映画『別離』より。妻シミンと夫ナデル
『別離』は2011年制作のイラン映画。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作であり、今年の米アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
『わが母の記』は井上靖原作の自伝的小説の映画化作品で、認知症の母を演じた樹木希林の演技が絶賛されている。
『わが母の記』は全国ロードショー公開で大々的に公開中なのに対し、『別離』は単館系でのみの公開に留まっており上映館が少ない。どちらもヤフーの映画ユーザーレビューでは現時点で4.2ポイント前後と高い評価を得ている。
それぞれ物語の舞台はイランの首都テヘラン(夫の会社の中東地域の営業拠点はテヘランにあった。テヘランは多くの日本人が思う以上に大都会なのである)と此所日本ではあるが、どちらも「親の介護を巡る家族の物語」として見ると、彼我の共通点と相違点が窺えて興味深い。『別離』の作品レビューとしては、ヤフー映画欄に記載された清水節氏のレポートがほぼ完璧なので、ここでは2作品を比較しながら私なりの感想を述べたいと思う(と言っても、より感銘を受け、いろいろ感じることの多かった『別離』の比重が大きいかな)。
「別離」の時代設定が現代、「わが母の記」は1960年代で、国の違いと言うより、時代による家族の在り方の違いがより鮮明と言えるだろうか。
まだ3世代同居の世帯が多く、また兄弟持ち回りで老親や障害者の身内の面倒を見ることも珍しくなかった1960年代の日本(実際、私の母は兄弟持ち回りで、当時受け入れ施設がなかった知的障害者の妹の面倒を見ていた。その叔母は私が幼い頃に、祖母の闘病で私達家族と同居したこともあった)。
その50年後の現代の家族の在りようがそのまま~「核家族化」と「少子化」で老親の介護に右往左往する息子家族の姿として、イラン映画「別離」で描かれていると思った。
都市化の進展は洋の東西を問わず、体制の違いも超えて、どの国でも人間のライフスタイルを変えた。特に高い教育水準で中流以上の生活水準を手に入れた層は、階層の維持もしくはより高い階層への移動の手段としての「教育の価値」を明確に認識し、子弟の教育には熱心だ。しかし、教育にはお金がかかる。加えて開発途上国以外の国々では医療水準が上がったので、乳幼児死亡率が格段に低下した。かくして、特に中流以上の層には「子供を少なく産んで、しっかり育て上げる」と言う価値観が確立された。
さらに最近の日本では、「個の尊重」をベースにした価値観の多様化や、生活の利便性の劇的な向上もあって、社会的に婚姻圧力も弱まり、生涯結婚しない単身者も増えた。実際、都市部の独身者の比率は高く、前日にも「都内23区の半数が単身世帯」と言う報道を目にしたばかりだ(←世代差を無視した少し大雑把な関連づけかもしれない。だが、例えば40代以降の男性の婚姻率がわずか数%と言う最近の調査結果から類推しても、都内在住の40代男性の3割ないし4割を占める独身男性が生涯独身を貫く可能性は高いのではないか?身近でも有名企業に勤める都内在住の49才の従兄弟が未だに独身で、その行く末を案じる田舎の両親に対して、本人は「現状、独身であることで何の不便も不足も感じていないので、結婚する必然性を感じない」と言ったらしい)。
そんな中で都市化の顕著な国々、地域の多くの現代人は、「老親の介護をどうするか」と言う問題に直面している。特に、少子高齢化の進む日本では、「支える側」と「支えられる側」の量的バランスが崩れつつあり、社会保障制度も根本から構築し直さなければならない事態にまで発展している。
映画「別離」ではその老親の介護と言う問題に、さらに個々の価値観の違いによる衝突が加わり、息子一家は家族離散という深刻な事態に見舞われている(そもそも離婚が妻の側から申し立てられ、その理由も意外。イランは中東の中でも女性の教育レベルが高いとは聞いていたが、中流以上の階層では欧米並みに女性の自立意識が高いようだ。女性アーティストも数多く活躍しているらしい。今日たまたまニュースで目にした、未だ女性のスポーツ振興に理解のない、女性のオリンピック参加にも消極的な姿勢を崩さないサウジアラビアとは同じイスラム教国家ながら大きく異なる)。
それからすると、高名な作家、井上靖の家族をモデルにした「わが母の記」の家族は格段に恵まれている。作家伊上(いがみ)には、故郷で母の面倒を見てくれる姉夫婦がおり、伊上自身、妻と娘3人に、自宅に住み込みの家政婦や秘書や運転手を抱えているので、時折姉夫婦ののっぴきならない事情で母を引き取り、その世話をすることになっても、人手が(もちろん経済的な余裕も)十分にあって困ることはない。
