米国公開から遅れること8か月、先週3月29日(金)から漸く日本での公開が始まった映画『オッペンハイマー』。
②元恋人:ジーン・タトロック(精神科医、共産党員。しかし、今回のキャラクター造型では、なぜオッペンハイマーが結婚後も彼女に執着したのかが理解しづらい)
⑧ニールス・ボーア(量子論を展開したデンマークの理論物理学者で、ケンブリッジ大在学中に出会う。オッペンハイマーが尊敬する人物)
⑨デヴィッド・L・ヒル(イタリアの物理学者エンリコ・フェルミの助手、後に日本への原爆投下反対の嘆願書に署名するなど、公正な人物)
⑩エドワード・テラー(理論物理学者。マンハッタン計画のオリジナル・メンバーではあったが…
(12)ルイス・ストローズ(貧しい出自ながら銀行家として成功して後、米原子力委員会委員長から閣僚への転身を目指す野心家)
(13)ウィリアム・ボーデン(連邦議会原子力合同委員会の元事務局長で、オッペンハイマーの公職追放に関わる)
(14)ボリス・パッシュ(米陸軍の防諜部将校。オッペンハイマーのロシアスパイ疑惑を調査する)
(15)ストローズの側近だが…(氏名不明)
本作は本年度の第96回米アカデミー賞最多13部門ノミネートを受け、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞の7部門で受賞した。
ここまで公開が遅れたのは、あの「バーベンハイマー騒動」が原因だろう。
「バーベンハイマー騒動」は図らずも、原爆を投下した側の米国民と、投下された側の日本国民との原爆投下を巡る歴史認識の決定的なズレを露わにした“事件”だった。
やらかした方は、やられた方の痛みに鈍感だ。歴史は勝者が作る、勝てば官軍、とばかりに。
その火種は未だに燻って、『オッペンハイマー』には「原爆を投下された側の視点が欠けている」と不満を延べる人もいる。
一方で映画を見もしないで「原爆をエンタメにした」と決めつけ、「そんな物など見るもんか」と息巻いている人もいる。
さらにネット記事では上映時間の長さが取り沙汰されている。確かに長い。3時間と言う長尺だ。
しかし、一見の価値はある映画だと思う。おそらく本作に携わった誰もが渾身の力で、クソ真面目に制作に臨んだであろう、見応え十分の力作には違いない。
だから、出来れば多くの人に見ていただきたい。しかも映画館の大きなスクリーンと優れた音響システムで、ノーラン監督ならではの迫力の映像を体感して欲しい。
さすれば、原子爆弾なる代物を、生きとし生けるものの頭上に投下することの恐ろしさとおぞましさを、肌感覚で理解出来るだろう。
そこで、自分の鑑賞体験を踏まえて、他者の知見も交えつつ、一見ハードルの高そうな本作の鑑賞の手助けが出来ればと思い、以下にまとめてみた。ご参考までに。
(1)世界大戦へと向かう時代背景:
オッペンハイマーが大学で教鞭をとり始めたのは株価暴落をきっかけとした米国史上最大の経済恐慌が始まった1929年。
米国発の経済恐慌は世界恐慌へと拡大し、第一世界大戦の賠償金支払いで行き詰まるドイツではヒットラー率いるナチスが台頭した時代でもあった。
自らが引き起こした第二次世界大戦で戦況を優位に進めるナチス・ドイツに対抗すべく、米国は原爆開発を急ぐ。それは超大国を目指す米国の一大戦略でもあった。
(2)本作は3つの時間軸から構成され、その3つ(特に③と②)が頻繁に交錯する
→今、自分が見ているシーンがどの時間軸なのか把握しないと、物語を理解するのに一苦労?!
①1925〜1946年
米NY生まれのユダヤ系米国人ロバート・オッペンハイマーが、米ハーバード大、英ケンブリッジ大、そして独ゲッティンゲン大を経て、気鋭の理論物理学者としてブラックホールを研究する大学助教授(25才)、教授(32才)から、ロスアラモス国立研究所の初代所長(39才)として「マンハッタン計画」を牽引して原爆を開発し「トリニティ実験」を成功させるまで。米政府は完成した原爆を日本の二都市に投下。
大学勤務時代、オッペンハイマーは実弟のフランクに誘われて、しばしば共産主義者の集会に顔を出す。
オッペンハイマー21才〜42才
②1947〜1954年
オッペンハイマーが原爆開発を賞賛され、プリンストン高等研究所所長(43才)に任命されてから、彼と意見を異にする水爆開発推進派勢力の謀略によって、心外にも当時の「赤(共産主義者)狩り」で公職を追放されるまで
オッペンハイマーは原爆以上に殺傷能力の高い水爆開発には反対の立場を取っていたため、元同僚の開発推進派のエドワード・テラーと対立する。
水爆開発を進めたい政府に反目したことから、オッペンハイマーはロシアのスパイの疑いをかけられ、執拗な尋問を受けることになる。
その一連の動きの背後にいたのが米原子力委員会委員長のルイス・ストローズ。
オッペンハイマー 43〜50才
③1958〜1959年
元銀行家だが、かなりの野心家で、1953から5年間務めた米原子力委員会委員長を辞して、アイゼンハワー政権入りを目論んだルイス・ストローズ。その商務長官正式就任を認めるか否かを裁決する上院の2か月に及ぶ公聴会。
公聴会のシーンを挟んで、頻繁に②の「オッペンハイマー事件」と呼ばれる、オッペンハイマー公職追放の経緯が描かれる。公聴会を通じて、ストローズの過去の所業が明らかにされる筋書き。公聴会の証言者に注目!
