

        

  それほど、印象に残る一日でした。

        感動しました。

    日本の国の「令和」の時代に、

       皇室から民間に

         舞い降りて来られた飛翔の音が聞こえてくるようでした。

              

       結婚の原点を教えられた思いがしました。

            

                    

              

          77歳になって、こんなにも若いお二人に

             結婚の原点を示していただいた思いでした。

                  

 

       この、お二人の御結婚を

         「 お幸せに」と

               祈れないマスコミは

                      

          私は、日本人として、、、恥ずかしいと思いました。

       御婚約発表は、、、お二人の個人的な宝物!

         お心の出会いを

           次元の出会いのない物質的な、別の固体の問題と

          まぜこぜに報道する日本の習慣は

            この、、、機会に、、考え直してほしいですね。

 

        皇室は千年単位の大きな御神木のように、

         歴史そのものを守り続けて来られた日本人の歴史文化の

          博物館的な要素のある、、日本人にとっては

           心のよりどころにもなる大切な  文化でもある要素の心の支えです。

       少なくとも、昭和の戦争中に生れた、、、私たち、、、

          婆ちゃんにとって、、

            あの、恐ろしい原子爆弾が

               広島、長崎に落とされて

             人間を元素に変えた瞬間を知る年代は

          「昭和天皇陛下が、、、耐えがたきを耐え、、、忍び難きを忍び、、」

            終戦に導いてくださった玉音放送は

            祖父は、いつも話してくれました。

 

          日本人は、あの玉音放送で

             終戦い導いてくれた「天皇陛下の御声」以外では

            最後の一人まで、、、闘い,、闘い,、

          玉砕するまで、戦争はおわらなかっただろう。

           女性、子供は、サイパンのように

             万歳岬から飛び降りてしまっただろう、、

          日本人は、武士らしく、、腹切のできる民族だから、、、

             「天皇陛下の終戦のお言葉は、敗戦ではないのだよ、、、」

           これ以上、戦争が続くと

               人間が人間でなくなり、、、物質になってしまう

            いいえ、、、元素に分解してしまい

             心の存在も、生命の存在も、、、冒涜を超えて

               化学兵器の間違った、、、分解という

                とんでもない結末に向かう戦争を

            「天皇陛下の御声」の玉音放送だから

               終戦に導けたと

              明治生まれで、28歳でアメリカ留学をして

                南紀で、町長をしていた爺ちゃんは

           昭和天皇陛下のご苦労を思うと、日本は、

              しっかり勉強して、アメリカに追いつかねばならない。

             それから、、、今回の戦争の事を考えて

               軍隊が、陛下を戦争に巻き込むことは

              有ってはならないと、、、二言目には、、、言っていました。

            原子爆弾を使うような戦争は、、、

                  世界のいかなる国も。

                       二度としては成らない、、、と。

            人間が炭、、、炭素、、窒素、、、などに分解してしまう

              生命への人為的な冒涜だ、、と言っていました。

           あの頃の終戦まじかの新聞も、雑誌も

             報道機関は、真実は書いてなかった。。。と!

              恐ろしい話を聴きながら、、、

            戦時中に生れた婆ちゃんたちの年代は

               団塊の世代と言われる戦後の誕生組の弟たちと

             ひたすら、

                日本の復興の為に

                 平和な世界を目指して

                働き過ぎ世代、、、勤勉な日本人世代として

              今日の日本につなげていったのじゃよね、、、。

             マカーサーは「日本人は12歳!」と言われた時代から

            皇室は新しい時代に入り、、、民間から美智子様が嫁がれて

             皇室の遺伝子の中に、新しい民間の遺伝子を届けてくださった。

               健やかに、、、新しい、、、我らの皇室が誕生したのに

             この、宝物の様な文化を

                  民間に運ばれて

                    民間には無かった遺伝子が、

                   皇室と共有出来てゆく

                 新しい文化の始まるだろう、、

 

                  眞子さんが民間に来られた事を

                        花束でお迎えしたい。

             花嫁衣装も、、、来ていただきたかった!!

                      これ以上、、、、   

              日本の民間の心の貧しさで

                    眞子さんご夫婦の

                      お心を、思いやれないようなマスコミは

                 日本人の心は、、、終戦時から引きずっている

                    貧乏根性から、復活できていないことになりはしないかえ?