だから、伊上はことさら母の介護で悩むことはないのである。彼の関心はもっぱら「幼い日に母に捨てられた」と言う苦い経験から来る母親の自分に対する愛情への懐疑であり、老いた母親にそれを問い質したいと言う思いなのだ。
もちろん「わが母の記」は、その母子や家族の愛情が主題だとは思うが、自分の経験と関心に照らして見ている側としては、老親の介護が身につまされる問題だからこそ、伊上の恵まれた境遇の上での苦悩に、介護には直接関わらない人間目線のお気楽さを感じて、今ひとつ共感できなかった。寧ろ、母の世話の大半を担う、電話口でグダグダ愚痴を並べる姉の心情を慮らずにはいられなかった。それは私が、認知症の父方の祖父と父の介護で、何かと苦労の絶えない母の姿を見て来たからなのかもしれない。
それでは改めて、イラン映画「別離」について。
近年の米アカデミー賞の選考傾向には、ハリウッドの興行的思惑が見えて、私は些か不満を持っている。しかし、こと外国語映画賞に関しては、多少政治的主張が見え隠れするものの、他の主要部門と比較してビジネス的縛りが少なく、概ね良心的な選考が貫かれている印象があって、その結果を好感を持って受け止めている。
さらに米アカデミー賞は賞の行方もさることながら、受賞スピーチに素晴らしいものが多く、それが楽しみでテレビ中継を見ている部分が大きい。
今回の『別離』の受賞スピーチも素晴らしかった受賞式でひとり壇上に上がったのは監督なのか、プロデューサーなのか不明だが、彼のスピーチには万国共通の"クリエイターの心意気"のようなものが感じられて、さまざまな体制下で、いかなる制約があっても、映画人が映画を作り続けることの意義を改めて考えさせられた。せっかくなので、以下に書き留めておこうと思う。
「アカデミー協会とソニー・クラシックス、
友人のトムとマイケルに感謝します。
世界中のイラン人が喜んでいることでしょう。
受賞したからだけではありません。
戦争が囁かれ、政治家達が攻撃的発言を交わしている中、
本作ではイランの素晴らしい文化が描かれたからです。
政治の影で身を潜めている豊かな歴史ある文化です。
誇りを持って、この賞をイラン国民に捧げます。
あらゆる文化文明を尊重し、対立や怒りを嫌う人々に。
どうもありがとうございます。」
仏・独・イスラエル合作映画『シリアの花嫁』でも感じたことだが、芸術文化には「互いを尊重しあう」と言う理念の下、現実世界での利害関係や、思想信条の違いとそれに伴う対立を軽々と越える力がある。芸術文化を介した交流は平和裏に互いを知る機会であり、相手を知らないが故の誤解を解き、互いの距離を縮める働きがある。
つい先日まで、竹橋の東京国立近代美術館で開催されていた米国の鬼才ジャクソン・ポロックの回顧展では、テヘラン現代美術館から、彼の最高傑作の誉れ高く、時価200億円とも言われる作品《インディアンレッドの地の壁画》(1950年)が出品された。本作は1976年、パーレビ国王の時代にテヘランに渡り、32年前のイラン革命以降、門外不出とも言われた曰く付きの作品だ。
今日のポロックの評価を考えれば、彼の作品を所蔵した当時のイラン美術界の見識の高さが窺え、昨今、(欧米の「イラン包囲網」とも言うべきメディア戦略の結果か、)一般的には「米国と対峙するガチガチのイスラム原理主義国家」としてのイメージで捉えられがちなイランの、文化国家としての素晴らしい一面が見えるようだ。ポロック作品がイランでも20世紀アートの至宝として認知されていることは、芸術文化には国境がないことを如実に物語っているとも言える(おそらく、イランが偶像礼拝が固く禁じられているイスラム国家であるが故に、ポロック絵画の抽象性が受け入れられ易かったと言うこともあるのだろう)。
ジャクソン・ポロックは、20世紀の半ばには既に「経済」と「軍事」で世界のトップに君臨し、さらに「文化の中心国」としての地位も得ようと切望していた米国にとっては、巨匠ピカソに対抗し得る唯一の"切り札"とも言うべき存在だったらしい。床に広げたキャンバスに絵の具を降り注いで描く「アクション・ペインティング」で一世を風靡したポロック。
興味深いのは、彼が遺した言葉によれば、彼自身もまた20世紀の巨匠ピカソを強烈に意識し、ピカソを越えようと、自身の画風の確立に苦悶しながら邁進した点だ。パリに学んだ岡本太郎も然り。当時のアーティストは、誰もがピカソと言う巨大な壁に挑んでいたのだなと思う。
ピカソ《男と女》国立西洋美術館蔵
