枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

横着者のつぶやき・・・

2019年12月10日 | Weblog
 天気は好いが、指先が冷たいので、結露を拭きながらすばるに言うが、あまり忙しくの無いのを知って、手伝おうとはしない。部屋中を駆けていたかと思うや、箪笥の上に上がって下りれないと騒ぐ。何してんのよ、と叱れば、塵と一緒に落下する。蒲団を干したが、出掛けるのに時雨れてもと仕舞う。あらまっ、青空が広がる。

 図書館に返却と予約本の受け取りに出向き、銀行と本屋に寄って帰宅。友人が来るので、慌てていたが、2時頃に到着する。最近は、年金生活になっており、買い物の類は節約らしい。年金生活にならなくても、節約・倹約は必要だ。娘と息子夫婦からの、お歳暮も金券にしてくれるよう頼んだが、まちまちでややこしい限りだ。

 図書券を貰っても、DVDは買えない。至る所の金券より、全国共通の金券の方がいいのだ。ちゃんと相談してから送ってくれ。出不精の者には、それなりの備えはあるが、体力が続かないので困るのだ。貰ってうれしい物はなく、食べる物にも飽きている。野菜中心の、質素堅実が一番である。お正月も旧暦で祝うので簡素にね。

 明日は、弁当の具彩に、牛蒡と蒟蒻を入れて肉と炊こう。葱もいいなぁ…、青空市で里芋も買ったので、当分は困らない。味噌汁も作ろう。枇杷葉温圧療法で、腰痛も治まっている。今週は忘年会があるので、体調管理には気をつけておきたい。千振も飲みつつ、饅頭を頬張る。休日の醍醐味は、誰に遠慮することなく過ごせる。

 然し、贅沢でもあるなぁ、と反省もする。何でもない時間があるという幸せは、神さまからの贈り物でもある。好きなアーティストのDVDを観たり、読書ができることに感謝をする。この世の終わりが近づいているという不安さえも消える。だが終末は確実に迫っている。その日までの日々を、感謝しつつ送れることを祈るもの。

 地元の定期講座に、バラ色講座と言うのがあるが、顔触れはどう解釈しても、黄昏としか思えない面々である。講座名を付けるのも、もうちょっと考えてはどうか。参加しずらい雰囲気であるのが理解してもらえない。色で表現するのも、間違いではないが紛らわしい。何でもかんでも、年寄りを可愛いと言うのと同じ。莫迦じゃない。

 どんな災害が起きても、自然の力は揺るぎないもので、微妙な気温の違いで、その季節を知っている。
コメント
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