                平和ボケの世代の、、若者よ!!

              昭和陛下、、平成陛下、、、美智子様のご苦労と

                 民間の戦争を知っている忍耐の復活力と

               戦後の戦争を知らない世代の

                アメリカの考え方の混じった

                  団塊の世代のおかげで、、、ここまでこれた日本に

                婆ちゃんは、、、感謝しかないよ!!

                皇室は飛鳥時代から、、、日本国民とともに

               千年単位の日本を一緒に生きてきた、、、

                 日本を知っている唯一の文化という宝物を

                日本人よ‼、、自分で自分の宝物を

         、、、心を、、、傷つけないでね!!

     

戦争から復活してゆく、、、日本の女性の雰囲気から

                   マスコミは、

                     大切なものは

                        大切に、報道してほしい。

               

         言論の自由とは

          「 マスコミも立派な社会人と、、、国民に認められているから

                国民は「ペンを預けた」のではないでしょうか?」

 

          今後は、報道に、謙虚さと、心の豊かさを忘れずに

               日本が日本であるという、世界からは貴重な文化を守ってほしい。

           それ以外に、、無差別な核爆弾尾回避は、、、考えられない。

            シラサギ城は、、、空襲から免れている、、、事実!

 

 

               世界もご存知の眞子さまご夫婦が

              お幸せになるように、国民共通の心を     

          豊かな心で、真実の報道を 国民は期待しています。

      眞子さまは、、、眞子さん夫婦として

          アメリカでお幸せになり

             アメリカ人に、、、

               日本と

                心が繋がっていってほしいですね。

                

    

        お二人の御結婚を心から祝福しております。

            

             

          


眞子さまのご結婚

2021-10-24 22:18:15 | Weblog

 

人と、、人が出逢えるなんて

      素晴らしいことだと思います。

        長い年月の間、、、、お互いの気持が通じる相手に

          出逢えるなんて、、、、

 

             素晴らしいことだと思います。

 

私は、、、娘を産むことが出来なかったので

        若い女性は、眩しく見えます。

          そして、、、

            お二人が30歳になって

 

             ご立派な大人になられて

 

     そして、ご結婚されるという、、、、、出逢い。

 

       おめでとうございます。

        それ以外に、言葉は見つかりません。

 

        心より、、、国民の一人として

          ご結婚を

            お喜び申し上げます。

 

          

     77歳の婆ちゃんになっても 

           ご結婚の御縁の輝きは、天与の祝福だと思います。

              周りの方にとっても

            あたたかな、愛以外に、、、言葉のいらない輝きです。

        末永いお幸せを

         心よりお祈り申し上げます。

 

 

        御結婚後にお住いになるアメリカが

             眞子さまがいらっしゃるところだと思うと

                とても近く思えるから不思議ですね。

                   

             日本の、、国民の一人、、、77歳の婆ちゃんの

           日記の中にも、今日の気持を書いておきます。

            おめでとうございます。

      

                         


ドクターXのTV番組の美人女優

2021-10-22 12:52:34 | Weblog

最近、、、

この番組の監督さんが亡くなられたそうで

       哀悼の意を表します。

          

天国にいらっしゃっても、

          意表を突いた、、、パラドックスで

           本物の医師が

                   苦笑いしながら、、、

           いつもTVで観ている様作品をつくってください。

 

     ここまで馬鹿にされると、、、ドラマとして笑えるね、、、と

       天国でも、、つくってくださいね。

           

                

  、、世界一とか、、、病院長とか

      病院長夫人とか、、、

        「フウヒョウ被害」がでっち上げたような

       実際とは程遠い

     笑えるキャラクターの、、、

         大げさな誇張が

        自分達医療人を、、、

        くそみそに風刺しているのに

          なぜか?????

