店長最後の日は、私も店長も偶然、午後出勤。
お店が開いている時間は、いつもなら、裏口ではなく、お客さまが出入りする表玄関から2階の休憩室へ向かう。
玄関のすぐ隣が階段だから、その方が更衣室へ向かう私達にとって、都合が良い為だ。
しかし・・・。制服に着替える前に、できるだけ たくさんの人が居ない場所で店長に『手作り本』を手渡したかった私は、裏口のあるプラットホーム・・・すなわち、入荷商品が届く場所へ向かった。
店長は、必ず、ここへ一番に来るからだ。
15分前にプラットホームに到着すると、そこには桃木車副店長と、曽我君が台車に荷物を積んでいた。二人から少し、離れた所にはカトちゃんも居た。
いつもは、こんな時間帯に、私服でプラットホームへ現れない私を目撃した桃木副店長は、
「あっ!こんにちは」
あっ!の声に、一瞬ドキリとしたが、挨拶した後、店長はもう、来ているのか、聞いてみた。
「店長?まだ来てないけど午後出勤だから、もうすぐ来るよ。今、車を駐車場にとめてる所だから、待ってたら、こっちへ来るけど・・・どうして?」
「今日が最後だから・・・。私、店長にお話があるんです」
すると、桃木副店長は、手を止めて、真ん丸い目で私を見た。
「えっ!?今日が最後??店長に話!?」
何をそんなに驚いているのだろう。
9月1日付けで異動・・・ってことは、店長は今日が『さくら通り店最後の日』の筈。
私、何か間違っているんだろうか?
ちょっと不安になった私は、桃木副店長に念を押した。
「だって、今日が最後でしょう?」
「今日が最後??」
駄目だ。桃木副店長、まるで初めて聞く話みたいにオウム返しをしているだけだ。
「だって、店長、明日で異動でしょ?今日が最後だから、お話があるんです」
私はもう一度、繰り返した。
店長異動ってニュースはジョークですっ!となれば、どんなにいいだろうか・・・と思いながら・・・。
「な~~~んだ!びっくりした~~~っ!今日が最後で、店長に話がある!なんて言うから。てっきり鈴木さんが今日が最後って言うのかと思った!」
桃木副店長は、やっと事情が飲み込めた!というか、安心したというか・・・。
私が今日で最後??
桃木副店長の思わぬ発想に、今度はこちらが驚いた。
そういえば、南副店長が異動する前日も、これと似たようなことがあったんだっけ。
「今日が最後ですね」
と、高田さんに言うと、
「えっ!?最後なの?辞めるの?・・・・あぁ~~っ!びっくりした!南副店長ね!心臓止まるかと思った!」
いくらなんでも、「今日で辞めます!」なんて、突然言ったらお店に迷惑かけるし、無責任じゃない。
私、そんな事、突然平気で言い出すような人に・・・見えるの!?
桃木副店長と、そんな話をしている内に、店長が駐車場から、こちらへ渡ってくるのが見えた!
「あっ!店長、こっちへ来るよ!」
桃木副店長も私に知らせた。みんないっせいに店長がやってくる方角を見て、お出迎え。
いつも居ない人が、こんな所に私服で立ち、店長をじ~~~っと見ているものだから、店長も???はてなマークの表情だ。
「店長、今までお世話になりました。これ・・・手紙と、店長が主に出てくる実話小説を書いたんです。そんなもの、いらないって言われれば、それまでですけど」
ちっとも、ちゃんとした挨拶になってないじゃない!と、自分自身に嫌になりつつも、店長に ずしっと重いファイルを手渡した。
「そんな、いらないなんて・・・。これ、全部??」
最初のページを開いてみた店長は、驚いている。
と、ほぼ同時に、とってもニコニコ。
店長には、ここで働き始めて数ヶ月が経過した時、約10ページの手紙を渡したことがある。
あの翌朝、店長は早朝からハマグリ君にパンの荷出し方法などを熱心に指導し、カトちゃんの事を「カト先生に聞かないと分かりません」といっていたんだっけ。
偶然 通りかかった社員の曽我君の母であり、レジのベテランである曽我婦人に、
「店長!仕事をするのが楽しそうですねっ!」
と、まじまじと見つめられ、その上、ドンピシャと指摘され、一瞬、固まった店長だった。
店長から直接、手紙の感想を聞いた訳ではないが、私には、それが店長からの返事のような気がしていた。
あんなこと・・・こんなこと・・・。
ふとした時に、私の目の前で、走馬灯のように『あの日』が蘇る。
そして、いつだって、泣きたいくらい懐かしく胸に迫ってくるのだ。
今、この瞬間だって・・・。
私の つたない書き物を喜んで受け取ってくれた店長の笑顔も。
やがては思い出に・・・。
私を救ってくれたのは、本当に嬉しそうに明るく笑う店長だった。
「ゆっくり読ませてもらおう!」
そして、もう一つ、言わなきゃいけないことがある。
「ここが舞台で、店長が登場するんですが・・・これ、出版されるんです」
「ええっ!?!?」
店長は、更に驚き、南米の空を照らす太陽のように明るさが増した。
私が4ページのレシピ付きレポートを提出し、3万円の旅行券を業者さまから頂いた時と同じだ。
自分の事のように喜んでくれる。
矢木さん曰く、
『自分が個人でもらった お土産
や試供品
各種をスタッフみんなに分け与える優しい店長!』
君の幸せは、俺の幸せ!
以前にも、本を出版した際、割りと近い人達の一部から、読みもしない内から嫉妬され、嫌味を言われた経験もある私には、どれだけ店長が 心が広く、素晴らしい人なのか、よく分かる。
店長に出会った当初から、(人を見る目がある私・・・?)には、分かってはいたが、ここへ来て、更に店長とお別れすることが名残惜しく・・・。
続く・・・