一方、ピカソは他の誰でもない、"まだ出会っていない新たな自分自身"を求めて、「創造と破壊」(=どの作風も一定の評価を得られたのに、その評価に胡座をかくことなく、或いは、ひとつの作風に拘泥することもなく、飽くなき探求心で新たな作風の確立を目指した)を繰り返した、まさに何人分もの作家人生を、ひとりで歩んだ人と言えるだろうか?多くの作家はただ一つの画風を完成させることに、その一生を捧げるものなのに!その膨大な創造のエネルギーに匹敵する作家を、私は他に知らない(【追記】何たることか!日本が輩出した偉大なる画家で、奇しくもピカソと同様の創造の軌跡を辿った葛飾北斎の存在を忘れていた!!さて、写真の作品、実際は畳1畳半ほどの大きさ。明るい色調で描かれた大胆に絡み合う男女の姿に、大らかなエロチシズムと生命賛歌が感じられる。ピカソの"老いてもなお旺盛な創作意欲と生命力"を物語るピカソ88才の時の作品。《男と女》東京上野、国立西洋美術館蔵)。
先日、「もしかしたら戦争が勃発するかもしれないから、《インディアンレッド》はこのまま日本に置いておいた方が安全じゃない?」と軽口を叩いている人がいたが、とんでもない寧ろ戦争が勃発しないよう、政治家も外交官もあらん限りの手を尽くすべきである。ただ、「核開発を許すな」と言う大義名分の陰に、どうも戦争ビジネスの匂いプンプンなので、何が何でも戦争に持って行きたい勢力が確実にいそうだ。その点では市民弾圧の続くシリアも、他国に軍事介入の言い訳を与えて危険な状態だろう。何と言っても人類の近代には、不況の出口が見えない閉塞感に覆われた時代に、戦争特需で国家経済を回復させて来た歴史があるだけに、今後の動向には油断ならないものがある。
少し脱線が過ぎたみたいだ映画に話を戻すと、先のスピーチでは特に後半部分に感銘を受けたのだが、半ばの「本作ではイランの素晴らしい文化が描かれたからです。」の部分が、個人的には引っ掛かっている。
本作のどこに、イランの誇るべき文化が描かれていると言うのだろう?老いて病んだ父を、妻と別れてまで介護する男性の親孝行のことなのか?別れてもなお、トラブルに見舞われた夫を気遣う妻とその家族の優しさか?両親のかすがいになるべく、両方に気を遣う娘の健気さか?失業で心を病んだ夫を、身重な身体で働きに出て支える妻の献身か?或いは、トラブルに見舞われた生徒の親に助け船を出す、教師の親切心か?
確かに、誰もが誰かを気遣う優しさに溢れてはいる。しかし、その為に誰かを傷つけたり、信頼関係を損なう結果にもなっている。この1度結んだ人間との絆の深さは、今日の日本では失われつつあるものなのかもしれない。もしかしたら、これが宗教を強固なバックボーンとする人間社会の強さなのかもしれない。しかし、私は寧ろ、こうした人間関係の在り方そのものよりも、この複雑な人間ドラマを、キャストの繊細な感情表現と監督の巧みな演出で、あたかもドキュメンタリーのような現実感を持たせながら、サスペンスタッチでスリリングに描き出したことが、イランの映像文化のレベルの高さを見せつけて素晴らしいと感服するのだ。
また、本作では各々の登場人物が、自身のプライドや秘密を守りたいが為にちょっとずつ嘘をつくことが、事態の混乱に拍車をかけるのだが、そこで気になるのが、男女問わず、やたらと「名誉を汚された」と憤ることである。
彼らにとって名誉とは何なのか?ことほどさように守りたいものなのか?守るべきものなのか?江戸時代の武士ならいざ知らず、現代の日本では殆ど耳にしない言葉なので、劇中で何度も登場する度に違和感を覚えた。男女差、身分差に関係なく拘るプライドの正体とは、一体何なんだろう?やはり一神教の選民思想に基づく強烈な自尊心が、その根底にあるのだろうか?
翻って、現代の日本人はイラン人のような強固な精神的バックボーンがないせいかプライドも希薄で、他者からどんな扱いを受けても憤ることがないように見えなくもない。この頃、周りを見ても怒るべき時に怒らず、何事も事なかれ主義で済ます人が多いような気がする。これでは、良くも悪くも「強く主張したもん勝ち」がグローバル・スタンダードである国際社会で、日本人はその立場を危うくする一方だと思う。
「ギリシャが破綻」と言うニュースで日本の円が買われ円高となる時代。否応なく海外との距離は縮まっており、関係性も深まっており、今後積極的に海外に打って出なければ経済的にもジリ貧が決定的な日本。謙虚さが美徳と教えられて来た日本人にはなかなか頭の切り替えは難しいのかもしれないが、最早日本人が世界で生き残る為には、グローバル・スタンダードに照準を合わせるしか選択肢はないのかもしれない。
しかし、互いに主張して譲らない訴訟社会は、人を信じることが難しく、それ故に心も安まらず、生き辛い社会に思えて仕方がない。正直なところ、日本がそんな社会になるのは嫌だな。