浜田屋遼太

世の中のために何の役にも立たないブログ  お暇なお方は是非どうぞ(^^♪

失われた時代

2022-02-04 | 日々是好日

コロナの時代はどういう時代か。

コロナの時代はどう考えても普通の時代ではない。

今、我々は普通の生活をしていない。

人類は太古よりこれまで、群れて生活してきた。

多くの猛々しい動物の中で、無力な人類は外敵から自分を守るために群れて対抗した。

群れていれば少しは安心できた。

コロナ以前は、あちこちで屋外コンサートが盛んに行われた。

マツダスタジアムでも、数万人が集まってカープに熱狂した。

選手の応援歌、得点のたびに絶叫した。

あの絶叫は安心の叫びだった。

だからこそ、人々は祭りにこぞって参加する。

みんな集まりたいのだ。

なのにコロナの時代は「集まるな」と厳命される。

叫ぶな、とも言われる。

ソーシャルディスタンスとかを命じられ、たとえ集まったとしても距離をとれと言われる。

テレビの座談会の画面を見ると、人と人との間を大きなアクリル板で遮断している。

遮断された人々の顔は、生気が失われている。

みんな寂しそうな顔になっている。

いま、みんな寂しいのだ。

マスクをしたら、人の目もまた焦点が定まらない。

過去にも失われた時代というものがあった。

まさに今、世界中が「失われた時代」になっている。

歴史は繰り返す…のか。

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