花鳥風月

生かされて行くもの達の美しさを見つめて,
ありのままの心で生きている日々の、
ふとした驚き、感動、希望、

城と花

2018-12-29 22:18:55 | Weblog
今年の疲れがまとめて出てきた今日は、

いつものように早朝雪かきも無し、買い物も無し

洗濯もしない、、、

TVをつけっぱなしで、明日の雪かきに備えて、

筋肉をほぐし、リラックス、、、TV、

どこを回しても、銭形平次もないし、相棒もない、、、

今日だけは、穏やかな番組を探すと

やってた、、やってた、、、

高橋秀樹さんと、石原さん、、と美人女性と、

日本の城めぐり、、、

さすがに日本は大名の納めた国だけあって

手ごろな山には大将が居た証の城の石垣が残る。

岐阜の城はそのうち見に行こうと思ったけれど

結構な、、、城郭廻りをしていた事に自分でびっくりした。

本棚には、何十年も前に買った「城」という題目の

新聞社が出した写真集があるが、

印刷も、写真も、今なら出版できないグレードの印刷技術である、

しかし、記事が面白かったのだろうね、、、!

旅に出ては城めぐりをして、ほんのページをめくってある。

40歳ごろの記憶はあるが、、、
その後の人生は、どのように過ごしてきたのか記憶にないほど、、、

思い出せない。

覚えていたら、頭の中に記憶の組み立てた城郭と、
感動したときの記憶の天守閣があるだろうね。

次男が歴史のある私大の医学部を卒業した次の年の春
授業料が必要なうちは
息子にとって、親は城でもあり
お堀でもある、

卒業して、私の弟が
放射線医学の黎明期の若手エースの勢いで
良い仕事に打ち込んでいた時期でもあり、

進路を決める心には、
医学の雄の城に見えたのかもしれません。

若くして、まだまだ未開だったCTやMRIやリニヤック、

ペットCTや、画像診断と、

こともなげに、、、惚れ込んで楽しそうに話す叔父さんは

息子から見ると、白い色した城に見えたのかもしれません。

卒業して、叔父さんから

まだ見ぬ世界の面白さ、魅力を聴きながら

楽しそうに、若き医師として、大海にこぎだしたとき、

息子には、親は帰る城ではなくなっていました


あたらしい医学の城に住む先輩たちのもとに

巡礼しながら自分の居場所の城にたどり着く日が
いつか来るだろうと、、、

全身全霊で見守った息子を

厳しい社会に手放した、

同じ世界に、、定年はしたけれど

弟が居てくれるという事は

右も左もわからなかった息子にとっては

遠くに、たどり着かねばならない居場所でもある

天職の城の石垣が見えると思えた。



安堵の城が心に見えた。


弘前城の桜が満開の城を

一人の医師を世間様に返すことが出来た安堵感が

桜の花に重なった。

生薬学の認定の試験日であったが、

弘前城の桜見物などと、、、一泊休みの必要な

夫婦の協力し合った感動の一瞬の、、、このチャンスは!

外科医としての責任者の主人が休めることなど、、、
二度とはチャンスがつかめないだろう、、、

唯一の主人との共同作業であった医大卒業までの親の緊張。

弘前の桜の城で、

一人の医師を社会に返すという、、、
両親の激戦の時代は終わったのだと、、、感動した。

「戦いは卒業したと実感したかった。」

引き換えに、
病院で薬剤師として働くためにも

身につけた方がよいと考えて

大学卒業以来、定期的に講習会に出席していて
とうとう、、、資格試験の一日目まで受験したものの、、、
2日目は、主人と約束した「弘前城のお花見」と重なった。

主人はこの日を外すと、、、又、、休みは春にはとれないといった。

生薬学の試験を受けなかった私は

この日を境に、

漢方学の生涯学習列車を降りてしまった。

恒例のフィールドワークの連絡も来なくなった。

長い長い、、、生薬学、漢方学、東洋医学会

全ての会員を退会して
家庭の立て直しと、
華ではなくても、主婦は守りに着くことになった
「弘前城のさくら」の教えでした。

20年来のライフワークのピリオドとなりました。

背中合わせに主人とともに働くことも、
必要のない日々が来るだろうと、、、
仕事に関することは
親の私も卒業した。

、、、人生はそんなには甘くはありませんでした。

親としての一大責任だった二人の息子を

社会に返したという、、、卒業祝いに

主人と観光した記憶が甦った。


美しい桜が満開の城は、鬼であったとしても

城を攻めたり、矢を向けることは出来ないだろう。

難攻不落の城造りは数々あれど

弘前の華の城には、戦う兵も大将も、



堀に映した石垣に満開の桜が咲き

あまりの美しさに、

兵たちは

座り込んでしまい、見とれてしまうだろう、、、!