オッペンハイマー 54〜55才
(3)ロバート・オッペンハイマーを取り巻く登場人物の多さ
→彼を取り巻く主な人物の顔と名前を覚え、相関を理解する。
主人公:ロバート・オッペンハイマー(理論物理学者、とにかく天才肌。原爆開発の「マンハッタン計画」では強力なリーダーシップを発揮するが、科学者としての良識を捨てなかったが故に苦悩し、政治力学の前に敗北する)
本作で特筆すべき女性キャラクターは2人のみ
①妻:キティ・オッペンハイマー(生物学者。聡明で公正で率直であるがゆえか、なかなか物言いがキツイ😅)
②元恋人:ジーン・タトロック(精神科医、共産党員。しかし、今回のキャラクター造型では、なぜオッペンハイマーが結婚後も彼女に執着したのかが理解しづらい)
③弟:フランク・オッペンハイマー(素粒子物理学者、兄の良き理解者)
【友人達】
④ハーコン・シュヴァリエ(作家、ロマンス語の大学教授で大学の同僚。家族ぐるみの付き合いもあったが…)
⑤アーネスト・ローレンス(核物理学者で大学の同僚オッペンハイマーを常に気遣う)
⑥イジドール・ラビ(米国の物理学者で、常にオッペンハイマーの味方)
【科学者仲間】
⑦アルベルト・アインシュタイン(言わずと知れたノーベル賞受賞物理学者、プリンストン高等研究所の同僚)
⑧ニールス・ボーア(量子論を展開したデンマークの理論物理学者で、ケンブリッジ大在学中に出会う。オッペンハイマーが尊敬する人物)
⑨デヴィッド・L・ヒル(イタリアの物理学者エンリコ・フェルミの助手、後に日本への原爆投下反対の嘆願書に署名するなど、公正な人物)
⑩エドワード・テラー(理論物理学者。マンハッタン計画のオリジナル・メンバーではあったが…
【軍及び米国政府関係者】
(11)レズリー・グローヴス(米陸軍工兵隊将校。政府の極秘プロジェクト「マンハッタン計画」を指揮し、オッペンハイマーに白羽の矢を立てる)
(12)ルイス・ストローズ(貧しい出自ながら銀行家として成功して後、米原子力委員会委員長から閣僚への転身を目指す野心家)
(13)ウィリアム・ボーデン(連邦議会原子力合同委員会の元事務局長で、オッペンハイマーの公職追放に関わる)
(14)ボリス・パッシュ(米陸軍の防諜部将校。オッペンハイマーのロシアスパイ疑惑を調査する)
(15)ストローズの側近だが…(氏名不明)
【個人的な感想】
確かに3時間と長尺で、一見、鑑賞には二の足を踏む作品なのかもしれない。
そこへもって複雑な人物相関に、異なる時間軸が交錯するのだから、物語を理解するにはちょっとしたコツと集中力が要るのかもしれない。
私としては鑑賞後に、米国が原爆開発に着手した時代背景、3つの時間軸のシャッフル、そしてオッペンハイマーと彼を取り巻く多数の登場人物との関係性の3点に留意しながら本作を反芻して初めて理解に至ったと言っても良い。
とは言え、原爆開発前後の米国の状況(日本人を人とも思わぬ差別意識も含む)が、オッペンハイマーと言うひとりの天才科学者の栄光と没落を通してドラマチックに描かれているので、多少の戸惑いはありながらも、最後まで飽きることなく物語に没入できた。
しかも主役級の豪華俳優陣がこぞって渾身のパフォーマンスを見せてくれるのだから、映画好きには堪らない。特に以前から注目していたアイルランド出身の演技派キリアン・マーフィーの、オッペンハイマーになりきった熱演を見られたのは嬉しい限り!ストローズ役を演じたロバート・ダウニー・Jrも素晴らしかった。
それもこれも、最高の映画を作ることに妥協しない映画オタク、クリストファー・ノーラン監督が持つ求心力の賜物だと思う。
私は被爆県長崎に多少なりとも関わりのある人間だが、本作は米国の自画自賛でも、原爆礼賛の映画でも決してないと感じた。
寧ろ、原爆投下を出発点とする、持てる者による恫喝とも取れる、無差別殺傷大量破壊兵器に依拠する世界の軍事バランスの危うさに警鐘を鳴らす作品だと理解した。
折しもロシアのウクライナ侵攻に於いて、ロシアのプーチン大統領は事あるごとに、ウクライナへの核兵器使用をちらつかせている。
それはヒロシマ・ナガサキ以来の核爆弾使用の恐怖を国際社会に与えるものだ。
そう言う抜き差しならない世界情勢だからこそ、「被爆国や被爆者への配慮」と「軽挙がもたらす結果への思慮」に欠けた「バーベンハイマー騒動」で、原爆被害の当事者である日本での公開が遅れてしまったことは残念だ。
