日本にピザが上陸したのはアタクシが青春時代だった。
青春のど真ん中だった、と記憶する。
当時ピザというものを知っている人はほとんどいなかった。
とにかく斬新な食べ物で、田舎もんには「なんじゃこりゃ」的食い物であった。
タバスコという香辛料に出会ったのもそのころである。
生まれて初めて出会った香辛料で、何が何だか分からなかったが、当時の人々に大いにもてはやされた。
香辛料の世界にも流行りすたりはある。
当時の日本の香辛料事情を見てみよう。
何といっても大黒柱はワサビである。
そしてカラシ。
そして胡麻、七味唐辛子、ラー油とつづく。
タバスコの加わる余地はどこにもなかった。
北朝鮮はミサイルと序列が命の国である。
北朝鮮的序列の考えで、当時の香辛料の序列を見てみよう。
ナンバーワンはワサビ、ナンバーツーがカラシ。
この辺りは無難であるがナンバースリーあたりになってくるとかなり微妙になってきて、胡椒と七味唐辛子とどっちが偉いか。
観測筋もかなり悩むところではなかろうか。
ラー油は後世になってかなり幅を利かすことになるが、当時の地位はずいぶん低かった。
ましてタバスコの参入する余地などまるでなかったのに、ピザの協力を得て一躍中枢に躍り出ることになったのだった。
香辛料の地位は時代と共に変動する。
現状はどうなっているのだろう。
最も顕著なのはタバスコの零落である
どの家のキッチンにも、香辛料コーナーというようなものがある。
プラスチック製の、こ洒落た香辛料ボックスというようなものに、ひとまとめにして一族を収めている家庭は多い。
キッチンの一隅に、一族が一家を構えているわけだ。
いま、この香辛料ボックスにタバスコが入っている家はあるだろうか。
栄枯盛衰は世の習い。
ラー油ごときものにさえ盛衰があった。
こうしてみると日本におけるワサビ、カラシの地位の盤石ぶりに改めて驚かされる。
時代は変われど、ナンバーワンの地位は揺るがない。
和食の中心、刺身にワサビは欠かせない。
日本人が愛好してやまない納豆、トンカツ、串カツにカラシは欠かせない。
だが時代は変わっていく。
今、ワサビとカラシはチューブ入りという形でその地位を守っている。
刺身とかトンカツとか納豆の料理が並ぶと、「そらきた、オレの出番だ」とキッチンの香辛料ボックスの中でふんぞり返っている、と大きく構える。
だが人々は、刺身ゃ納豆をどのような形で食べているか。
刺身を食べようと思えばまずスーパーに行く。
スーパーでパック入りの刺身を買ってきて食べる。
そうすると、刺身のパックの中にワサビの小袋が入っている。
納豆はどうか。
スーパーで納豆を買うと、パックの中にカラシの小袋が入っている。
キッチンの香辛料ボックスの中で、ふんぞり返っていたチャープたちには、いつまでたってもお声がかからない。
声がかからないばかりか、自分たちの目の前で、自分たちの頭越しに事が順調に進んでいるのだ。
香辛料の長老たちの狼狽ぶりが目に見えるようだ。