             毎回見ていました。

                

     それは、、、作品の中に

 

  せかいてきに???     「評判の良い肩書の医師」が、

         致命的な合併症を見落としているとき

 

   ドクターX、、事、だいもん、、、が、

          今回も心筋炎に気が付き

 

    心臓手術と今まで予定されていた疾患の手術を同時に実行するという

          ドラマチックな展開が在り

    医師にとっても…ドラマなのだと、

         面白い現実離れした、

            ドラマならではの展開が

                有るからかもしれません。

 

      「今回も、、夫婦で観乍ら、、、」

 

     ここまで医師が馬鹿にされてると、、、笑えるね、、、!

 

       陰陽師で有名になった名優の

          顔の演技に笑いながら、、、

        さすが、、、だね、、、太郎冠者!!次郎冠者!

        やじりながら 観ていた。

 

      さすがに、、、NHKでは、、、

       この手のドラマは門外漢に入るだろうね、、、

 

        可笑しいい、、、マイペースの一匹オオカミの医師。

        

         チーム医療だけに、、、

           一時代前の、、腕にかけた「ドクターX」のドラマは

          昭和生まれの臨床外科医の、ブラックジャックなのかもしれませんね。

       ただし、、、病院長とか、、、御意、、、とか、、、

         忖度が大事な医局員とか、、、、

         学問に謙虚に

             かしずく医師の姿が

                 出世の道具に解釈されたり、

         病院長夫人の、、、現実とは思えない、、、

 

                    芸能界のセレブの様な

          「クラブのママ」と競わせるシナリオには

 

            視聴者は本気にとって、

         実際の病院長夫人は

         、専門の蚊帳の外の、、家庭の舞台裏を任されて

           風評被害の中を、、、人との折衝は最低限に控えて

             コロナの時代にも

              手製の食事に徹して

           マイニチノ病院からの帰宅の衣類の洗濯と

             マスクの準備に

              頑張って、家を守っているのが実情です。

             ドラマのおかげで、、、嫉妬されて、、、

               「結構風評被害に遭う事もしばしばです。」

               医師の家は命を扱うので、、、

               奥さんは健康第一に、、、質素倹約、実地に間に合う堅い根性を

              真綿にくるんで、、、ふわふわに見えるように

                心は控えて、生涯、、

           影を真剣に勤めている人が多いですよ。

 

              、クラブのママは

                  ある種のプロですから

                   癒しが仕事でしょうから、、、

                 奥さんとの対立はドラマの上だけだと

                   苦笑しながら、、、

                  ありえない、、、と

                 

 

        クラブのママは、華やかさ、、、経営、、、

                   男さばきが仕事だから

                  対立はありえないと、、、私的には

                     笑って観劇しているだけですね。

 

                  

               木綿と化繊は洗い分けて

             化繊は裏返して洗い、、、裏を干して乾かしてから

               表に返して、、、表を乾燥させて、

            湿気の閉じ込めに注意しているとか

             水分を残した化繊のシャツに、皮膚分泌物の菌が付くと

              湿疹の素にもなるから、

               寝具は毎日乾燥させるという

              病院からの菌は元こまない、、、

               我が家の落ち度で、、、シャツの水分の間に

                いかなる金も持ち込まないように

               行く先が、、、「病原菌の杜であると思って」

               各自が、感染症対策に準じて

             病院で配られたパンフレットを

               主人を通して勉強して、

              洗濯物は、洗剤と次亜塩素酸に4時間以上漬けてから洗濯。

              外出帰りに手洗いして使ったタオルは

              次亜塩素酸と洗剤の入った洗面器に漬けて

               翌日洗う。

              トイレに入った後は、

              消毒薬の入った不折布で

                 床も天井も壁も拭き掃除する。

                   特にベンザの裏表、、、便器の陶器は 

        使い捨てのペーパーに洗剤をかけて、清掃し

             流した後は、洗剤と次亜塩素酸の混合液を撒いておく。

 

