枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

体は正直ですね

2010年06月22日 | Weblog
 以前のアルバイト先からの電話で、枇杷茶を作っているか?との問い合わせがあった。あと4パックしかない。と言うものだったが、自分で作る訳にはいかないらしい。犬の訓練をしているのだ。所謂警察犬の訓練の類や、躾もやっている。昨今は、子どもの躾ができていない親が多いから、こういった施設も繁盛するのだ。先日など、親に苦言を呈したら、『学校では言っているのにね』ときた。え?違うだろ。学校じゃなくて、あんたが躾をするんだろ!!

 梅干を漬けるのも、ネットで検索してやった。と言うのだが、その経過や、土用干しを知らないことに唖然とした。何時の土曜にしようか?等と、言われては、マジキレしちゃいます。検索の仕方が基本から間違っている。そういうことは、近所のお年寄りか、経験者に聞くべきもの。日本の四季を頭においていないし、行事の意味をわかっていないのだ。そもそもが新暦で行なって、本来の意味を忘れているよ。

 七夕も然り。面白可笑しくすればいい。という昨今の風潮もどうだろう。外国には通じないことだが、アジアの国々では、何等かの役目が似通っている。古くから農耕を祈り、恵みを感謝するお祭りだ。メディアが余りにも派手に取り上げるから、その行事の目的を無視した形になったのだ。今年の七夕は、8月の16日。子どもの頃に、縁台に寝転んで観た、夜空の美しさと流れ星は、この時期の風物詩だった。旧暦でしなくてもいいが、せめて8月の7日に替えてほしい。梅雨の真っ最中に、織姫と彦星が出遭うことは有り得ない。

 日本の古典を齧るくらいなら、旧暦を知っていてほしい。季節感が全く違う。星座の位置も、太陽の輝きも、潮の満ち引きも読めない。一番に、月の満ち欠けがわからない。人間の体に及ぼす影響を考えたら、この事実を失くしては成り立たない。花の咲く時期、種の発芽にしてさえ、密接な関係がある。畏れるのは、犯罪に使われてはたまらないが、未だ犯人が捕まらない事件には、大いにこういったことがあるように思う。

 事故が起きる原因は説明できないが、集中する要因に、月の満ち欠けが関係しているのも事実らしい。一体に、かぐやが地球に降り立って、何をしようとしたのか?また、何を達成して月に還ったのかが不可解だ。その謎が解ければ、人類の破滅が救われるのかもしれません。どういったプログラムをセットして、かぐやは月に還ったか?はたまた何故、どんな指令を受けてのことだったのだろう?う~ん・・・。わかるようで、さっぱり解明できん。

 明日は、淡路島までツアーで、枇杷狩りに行ってこようと思います。友人が何処かに行きたいらしく、誘ってくるののだが、是非とも一人で出かけてほしい。と、言ったのだが、何としても行こうコールが止まず、然も、全部お任せの口ぶりです。何処にするか選び、日にちを決め、申込をした。これで友人が私の分も、料金を払ってくれればいいのだが。行こうと誘う割りには、気づいてくれない友人です。

 レースフラワーが咲きました。今年は、花が心なしか少なかった。カナブンが花に止まってきれいに食べてしまいます。サラダ感覚かな?
コメント
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