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私は過去の古い映画(特に邦画の時代劇)には疎いので、殆ど予備知識なしに本作を見て(オリジナル作品は未見)、感じたことだけを書き留めようと思う。
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素人目に、伊原剛志の剣豪ぶりは板についていたし、古田新太の槍遣いもなかなかのものだった。山田孝之は武士の世界に懐疑的な放蕩の剣士を若手演技派として手堅く演じていたし、バラエティ番組ですっかり三枚目キャラを印象づけた沢村一樹も、今回は二枚目に徹して良かった。高岡蒼甫も友情に厚い凛々しい青年武士を演じて好印象。眼鏡なしの六角精児は軽妙なキャラを演じて、全体としては重苦しい雰囲気に笑いを添えた。
他の若手俳優の好演も、邦画の将来に期待を抱かせるものだったと思う。これだけ、それぞれのキャラクターが脳裏に焼き付いているということは、監督の的確な演出、俳優陣の健闘もさることながら、今回、脚本を手がけた天願大介(この人は高名な父親・今村昇平の七光りを嫌って、大学時代に出会った妻の姓を名乗っているようだが、現状、よほどの人気監督でない限り、映画製作のチャンスは中々巡って来ないのだろうか?全ての経験を血肉にして、いつの日か素晴らしい作品を作って欲しい)の、それぞれの俳優の個性を生かした台詞回しが奏功したと言うことなのだろうか?
おっと!本作のキーパーソンとも言うべき十三人目を忘れちゃいけない。”十三人目の刺客”は特に個性が際立つ。本作は武士達の勇猛果敢な戦いを描きつつ、彼(→人間離れした存在感が意味深)の言葉を借りて、武士の硬直した死生観や世界観を嗤っているようにも見える。彼らの戦いはまさに、江戸幕府の終焉に向かうカウントダウンの最中(さなか)にあった。封建社会も、いい加減、制度疲労を起こしていたというわけか?
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逆に男性の格好良さ、華々しさに比べたら、女性は時代考証に忠実に基づく既婚女性のお歯黒に青眉(セイビ:明治の頃まで続いた既婚&子持ち女性が眉を剃る習慣)等、その描写があまりにもリアルで、現代人の美意識とは程遠いせいか、画面のザラザラとした質感も相俟って、気の毒なほど美しくない。さらに暴君に貶められる被害者としての側面を強調していることもあってか、時にグロテスクな描写もあり、神経の細やかな人には耐え難いものだろう。血しぶきの量も半端でない。
それでも、50分に及ぶと言う戦闘シーンの迫力やスケールは一見の価値がある。
役所広司演じる島田新左衛門は「斬って、斬って、斬りまくれ」と叫んで、闘いの口火を切った。
13人の刺客(+斉韶の暴走を止めるべく立ち上がった無数の人々のバックアップ)に対し、敵方はオリジナル版53人の数倍に当たる300人!多勢に無勢の劣勢を跳ね返すべく宿場町に張り巡らされた数々の仕掛けと、命を賭した13人の凄まじい闘志。まさに目の前で繰り広げられる死闘に、緊張しっぱなしの50分間なのだ。
人間誰しも、小が大を倒すのを見るのは小気味良いものだ。勧善懲悪の物語には溜飲を下げるだろう。ただ、本作が描いているのはそれだけではない。
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この鬼頭を演じたのは、誰あろうミュージカルスターの市村正親。私は彼が好きで、彼の舞台を何度か見ているが、その軽快なステップたるや、年齢を超越している。今回も役所広司との年齢差(61才と54才で7才差)を感じさせない力強い演技で、戦国の世にあらざる中、忠君を貫くことで武士としての生き甲斐を見い出す、サラリーマン武士の悲哀を見事に表現していた。
ところで、今回、暴君を演じた稲垣吾郎の評判がすこぶる良い。勧善懲悪物語は悪役が光ってこそ主役が引き立つ。その意味では稲垣吾郎のキャスティングは大正解だったと言えるだろう。が、しかし、言われるほどの名演だろうか?寧ろ私は、彼の俳優としては欠点とも言うべき”表情の乏しさ””語りの抑揚のなさ”が、冷酷無比の暴君の体温の低さを表現するのにピタリと当て嵌まったのだと思った。悪辣非道の限りを尽くしても、一切表情を変えない暴君。その無表情と抑揚のない物言いが、暴君の内面への想像をかき立て、悪役・稲垣吾郎の存在感を観客に強く印象づけたとは言えないか?
最後に、監督一流の遊び心なのかもしれないが、悪ふざけにも取れるシーンがあった(そこもタランティーノのオタク心をくすぐるのか?)。何と言うか、終始一貫ハードボイルドに徹すれば良いものを、敢えて緊張の糸を切るようなお下劣さ。別にそこで野卑な笑いを取らなくても良かったのではと個人的には疑問に思う。映画は監督のもの(=最終的に全ての責任を負う?)だから、まあ、いいんですけどね。なくても十分映画として成立したと思うので、それこそ”蛇足”ではないかと。少なくとも私は「なんじゃ、こりゃ?」と戸惑ったのは確か。
【追記 2010.10.10】ネタバレ注意!
昨日、トム・クルーズ、キャメロン・ディアス主演の『ナイト&デイ』を見て来たが、劇中スペインの街中で繰り広げられる派手なチェイス・シーンがあった。そこで迫力を加味したのは、現地名物「牛追い祭り」で街中を爆走(笑)する牛達であった。さほど広くない街路で主人公が駆るバイクと敵方の車と牛の三つ巴。絵的にはかなり面白い。
そこで思い出されたのが、本作でも登場した牛だ。同じ爆走でも、本作はCGの牛。しかもCGの予算をケチったのか、すぐに作り物とわかる完成度。これでは興ざめである。中途半端なCGの牛なら、はっきり言って要らない。本作鑑賞時も気になったのだが、比較検討できるシーンに偶然出くわして、改めて本作の粗が目立ってしまった格好だ
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