枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

気の迷い・・・

2020年02月25日 | Weblog
 2.26事件を思い出すと、宮部みゆきさんの蒲生邸事件が浮かぶ。主人公が寄せる恋心には、時代が異なることで成就できない。不可思議であり、その心情に惹かれる小説だ。今は、失われてしまった感情がそこにあって初々しい。今朝は曇りで雨になっている。昨日、余りにも気温も天気も好過ぎていたので、本日は骨休めとする。

 暦の見方で、そこからの知識の差が出るのは、普段から馴染んでいないと不明なことが起きる。特に建築に関しては、昨今の事情では、あっという間に建つので、季節を問わない。昔なら思いもしなかったことを、若い世代は知らないことで鵜呑みにしてしまう。地面を動かすことには、相当の注意が祓われるのに、無頓着なこと。

 日本には四季があるのを上手く利用したい。自分達が其処に住むのも、大地の守りがあってこそで、祈って禍々しいものを祓い、感謝の念で棲むことが大切だ。それをしてこないから、災害に遭遇する。山の地形や地の理を知っていれば、災いは避けてくれる。或いは、何かで教えてくれるものだ。人間ばかりが地球生命体では否。

 沿道の梅が殆ど散りかけていて、その下は雪が積もっているようだったり、紅の絨毯を敷き詰めたようだ。それが風に舞う様も美しく、つい車から見てしまう。梅の香は清々しく、心を満たしてもくれ、自然の贈り物に感謝するばかりだ。この世にある風景が、あちらにもあるのだろうか?加えて匂いもしているのかしら?疑問突出。

 シクラメンも長い間を咲いて、終わろうとしている。我が家のは年末に咲き出したので、未だ萎れもしない。白いのは、やっと咲き始めた。これは陽当たりの差であり、出窓と言えど温度が低い。台所のはすこぶる陽当たりがよく、毎年其処から動かさない。必ず、小さな蕾をつけて咲くのがうれしい。既に10年以上咲いています。

 夏場には、水遣りはしません。球根が土から覗くように植え替えていて、冬場も花の状態を見ながら水を遣る。根腐れしないように細心の注意で。然し、球根の状態が悪いと、年を越しません。今までにも新種で失敗した。シンプルなのが一番である。この状態でいくと、必ず種を落とすので、それを育ててもいるのですが年数が。

 枇杷葉も、剪定の枝と時期で、生らなくなってくることもあり、そこは裏年の時に行う。初生りは結実させないのが好いらしい。無論、寒さに弱いので、囲いが必要だが、寒冷紗が高くなって止めた。売り物で無し、自然からの恩恵に感謝すれば好い。その年の生りようで、口にいれば有難いもの。贈るのも限られて来たことでも。

 佐藤さとるさんも、末吉暁子さんも既に亡く、贈ろうにも相手に嫌がられるので、出来次第で済ます。わたくしに取っては、かけがえのない方であったので、その感謝の意も含めてのことだ。然し、相手の負担を思えば止めるしかない。宅配料も上がったことだし、限が好いのかも知れないが、我が家の枇杷の実は、甘くて旨いよ。

 リエさん枇杷葉の場所にある南天。赤い色が鮮やかに夏を彩る。ツワブキは、里から貰って来た。
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