キャラクターの交代
何時もの散歩道の、とあるお宅の門前に飾られるキャラクターが季節や時期によって置き換えられる。
それが楽しみで時々このお宅の前を通る。
色々と趣向を凝らして飾られている。
色々なアニメに登場する主人公たちもいる。
見ていて楽しい。
このお宅の方も多分通りすがりの人達が楽しんでくれればいいなと思いながら飾り付けているのだろうと思う。
我が家にも色々とキャラクターがあるが、この様に多彩な物ではない。
キャラクターの交代
何時もの散歩道の、とあるお宅の門前に飾られるキャラクターが季節や時期によって置き換えられる。
それが楽しみで時々このお宅の前を通る。
色々と趣向を凝らして飾られている。
色々なアニメに登場する主人公たちもいる。
見ていて楽しい。
このお宅の方も多分通りすがりの人達が楽しんでくれればいいなと思いながら飾り付けているのだろうと思う。
我が家にも色々とキャラクターがあるが、この様に多彩な物ではない。
水仙と恋ヶ窪村分水
姿見の池周辺散歩の途中に見た水仙。
白い水仙は何故か空き地の中にポツンと咲いていた.。
捨てられたりした球根が芽を出したのだろうか。
こちらは或るお宅の塀横に咲いていた黄色い水仙。
こちらは赤い実と黄色い実が付いた大木が隣り合わせに植えられていた。
何の実なのだろうか。
鳥が食べない所を見ると、ピラカンサスなのかな?
帰り道の途中に、市重要史跡、恋が窪村分水と言う案内板が立っている所が有る。
案内板の後ろは堀割のようになっている。
左は南方向、右は北方向だ。
南方向はトンネルのようになっている。
北に向かって掘割は雑木に囲まれている。
こちらは北の端から南方面を見た所。
堀割が続いている。
同じ場所の北側はやはりトンネルのようになっている。
ここは恋ヶ窪村分水と言う。
農業用水や飲料水に使われていたと言う。
3代将軍徳川家光が大岡越前守に銘じて武蔵野の新田開発を行った。
先に出来ていた玉川上水から国分寺村まで掘割を作り分水し、恋が窪新田、戸倉新田、内藤新田などがこの水の恩恵を受け、立派な農地になったと言われている。
その名残が国分寺市内には数か所残っている。
特に、地下にトンネルを掘って水を送ったと言う体内掘りと言う地下トンネルが何か所かあり、貴重な史跡として残されている。
見捨てられた蛙たち
散歩の途中で見た見捨てられたような蛙たちのキャラクター。
藪の中にひっそりと佇む?と言うか寂し気な表情に見える蛙。
一時は可愛がられたであろうが、今は藪の中。
冬枯れの庭の植木鉢の脇で、キノコの傘を広げゆうゆうたる態度の蛙もいるが、これも半ば見捨てられた蛙だろう。
植木鉢の中で走る子蛙。
僕はまだまだ大丈夫だよ!
僕も捨てられたのかなあ・・・
僕も一時は金運の守り蛙と大事にされていたが今はこの有様。
ご主人様はお金持ちになれたのかな?
なれなかったのでこの有様になったのかなあ・・・でも藪の中から応援しているよ!
暖かい日の散歩
この所、三寒四温の日が続く。
明らかに春の足音だ。
そんなある日の散歩道。
お定まりのコースを歩く。
途中、紅梅と白梅を見る。
このあたりの梅の開花は遅いと言うか普通なのか良く分からないが、国分寺公園の梅などはまだ蕾だ。
お散歩カメラのコンデジでの撮影で、思い通りの写真が取れないのが残念。
あるお宅の垣根近くに福寿草を見つけた。
外に置かれたプランターの中に咲いていた。
散歩道でこの花を見るのも初めてだ。
散歩をするのは健康維持のためにするのが建前で、ブログにアップするものを探すために歩くのではないのだが、なぜか自然にあちこちと見るくせがついてしまった。
これが脳の活性化につながって来るのではないだろうか。
定期コースしか歩かないのだが、歩くたびに少しづつ景色が変わっているのが楽しい。
散歩の途中
散歩の途中で見たものと言ってもあまり変わり映えはしない。
散歩コースはお定まりのものだから。
恋が窪樹林地の入り口横にはカラフルな住宅が並んでいる。
黄色、グレー、白、オレンジの4色だ。
最近の住宅はカラフルな外装が結構多い。
恋が窪樹林地遠望。
葉が落ちて林の先の家並みが見える。
樹林地の中に一か所だけコンクリートでできた椅子とテーブルが置かれている。
テーブルと腰掛をよく見ると、年輪が刻まれている。
なかなかお洒落な造りだ。
林にちなんで拵えたものだろう。
林に中に水仙が一輪咲き始めていた。
樹林地を抜けた反対側から見た所。
この左手に年輪テーブルが置かれている。
市内にはこのような樹林地が数か所あり、市としては武蔵野の面影を少しでも残そうと、ボランティアを募り、その保存に力を入れている。
今年の初散歩
この所、暖かい日が続いている。
今年もコロナの関係で遠出は多分出来ないだろう。
高齢者の感染が多いと聞くと自ずから外出を控えるようになってしまう。
毎日閉じこもり生活が続くのかと考えるだけで憂鬱になる。
せめての憂さ晴らしに例によって近間の散歩に出る。
農家の畑も正月休み?
