はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

『妻への家路』(原題:歸来/COMING HOME、中国、2014)

2015年03月07日 | 映画(今年公開の映画を中心に)


 人ひとりの人生なんて、国家によっていかようにも翻弄される。しかも残酷な形で。

 日本人として日本に住んでいると、良くも悪くも国の体制がユルイせいか、国民の平穏な生活を容赦なく奪う国家の横暴をあまり意識せずに生きていけるが、世界を見渡すと、日本のような国は存外少ないのかもしれない。

 本作は、1966年から77年まで続いた文化大革命* 時の中国の、ある家族の姿を描いている。かつて夫(チェン・ダオミン)は仏語も解する知識階級(教授)だったが、それ故に、衆愚政治を行いたい独裁体制にとっては邪魔な存在だったのだろう。彼は思想犯として遠い農村部に強制労働に駆り出され、一度逃亡を試みて妻(コン・リー)と娘(チャン・ホエウェン)の元へと戻って来るのだが、寸でのところで追っ手に捕まり、連れ戻されてしまう。

 *一言で言うなら、一度失脚した毛沢東が、政権への返り咲きを狙って仕掛けた権力闘争。一説には1千万人と言われる数の知識階級、旧貴族階級の人々が、「政治・社会・思想・文化の改革」の大義名分の下、粛清されたらしい。さらに少なくとも1億人の人々が、その人生に甚大な影響を受けたと言われている。

 文化大革命は毛沢東の死と四人組の失脚により終わりを告げるが、その後、最初の逮捕から20年の時を経て、名誉回復を果たして帰郷した夫を待ち受けていたのは、あまりにも切ない現実だった。妻は長きに渡る心労が祟って、重度の記憶障害を患っていたのだ。しかも、彼女の記憶からぽっかりと抜け落ちたのは、誰よりも再会を待ちわびていたはずの"夫"である。夫が不在の間、彼女の身に何が起きたのだろう?度々彼女の口から名前が出て来るものの、一向に姿を見せない謎の人物の存在が気になる。

 すぐ目の前にいるのに、目の前にいる人物が夫と認識できない妻。夫は必死に妻の記憶の回復を画策するが、何れもうまく行かない。失われた夫婦としての時間の長さに、改めて愕然とする夫…果たして、失われた妻の記憶は、夫婦の絆は戻るのか?"親切な隣人"として妻に寄り添いながら、夫の試行錯誤は続く…

 一方、3歳で父親と生き別れた娘も、結果的に文化大革命でその夢を絶たれ、当初、行き場のない怒りを父に向けていたものの、帰還後の父の誠実な姿に次第に頑なだった心もほぐれて行く…

 本作で描かれた家族は誰ひとりとして悪くない。何も悪いことをしていない。悪いのは無辜の市民を巻き込んだ「文化大革命」と言う中共トップの権力闘争である。


 本作は丁寧な心理描写で、歴史の荒波に翻弄される人々の過酷な運命を浮き彫りにする。冒頭の、アパートのドア越しに立つ"逃亡犯"の夫を迎え入れるか否かで心揺れる妻(コン・リー)の表情を捕らえたシーンは秀逸だった。ここで一瞬にして、作品の世界にぐっと引き込まれたように思う。

 やはり期待を裏切らない見応えのある作品だった。チャン・イーモウ×コン・リーは、私の知る限り、現代中国映画界で、他の追随を許さない最高の組み合わせだろう。


 チャン・イーモウ監督は、テレビ・インタビューで、自身が多感な10代後半から20代前半にかけて目の当たりにした文化大革命を、今、どうしても描きたかったと述べていた。かつてないほどの経済的繁栄を謳歌している現代の若者に、つい数十年前に同じ国の人々の身に起きた出来事を知って貰いたかったと言う。また、「特異な時代だからこそ、映画人としてはそこにドラマ性を感じるし、映画の素材として食指が動く」とも語っていた。

 さしずめ、前者は「時代の証言者としての視点」、後者は「映画人としての視点」と言えるだろうか。その複眼的な捉え方は、映画のテーマ性を重視して作品規模の大小は問わない、職人気質なチャン・イーモウ監督ならではのものだと思う。

 一方で、監督が文化大革命を描きながら、その成否について何ら言及していない点が(映画人は映画で自身の考えを表明すべきだから当然と言えば当然だが、本作では特異な時代の様相を描くことより、時代に翻弄された夫婦、家族の姿を描くことに重きを置いているように見えた)、「アメリカン・スナイパー」で大義名分も曖昧なイラク戦争に巻き込まれる米国市民を描いて、明確に反戦<戦争はそれに直接間接に関わった人々の心に暗い影を落とす。特にその人が良き市民であればあるほど>のメッセージを込めたクリント・イーストウッド監督との違いを際立たせて、興味深かった。


 そして見終わって、改めて国の在り方について考えさせられた。現在の日本もけっして完璧とは言えないが、少なくとも国の体制によって、家族が否応なく引き裂かれることはない。国家権力の下、個人の権利が蔑ろにされ、理不尽に自由が奪われることもない。政権の意向を汲んだ偏向教育によって、個人の性格や思想が歪められることもない。日本が今後、間違っても、そのような体制にならないことを祈るばかりだ。

 戦後70年の節目に、この映画を見ることの意味を噛みしめる。




chain『妻への家路』公式サイト

【蛇足】

 本編に入る前の製作会社の凝ったCG映像を見ると、本当に中国は経済的に豊かになったのだなあと実感する。エンドロールも中国語と英語が併記されていて、国際舞台で堂々と勝負する中国映画界の力強さを感じる。その点、日本映画界には、今やアジアでは中国どころか韓国にも大分置いていかれているような寂しさがある。まあ、チャン・イーモウは中国でも別格なんだろうけれど。


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