幕末の情緒が漂う小路、掘割を泳ぐメタボな鯉が名物の津和野のメインストリート。
殿町通り
カトリック教会など幕末当時の面影が残っています
街のシンボル鷺舞像
太鼓谷稲成神社への参道入り口
城下町風情を残す、美しい津和野の町です。
津和野を訪ねたのは、以前読んだことのある「女優X」の主人公がこの津和野の人だったので、なにかの手がかりでも残っていれば嬉しいな、などと思っていた。
でも明治初期の話、かなり昔のことなのであまり期待はしてなかったが、予想外に今でもそれに関連したスポットがあったのにはいささか驚いた。
以下夏木静子著「女優X」の第一章 山峡のノラ から抜粋。
トンネルを出ると、線路はゆっくりと下りにさしかかり、やがて左手車窓の先に、津和野の町並みが姿を現す。
四方を山に囲まれ、南北に細長い盆地の町には、ほぼ中央に流れる津和野川に沿って、茶色の光沢のある石州瓦を屋根にのせた家々が並んでいる。
平屋か二階建てだが、ビルと呼ぶほどのものはほとんどない。
たまに少し高い建物があれば、それは学校であることが、列車が近づいて校庭を見てからわかる。
低い家並みの間には、白壁の土蔵が混在している
町の真東にひときわ高い、お椀を伏せたような円い山が、908メートルの青野山である。
西側には城山があり、山頂の津和野城跡の石垣を、列車の窓から見上げることができる。
城山の麓の、太鼓谷稲成神社の朱い鳥居の行列を真左に見ながら、やがて列車は津和野駅ホームへ滑り込む。
ー中略ー
これが山奥の一寒村ででもあればまだしも、西周や森鴎外ら英才を輩出し、若い女性たちの人気の的の観光地津和野なのだから、意外な思いに打たれずにいられない。
駅を出ると、青野山が正面にそびえている。
駅前の広い通りは、間もなく鉤の手に曲がり旧国道へ合流する。
町中を貫通している旧国道に沿って掘割が設けられ、澄んだ水がサラサラと流れている。
中には白、紅、金、薄墨色などの丸まると肥えた鯉たちが、昔から決して捕らわれる恐れがないことを知っているかのように、のんびりと心地よげに泳ぎまくっている。
ー中略ー
メインストリートである旧国道を北から南へ、本町から殿町へと歩き続ける。
昔殿町には武士、本町には町人が住んでいた
明治の文豪・森鴎外はこの町の藩医(内科)の家の長男に生まれ、明治5年、父に連れられて上京するまでの10年間を過ごした。
だが森鴎外の作品中、生まれ故郷について期されているものはごく一部に過ぎず、60歳で世を去るまで一度も津和野へは帰らなかった。
ー中略ー
ノスタルジックな気分に浸る津和野観光をすませ、たいていの旅行者は夜までに山口や萩へ入り、温泉地に宿をとる。
年間の観光客が百万とかいっても、ほとんどが昼間に通過していくだけで、夜はまた昔通りの寂しい静かな町に戻ってしまう。
通りには、夕暮れと共にほとんど人影が途絶え、家並みはたちまち薄墨色の漆黒の闇へと沈んでいく。
それに代わって、山々がいちだんと高さを増して感じられる。
青野山、城山、それに連なる山々の頂が、黒々と残照の空にこたえ始める
小さな盆地の町が、山々の屏風によって閉塞されていることを、いまさらのように悟らされるのだ。
しかし、閉塞されればされるほど、人間には脱出願望が芽生えるものであろうか。
津和野の町のこの独特の風土が無ければ、一人の女優は生まれなかったかもしれない。
ー中略ー
さすが作家ですね。
こんな文学的な文章はアタクシにはとうてい書けない。
とつくづく思うのであります。
日本の新劇を支えて華やかに燃え尽きた女優、伊沢蘭奢の生涯。
謎多き女優の波瀾万丈の人生劇場についてはまた次回…
島根再発見の旅はつづくのであります…