               次に入った人への

               跳ね返りの水分が

                消毒されていると

                 黴菌が飛散するのを避けられるパーセンテージが

               低くなる事を推定して、次のトイレに入るヒトへの

              安全掃除をしています。

                医師になるのだったら、、、医療が好きでないと務まりませんよね。

               私は、、、医師とだけは結婚するのは止そうと思っていましたが、、、

           医師の家内は、、医師という花の影を勤め乍ら

            嫉妬やいじめや、、、意地悪や、、、金余りと間違われるから

              ひどい目に合うという事を、、、

                 母を観ていて知っていたからですが、、、

               医師になるより、、、医師をすることの方が、、、大変で

               医師であることに維持費は

               頭脳の時代とともについて行くという維持費ですから、、、

              一生、、、受験生を抱えているのと同じお金が

                   学問の維持や臨床の力の維持に消えてゆきます。

                医師の家庭は、、「どう生きたか、、、!」という

                自己への挑戦の毎日ですから

               ドラマや、ワイドショウで、、

               半可通な医師談義や、、、

                 医師のセレブな奥さんをでっち上げて放映していると、

                

                 むしろ、、、芸術家が

                  大成するまでに、、、スポンサーの助けを借りているのと

                 学問や、医学の勉強は

                  むしろ、後方の守りが在り

                   スポンサー力のある女性との結婚を前提に

                 留学も、発展も、、インターナショナルな働きも

                   視野に入る職業ではなかろうか??

 

              コロナの事で、、、ゴミ袋で走り回っている

               日本の医療人の、

             使命感だけで頑張れていた姿を見た時

 

               マスコミからは、、、患者か客だから

                「患者様と呼べ!」という放映は無くなりました。

 

                  医師は命をかけて、、、命を守っているのが

                   舞台裏の家庭を守る立場になって

                 見えない部分が見えている立ち位置なので

                     現実は夢が無くて申し訳ないが、、、

 

                    m(--)m

 

                  医師の妻は、、、セレブどころか、、、

                   孤独な実験室の、、、

               主人からも見えない仕事で

                 「 医師をすることのサポート」で

                各自それなりに、抜かりは無いようにと切磋琢磨の人生です。

                    広岡さんのように

             三塁ベースの後ろの球を逃さないように

 

                 期待もされないし、、、

                  義務も無いけど

                家を守っている、、、

          呆ける暇のない、、、存在であることが

               多くの医師夫人の姿だと、、、想像している。

                

                  日本の医療を半可通な何かが、、、

            システムを組んでいるとしか思えないのですよね。

 

                    

           ドラマとしては面白い「白い巨塔」も

            多くの病院の中には

                  あるいは

              一部はあたっているでしょうが

 

〉           今回も一見巨塔に見える医局システムの

             トップダウンが存続していたとしたら、、、

 

               医療システムが、、、

                保健所経由とか、、、

              保健所の医師も困る様なシステムになっていて

           自宅療養などという、、

             、医師の手の届かない事が起きましたよね。

              残念です、、、本当に、、、残念です。

 

            努力に努力を重ねて、、、

            何が面白くて、

             、医師になったのだろうと、、、

              家内からは、、見ええます。

              

 

            「医師は、、、医療が好きでないと、、、務まらないよ。」

              主人の答えは、、、いつも同じです。

       「医師をすること」が、、どんなに大変でも

                 その仕事が好きであるという

             ドクターX、、、、魅力的な、、、足の美しい女優さんに

                乾杯!!  

                   

                  

                 


benizakura kouenn no tirasi

2021-10-22 10:20:43 | Weblog

今朝,、道新のチラシに、紅桜公園に 美味しい物を作れる車の集団が

  日曜日あたりまで、、、イベントをしているそうですね、、、

 

野外だし、祭り気分の大自然の紅葉なんて、、、

  コロナで疲弊している

食堂の社長さんあたりが、、、

      考えたのかな~~~・・

        これって、、、野外という事と

          換気完璧という事だし、、、

             お年寄りの後楽には

                  モミジ見物も最高だし、、、

                    行ってみるかな~~~

         1人で、、、マスクして、フード付きのウインドウブレーカー着て

    若き日の、、、中島公園の池の傍で、、、屋台の風景が

       北海道らしくって、、、子供達が喜んだっけ。。。

        東京も、昭和の頃は、屋台が有って、、、

          その味は、料亭では出せない、、、別の美味さだと

             叔父さんたちは言っていたことを思い出す。

 

        寅さんのバナナ売りだって

           日本復興時には、、、子供達は、その周りを囲んでいた。

 

      多くの店が、家賃に追われて、、、閉店したと報じられている、、が

   コロナかに於いて、、、屋台カー、、とか

       ポップコーンカーとか、、、

         ジャンボハンバーグカーとかで

             家賃倒れを防げるのなら、

 

