老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

きのうの続き。。。。。。

2016-08-03 10:21:54 | 俳句

    ☆   銀杏散るまつただ中に法科あり    山口青邨

        ▲    *****まつただ中に法科あり  



    ☆    水の地球すこしはなれて春の月    正木ゆう子

        ▲     水の地球ほどよき距離に春の月  



山口青邨、  正木ゆう子、  お二方の句は有名な人口に膾炙された名句である。

俳誌を読んでいて、「 ▲ 」の句を偶然に読んだことがある。
類想、類句を語る以前の句である。
一番にこれらの句を選句して誌上に載せた、選者に疑問符がつく。
これらの句以外に、俳句誌を読んでいて、類句、類想にお目にかかるのは日常茶飯事だ。
結社の主宰も、自分の句を作る前に、他の人の俳句も読んで選をやるべきだと思った次第である。


「選句は批評である」の概要は  
「古志」には「俳句の五か条」がある。
その中に「師を選ぶべし」なる一条がある。


     1>    生稚児は人形よりもはかなげに

     2>    ****は人形よりもあわれなり


先日の句会で 2> の句が出て点を集めた。
しかし何年も前に、 1> の句がある。
(あわれなり)は大雑把。
(はかなげに)は濃密。
2> の作者が出したのは仕方がないにせよ、選者は(はかなげに)の句を知っていなければならず、(あわれなり)を選んだのは選者失格といわなければならない。
これが選句であり、批評である。
句会の場合、互選の点数は意味がない。
ではなぜ互選があるかといえば、自分の選の拙さを知り、批評としての選句を学ぶためである。   
「俳句自在」長谷川櫂より

「師を選ぶべし」
大方の俳誌は五句投句をして、何句かを選し、選をされたと満足している。
上記のごとき句が氾濫をしている。
それぞれの選者の意向で運営されている俳誌である。主宰を心酔して投句をするのも、人それぞれである。
が、、、、、、

 
「師」を選んだの私。
全没は悲しいが、本人の為には、この全没は無言の教えなのである。

蝉が朝からうるさい。
俳句のことを考えると全く暑くるしい。




コメント
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