はなこのアンテナ@無知の知

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悔やまれる?初動捜査

2008年06月01日 | 気になったニュース
 昨日の雨空から一転して晴れやかな青空の朝に書くのはどうかと思うのだけれども、やっぱり悔しいから書きます。昨日以下のような記事を見つけました。

警官の聞き込み後殺害決意?!


「事件当日、捜査員の聞き込みを受けて、自室に監禁していた東城さん殺害を決意した」
「解放しても逮捕される。殺害してバラバラにするしかない」
「左手で首を刺し殺害した」

 これって、つまり、捜査員がマンション住民宅の個別訪問をした時には、まだ被害者は生きていたということですよね。この時に、玄関先で話を聞くだけでなく、部屋の中にまで踏み込めば被害者を救出できたかもしれないということですよね?

 今更「たら、れば」の話をしても詮ないことだけれども、こういう事実を知らされた遺族は、さらに強い衝撃を受けたのではと想像されるのです。今朝の新聞記事(サンケイEX)では、凶器と目されるノコギリが加害者の部屋で見つかった由。これも今更の印象が拭えないのですが、もしかして捜査本部は情報を意図的に小出しにしている?…なんて疑念さえ湧きます。さらに不思議なことは、この記事は昨日の14時19分には共同通信から配信されているのに、今朝のサンケイEXにも日経にも同様の記述はありません。日経には江東区の事件に関しての記事自体ありません(朝日、読売はどうなの?)。ネットだから知り得た事実なのか?

 おそらく(これも想像の域を出ないのですが)、加害者は、被害者が一人暮らしで事件の発覚も遅れると勝手に算段していたのが、姉の通報で警察が迅速に動いたことに驚き、動揺し、「殺害して遺体をバラバラにしてトイレに流す」と言うトンでもない発想に至ったのでしょう。それにしてもどうしてそんな発想にいきなり飛んでしまうのか、私には理解できない。血の通った生身の人間なんですよ。リセットボタンで何度でも蘇るゲームの登場人物とはワケが違う。

 最愛の娘(妹)の命を奪われたどころか、その遺骨さえ帰って来ないご両親、お姉さんの気持ちを想うと、胸が締め付けられます(私自身、交通事故で幼い妹を突然失った経験がありますが、私以上の衝撃であろうと想像されます)。

 プライバシー保護等の問題もあって、捜査にもさまざまな制限がなされるのかもしれませんが、今回のような緊急を要する事態の場合、人命優先で個人宅まで踏み込むことは例外的に許されるのではないか、なんて考えたりします。たとえ部屋がとっ散らかっていようとも。それで人命が救われるならば本望です。自分が被害者、被害者の家族だったらと想像すると、これぐらいのことは一般市民として積極的に協力しなければと思う。ただし、一般市民の捜査協力を、公権力が拡大解釈して、言論統制等に悪用しないことが前提です。

 この事件を受けて、類似犯罪の発生が懸念されますが、人の命を奪って許されるはずがありません。逃げおおせるはずがありません。幾つかの事件でいまだ逃走している犯人もいますが、自分の犯した罪から逃げている限り、片時も心休まるはずがないのです。それは生き地獄に等しい。模倣犯に、その地獄を受け入れる覚悟はあるのでしょうか?

 現在子供を育てている一人の親としては、今更のように我が子に対して、命の尊さ―自分自身を大切に想うだけでなく、他者の存在を認め、尊ぶ心、そして苦境に負けない強い心を育てることが何よりも重要なんだなと痛感します(そもそも自分自身を大切に想うならば、自分を破滅に追いやる犯罪行為には走らないはずですよね)。社会を構成する大人の一人としては、社会をより良くする為に自分は何をするべきか、どのように振る舞うべきなのか、真摯に考え続けたい。
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