    政治家さんのどなたかが、、、無料化し屋台カーを用意して

         コロナ被害でシャッターを下ろした食品業の方が

            何もできない日々を送ると

          精神的に良くないと思うし、、、

        美味しい物を作る腕が、、、もったいなさすぎるから

 

    お金支援もいつまでも続かないときは

       屋台のキャンピングカーの貸し出しで

          店を持てるまでの復興が出来ないモノなのだろうか、、ネ、、、

 

   北海道新聞のチラシを観乍ら、

        公園の一部を開放して、、、戦後の復興期のように

            シャッターを下ろした業者さんの復活の糸口にならないのだろうか、、、

      政治音痴の婆ちゃんは、、、この2年間

    ボロボロに頑張って、食事の手造りをしながら

       飲食店の大切さを、、、感じるのですよね、、、

 

        美味い物を作れる腕を、、、

         何もできない状態にした、、、coronaが、、、憎いが

       正しく、、、coronaを怖がれば、、、

        あの手、この手が有ることは多志賀だと考え込んでいます。

 

           


平和への選挙をお願い、、、

2021-10-21 06:04:10 | Weblog

阿蘇残の爆発、、、coronaの混合型、、、出現、、

収束に見えるcorona感染のストップモーション、

 

まるで、、、囲碁のコウをいつまでも、、とってとられて、、、動けない日本。

全体を観るという事の難しさ、、、

攻め込ませないという難しさ。

後で聞いてくる、、、大きな石の動き、

 

将棋で考えれば、、、若さが物を言うようですね。

 

閃きとか、カンとか、、、あの手この手で、、、駒を取りに行くみたいね。

 

強そうな,、、ミノガコイだって、、、すぐに落城

   王手の前に歩をはってくる、、、マスコミ

     時代が、SNSとか、、、

       何でも書き込んで、、、炎上

 

U-tyubで、、フェイク二ュウス

      造られる,、、人工都市

         言論の自由はスマホから

 

      今回の選挙はどうなるのでしょうね???

 

政治学という、、、

  単位は取得した大学時代。

    いよいよ政治が、、、チンプンカンプン。。。

 

日本という碁盤の上で、、、陣取りをして勝ったとしても

見事な石心で,、、たった、、、一個のハマグリが

   那智石をうならせた時代は、、、、日本が生きていたのか?

     中国が眠れる獅子だったのか、、、

         ミサイルは将棋の方が好きなのか???

少女が「碁」の名人だったㇼ、、、

   少年が、棋聖だったり、、

 

  勝負の世界ほど、、、半可通なのが女性だった。

女性は男性と運命を共にしていた時代から、、、

    開国、、そして今は国連のもとに、、、

            平和な世界を目指す。

 

    御隣の国のミサイルが、日本海を汚染して、

      魚もとれなくなったらどうしよう、、、

 

倒産した飲食店や自営店や

   企業中流向き店舗の閉店

       莫大な家賃の行方?

 

年寄り客が主体だったというお店のママさんが

   TVでぼやいていた、、、・

 

      客はもどってこないかもしれない、、、、。

 

  すすき野は

      歌舞伎町の進出らしい

 

        狸小路はどうなるの?

 

ひたすら忙しかった

    我が家の2年とちょっと、、、。

  今回の選挙は誰に投票すればいいのかワカラナイ。

 

アメリカは、大きな石を打つよりも

        石が生き残ることをトランプさんの時に宣言した。

アメリカファ―スト!!

    大石の大統領が勝って大統領交代、、、それでもミサイルは飛ぶ。

 

  歳よりは、生き方がわからないまま、、、

    どんな社会になるのかも想像できない。

 

 

政権交代時の市長が、医師を攻撃してきていた。

 

   政権が交代すると、、、

  医療がますます理解されなくなり

     

 

  国の決めたトリアージで

治療の順番が決まるかもしれない。

、、政権交代の、過ぎし日の出来事

、、、理由がわからない、、、が

       札幌では

      医師の関係者には

         風当たりがすごかった。

政治オン地の私は、、投票日はいつも、、、迷っている