城は花の城であった。

香りの城であった。

戦うよりも、その美しさは

戦意を吸い込んでしまうだろう。

愛する女性の膝枕にも似て

大将も兵隊も、

戦いを忘れて安らぎの空間であったに違いないと

桜の花の魔術に

酔いはまわって、

城はこうありたいと、、、思ったりした

若かりし頃の、心に残る城がが、、、私にもあった。

TYを観ていて、、、思い出した過去の感動を

今年最後の日記として振り返り、
我が記憶の糸をしっかりと紡いでみよう、、、大みそかになる前に。

早朝5時のNHKが面白い

2018-12-29 10:56:55 | Weblog

暮れの放送時間が、

昼間とひっくり返ってしまっています。

ゴールデンタイムは居眠り時間で

真夜中の12時に、、、

やおら、、、洗濯機を回しながら

BSの記憶の扉を開けています。

早朝、、、玄関に朝刊のコトリ、、、という音を聞いてから

平成最後の正月に向かって、災害と、復興と、気力の画面を観ています。

災害地を、見舞われる両陛下の

皇室アルバムの、不思議な天与の光のような癒しの旅に

TVで拝見することで、感謝。

貴重なフィルムの放映にNHKにも、、お疲れ様のありがとう。

「陛下と美智子様の日本各地へのお出ましの番組を観ました。」


昭和生まれの戦前生まれとして、

戦後のドサクサを体感してきた私たちの年代の者にとっては

もっともむつかっしい時代を生きてこられた

昭和天皇と

鎖国が時代を超えて、、、
何かと日本を翻弄した世界の文化の津波から

情報の遅れもあり、
平和への討論のレベルがそろわなかった時代でもあり

民主主義の遅れもあって、

平成14年まで、
隠れた身分差別も存在した文化の遅れから

明治維新に、刀も、ちょんまげも、、、

やっと卒業した、、、

西部劇とあまり変わらなかった時代から

7人の侍が、農民ンを守るつもりが

戦争で死んでゆく。

戦争に継ぐ戦争に、

議論が追い付く暇のない「原子爆弾!」

科学がどんどん人間を引っ張って、

人工知能の設計した緑亡き、人工都市で地球は計算上は進化してゆく。

心ある日本は、、、心そのものが、「日本人」だから、。

科学の渦に巻き込まれて、文化国家になるまでには

戦争の津波に、、、破壊された、、、物。

心が残った!、、、日本の心は、、、日本そのもの。

ヨーロッパや

アメリカやフランスは

多くの国が地続きだった。

日本は海という天然の堀に囲まれた、、、文化の井戸。

明治維新は、
世界からの文化のシュウキョク。

文化のプレートが大きく動いた明治維新。

なるようにしかならなかった、、、生きる場所。





世界の動きに巻き込まれた日本が辿った歴史の道。

いつの世にも、、、

天皇陛下がいらっしゃった。

時の権力者に時代を振り回せられながらも

陛下は、、、いらっしゃった。

日本人が日本人の心を感じるとき

歴史とともに…在り続けた、、、天与の力が働いている証のような

日本の存続の象徴、、、。



平成が終わるまでに、、、NHKは

茶の間で、私が唯一の社会を知るテレビに

平成とは、、、を、伝えてください

平成時代は、、、とうとう戦争がありませんでした。

このまま日本は

「平和に向かって世界に大きな役割を果たして行くことを願いながら、、、

平和は続くのか、、、孫子の時代にまで引き継がれてゆく平和。

私もボケは確実にやって来るかもしれません。」




両陛下が国民と、、、ともに生きてくださった平成時代は

美智子様の、皇室と国民との間にかけた心の橋が輝いていました。

美智子様だから、

陛下の心の窓を開けて差し上げられた唯一無二の

国の母だと思っています。

全身全霊と、お子様が感じた如く

国民の災害後の涙は未来に向かっての復興心を秘めています。


両陛下の全身全霊の寄り添いのお心が

砂漠でいただいたいっぱいの聖水のように

日本人の生命尽きるまで頑張れる日本人の心を

少しづつ光の方へ導いてくださり

やがて、被災地を囲む国民の心が合流して

大河になって

日本の心を励まし続けてくださった

現実への「復興の見える力の動力」につながっていったことが

天与の輪のごとく、

終わりなき愛にも似た不屈の精神を呼び起こしてくれました。

日本人の結束の復興へと、災害地の難攻不落と思えた事を

背中を押されて、やれば出来るのではと、

復興に向かってゆく勇気になったと感じております。

NHKには、時代を超えて、あり続けた

皇室のアルバムを、、、、深夜、早朝、放映を期待しています。

特に、、、今回の歴史あるピアノで

「ねむの木の子守歌の演奏を聞かしていただいて

万感の思いがしました。


はま菊の宿のように

復興が、、、形になって見えることもよろこばしい。

形としては見えなくとも、

心が復興してゆくときに

形以上の形而上の生きてる光に気が付くかどうかは

孤独ではないという、自分自身の存在に光を感じたときでしょう!?


皇室の大事になさっている物事が、

まさに、、、見えない光に気付かせてくれるという

不思議な、、、ポテンシャルエネルギーのなさる心への光。

日本人がパソコンや、スマホにひっかきまわされて

消滅してしまったかな?と思っていた

心のひとかけらが、

むくむくと、元の大切さを認識し始めて

サイボーグでない、、、生身の筋肉の手ごたえを

再認識するとき、

復興に向かって。。。ものではなくて、、、心に直接光が当たるのですよね。


復興の実現という達成感に向かって

素っ裸のまま走りだせるような、、、

不思議な力の見守りを感じて
再び起き上がる気力を戴けるのです。


NHKの、、、何気ない放送は、、、茶の間の文化の光となってます。

今年も過ぎてゆきますが、、、お疲れ様でした。

これは日記帳です。