はなこのアンテナ@無知の知

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マイケル・ジャクソンの死

2009年06月26日 | 気になったニュース
衝撃的なマイケルの死

―しかし、これでやっと彼の魂は安らかになれるのだろうね。

 今朝の6時半過ぎ、テレビの情報番組に、マイケル・ジャクソンが呼吸停止状態で病院に搬送された、と言う一報が飛び込んで来た。ロンドン公演開催発表会見での、頬のゲッソリ痩けたマイケルの顔に一抹の不安を感じてはいたが、まさかここまで体調が悪いとは思っていなかった。

 一瞬、父のことが頭をよぎった。父も夜就寝中、突然呼吸が停止して救急車で病院に搬送されたが、結局15分以上の心肺停止状態が命取りとなって低酸素脳症となり、3週間後に意識を回復することなく亡くなってしまった。

 80歳を越えて入退院を繰り返していた父と違って、マイケルはまだ50歳である。人生80年の時代にあって、50歳はまだこれからと言われる年代。私の夫より2歳も若い。

 第一報は彼が病院へ搬送されたことだけを伝えて、その後の病状の発表はなく、おそらくこのニュースを耳にしたファンは固唾をのんで、その続報を待ったことだろう。しかし、私も含め、世界中の多くのファンの回復の願いも虚しく、マイケルは1時間以上(最新の報道によれば42分間)に渡る蘇生措置にも関わらず、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 私にとっては、1980年のジョン・レノンの死以来の衝撃である。自分の青春を彩ったアーティストの死は、心の一部が無理矢理削り取られたような、その傷口から血がドクドクと流れ出るような痛みで私を打ちのめす。午後にやろうと思っていた美術史の勉強も手につかない。頭の中はマイケルのことでいっぱいだ。

 私の高校時代、マイケルはジョン・ランディス監督演出による斬新で完成度の高いミュージック・ビデオ(以下、MV)と共にポップ・ミュージックの金字塔「スリラー」で世界を席巻していた。この映像と音楽の見事な融合はMVのレベルを一気に押上げ、歌唱、ダンス共に超一流であった彼のパフォーマンスは、エンターテインメント史上特筆すべき才能の賜物と言われている。この曲が収録されたアルバムは、全世界で1億400万枚も売れたと言う。彼が世に出したアルバムの総売り上げ枚数は7億枚とも言われている。

 私は、と言うと、当時も上述の父が病気で入退院を繰り返していた為、ビンボーな女子高校生だった。学費以外の諸費用を捻出するた為に週末や長い休みはバイトに明け暮れた。その稼いだバイト代で、定期テストが終わった日に友人と繁華街に繰り出して、映画を見、帰りに大型スクリーンを備えたカフェで飲食するのが大きな楽しみだった。そのカフェの大型スクリーンに映し出される見事なダンスと歌唱で私達を釘付けにしたのが、マイケルだった。おそらく、数あるMVの中でもマイケルのそれは圧倒的一番人気だったと思う。私にとってマイケルは、現実のつまらなさや惨めさを一時でも忘れさせてくれる、救世主のような存在だった。とにかくあの頃の彼は、その持てる限りの才能をあますことなく披露して、まさにキラキラと輝きを放つ星だった。

 しかし、当時はお金がないからレコード会社から出ているレコードやテープなんて買えない。それでどうしたかと言えば、高校の入学祝いに母が(おそらく無理して)買ってくれたラジカセでラジオ番組からエアチェックしたり、街のダビング屋さんでマイケルのアルバムをテープにダビングして貰ったりした。その録音テープを擦り切れるまで聴いた。

 おそらく、私や私より上の世代は、子ども時代や青年時代に、夢中になっても経済的な事情で手に入れられなかった物が、多かれ少なかれあった世代だと思う。少なくとも今の若い世代のように、物質的に恵まれているとは言えなかった。そしてそういう世代だからこそ、大人になって自ら経済力を得ると、幼い頃や青年時代を取り戻そうとするかのように、かつて夢中になったものを「大人買い」するのだ。私にとっての「大人買い」は、近年相次いで発売されたマイケルのDVDだ。

 先日も貴重なライブ映像が満載の「ライブ・イン・ブカレスト」を買ったばかり。92年、ルーマニアのブカレストで行われた「デンジャラス・ツアー」のライブを収録したもの。ここ暫くは、こうしたDVDを見て、ひとり彼の追悼会を開こうと思う。そして、その欠点さえ愛おしむ人間への深い情が込められた、彼の曲の歌詞の意味を改めて噛みしめたい。

 死者にむち打つような行為は慎むべきなのに、テレビのワイドショーは容赦なく、晩年の彼のスキャンダル報道を根掘り葉掘り蒸し返す。それで誰が喜ぶと言うのだ。多くのファンは彼が世に送り出してくれた素晴らしい作品の数々に感謝こそすれ、彼の欠点をあげつらったりはしない。彼もまたひとりの人間。人間に完全無欠などあり得ようか?
 
 50歳は一般的には若過ぎる死と言えるだろうが、彼のような天才は、すさまじいまでの才能をその前半生で放出し尽くして、一般の人間の何倍もの速さで人生を駆け抜けて行くものなんだと思う。彼の肉体は滅びてしまったが、彼の魂は彼の遺してくれた作品と共に、いつまでもファンの心の中で生き続けて行くと信じたい。最後に、心から冥福を祈ります。 
 
《マイケル・ジャクソン 現地時間2009年6月25日(木)午後2時26分(日本時間同年6月26日(金)午前6時26分)死去》

◆マイケル・ジャクソン公式サイトは→こちら
 


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