哀しいかな人間は、苦心惨憺して作った物は、持つだけでは飽き足らず、使いたくなるものなのだろう。まだ世の中で誰も使ったことのない物ならば、その効果を試さずにはいられないのかもしれない。
原爆投下後の広島と長崎の惨状を見れば、そもそも原爆は開発すべきではなかった。しかし、人類に未知なる科学への探究心と欲深い覇権志向がある限り、米国でなくとも何処かが早晩、原爆を開発したのだろう。
ところで、本作には「原爆投下の被害者への視点が欠けている」との指摘もあるが、それは他力本願が過ぎると言うものだ。
本作は英国出身監督による米国映画であり、だからこそ「マンハッタン計画」の全容と、原爆開発からその使用に至る経緯を、米国側の視点でつぶさに描くことができたのではないか。
さらに一時は「原爆開発によって戦争を終結させた英雄」として祭り上げられたオッペンハイマー。
その彼の没落の過程や、政治力学の前では哀れなほど無力な姿を斟酌なしに本作で描いたのは、「原爆投下への評価」が、時間の経過と共により客観的な視点を得て、米国世論でも変化して来たことを反映したものなんだろう。
つまり、もはや米国人も全員が全員、「原爆投下は正しかった」とは言い切れなくなっているのだ。
その意味でも、今の米国だから作れた映画であり、作り手の良心が感じられる、歴史に対してある程度公正な視点で描かれた作品だと思う。
ならば被爆国の惨状は、同国人として被爆者に心情的にも違和感なく寄り添える日本の映画人が、被爆国ならではの視点で描き、世界に堂々と発信して、原爆投下の是非を世界に問うべきではないのか?
以上、期待に違わず見応えのある作品であった。本作を見たことでさまざまなことに気づきを得、思いを巡らせ、戦争の本質について改めて考える機会を持てたことは良かった。
私はやはり映画から多くのことを学ばせて貰っている。そのことには心から感謝したい。
さて、次は何を見ようかな☺️。
【基本情報】
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン共著
『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(原題:American Prometheus:The Triumph and Tragedy of J.Robert Oppenheimer)
制作:エマ・トーマス他
出演者:
キリアン・マーフィー
エミリー・ブラント
マット・デイモン
ロバート・ダウニー・jr.
フローレス・ピュー
ジョシュ・ハートネット
ケイシー・アフレック
ラミ・マレック
ケネス・ブラナー
音楽:ルドウィグ・ゴランソン
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
編集:ジェニファー・レイム
制作会社:シンコピー・フィルムズ
アトラス・エンターテイメント
配給:ユニヴァーサル・ピクチャーズ
(日本はビターズ・エンド)
公開:2023年7月21日(日本公開は2024年3月29日)
上映時間:180分
(了)
私もさっき、簡単な記事をアップしました。
スマホで作ってると、簡易なのしか作れなくて残念です。もっと写真もたくさんアップしたいんですけどね~。
3時間の長丁場ですが、オッペンハイマーという人物事態が興味深いし、当時の核開発競争の背景みたいなのも感じられて、はなこさんがおっしゃてる様に見る価値のある映画だと思いました。
拙記事にも書きましたが、広島、長崎の描写がないことへの批判は、この映画に対しては的はずれであるっていう感想が、はなこさんと同じだったのがとても嬉しいです。
それと最後のおまけ知識も、映画を思い出すのにとても役にたちました。o(^o^)o
分かります、スマホ入力の煩わしさ。私も数年前に買い替えたばかりのPCの調子が悪く、ここのところブログはもっぱらスマホで入力しているのですが、どうもPCのキーボードのようには行かず、誤入力は多いわ、時間はかかるわで、ブログ更新も滞りがちです😅。
さて、映画「オッペンハイマーz」はオッペンハイマーと言う科学者の伝記映画の体裁を取りながら、原爆開発時の時代背景が詳細に描かれていて大変勉強になりました。
核兵器と言う大量殺戮兵器を政争の具に使う人間の愚かさ、おぞましさも描かれていて、それが現実に今でも続いていることに恐ろしさと情けなさを感じます。
ノーラン監督がこの作品を今(核兵器使用を仄めかす侵略戦争真っ只中)のタイミングで世に出したことの意味を、私達は考えるべきなんでしょうね。