あるお宅の二階で猫が日向ぼっこ。
例によって姿見の池に行く。
新しく姿見の池の概要を示す案内板が立てられていた。
冬枯れの姿見の池。
なんとも殺伐とした風景。
池には鴨が数羽。
首を羽に隠し寝るも鴨や、何時も一羽だけのオシドリの雄。
池の住人の姿は変わりない。
中には水中に首を突っ込み、餌を探すものもいる。
鴨の周りの光芒が面白い。
帰途に就いた道すがら、武蔵野線の高架下の壁や、ガード下の壁のいたずら書きを見る。
消されると一か月もたたぬ内にまた書かれると言ったイタチごっこ。
心無い若者たちの仕業か。
この落書きの書体と言うか絵の描き方が違う場所でもほぼ同じなのが不思議。
かくして初散歩は終わった。
恋が窪樹林地
恋が窪樹林地は市内の残り少ない雑木林を市が管理する林の中の一つだ。
面積は猫の額ほどの狭い林だ。
恋が窪樹林地遠望。今、紅葉真っ盛り。
林の中には遊歩道兼生活道路が通っている。
陽だまりを楽しむ人が一人。
林を抜けた所に樹林地の案内板が立っている。
近くには新興住宅が立ち並ぶ。
その近くに五階建てのビルがあり、回転すし、パチンコ店、スーパーマーケットが出店している。
その屋上に出る。
屋上から見た風景は半世紀以前の風景とは全く違っていた。
左の煙突は清掃工場、その奥はエックス山(樹林地)、半世紀前は見渡す限りの雑木林と畑しかなかった。
今は所々にかろうじて樹木が見えるだけで、住宅に埋め尽くされている。
このビルの横には、この近所では珍しい広大な農地が見える。
遠くに連なって見える林は玉川上水に沿った林だ。
南東方面には、日立中央研究所の森林と国分寺駅ツインタワービルが見える。
毎日のように新興住宅が作られている。
近郊農業の町として発展してきた国分寺市、今やその面影は無くなりつつあるのは老骨にとっては寂しい限りだ。
ぶらり、ぶらり
まあ何時もの散歩道だが、陽光に誘われてぶらりぶらりと歩く。
例によって近間の散歩だが、この日は一寸コースを変えた。
我が家近くの農地を囲む「どうだんつつじ」の紅葉の赤い色が目を奪う。
青葉の頃はあまり気のしない所だが、紅葉の時期にはその美しさにしばし足を止める。
エックス山の木々たちも紅葉真っ盛り。
ある植木畑を通り抜ける。
道の両側にはサザンカの花が、やや盛りを過ぎた感じだが奇麗に咲いていた。
散り落ちは花びら。
散り落ちた花の数は想像以上に多いようだ。
最近は滅多にお目にかかる事が出来ない「からすうり」が赤く色付いているのを見つけた。
以前はどこでも見る事が出来たものだが、野原や森林等が無くなってからは殆ど見た事が無い。
花畑越しに見る農家の紅葉。
ある農家の玄関脇のモミジの紅葉が美しかった。
この辺りでは豪農?と言われるような大きな農家。
その玄関周りは豪邸にふさわしい見事な造りだ。
豪邸を後に散歩は続く。
小春日和に誘われて
この所、小春日和が続いている。
老骨にとっては過ごしやすい日々だ。
暖かな日差しを受けながら散歩に出る。
何時もの散歩道だ。
228号線沿いの花屋さんの店頭。
店の周りの木々が紅葉し、カラフルな店頭を演出している。
恋ヶ窪用水路も奇麗な水が豊富に流れ、野趣満点。
姿見の池岸辺の樹木も紅葉し、池の風情を盛り上げている。
水面には岸辺の風景が揺らめいていた。
ホトトギスは終わりに近い状態。
名は不明だが光る葉と赤い実が美しい。
花名不詳だが、姿見の池辺りでは初めて見る花。
こんな野草も小さいながら、一緒懸命に美しい花を咲かせている。
トクサ。
この茎はやすりの代わりになる。
父が木工業を営んでいたころ、品物の仕上げにこのトクサで磨いていた。
セイタカアワダチソウ。
3~40年前?に日本に入って来た外来種。
アッと言う間に日本中に猛繁殖。
在来種の野草を駆逐してしまった。
現在はその勢いも薄れ、あまり見なくなった。
家の近くのお宅のワンちゃんがお出迎え。
厚板歩数は薬4500歩。
最近の老骨としては限界ギリギリ。
公園へお出迎え
近間の散歩に出る。
歩行が少々きついので、最近は近間の散歩が多くなった。
相変わらずの同じ散歩コースで、ブログにアップする程のニュースも風景もない。
ご訪問くださる方々には飽き飽きした風景ばかり。
自分の毎日の日記代わりにアップしているので、ご容赦ください。
この日は窪東公園方面に散歩。
道すがらの木々の紅葉が進み、カラフルな色彩が目に飛び込んでくる。
置き物の猫やワンちゃんがお出迎え。
窪東公園の池が何処か寒々とした感じになった。
こんな幕が張られている。
コロナの感染拡大を防ぐための注意を喚起するものだ。
こんな幕が張られなくなる日が何時来るのだろうか。
ハナミズキの実が赤くなっている。
用水路の中に落ち葉が。
秋の深まりを感じる。
園内のイチョウはまだ青々としている。
この散歩で歩いた歩数は約4000歩。
もうこれが限界になった。
以前は一万歩は軽かったのだが・・・・