今朝(7/8)、安倍晋三元首相が、参院選の応援演説で訪れていた奈良で銃撃を受け、夕刻に亡くなられた。享年67歳。奇しくも病死された父親の晋太郎氏と同じ年齢だと言う。
報道によれば、つい最近食事を共にした自民党幹部の話として、安倍氏は「後5年は(政界で)頑張りたい」と言っておられたそうだ。今月2日に東京都立川市を訪れた際に一般市民と交流した姿を映像で見ても、その後1週間も経たないうちに安倍氏が亡くなるとは誰が想像できただろう?特に氏の支持者でもない私でさえ、ただただ驚くしかない突然の出来事である。
どんな人にも平等に死は訪れる。しかも本人はおろか本人以外の誰も、いつ、どのタイミングでその人に死が訪れるかなんて正確に予測など出来ない。先日の記事「住職の言葉」にも書いた通り、仏教では人が死ぬことは生まれた時から決まっていたことで、病死にしろ、事故死にしろ、そして今回のような事件にしろ、死の”きっかけ”に過ぎず、"最初から決まっていたこと"が起きただけだと言う。
ただし、その人が世に知られた人であればあるほど、社会の一線で活躍していた人であればあるほど、その人の「精力的・活動的な姿」と「死」とのあまりにも大きなギャップに、世の人々は戸惑ってしまう。その死のショックは思いのほか大きい。
安倍氏の死はまさしくそうだ。
選挙の投票と開票の日を2日後に控えた今日に起きた安倍氏の暗殺事件は、容疑者本人が「政治的意図はない」と主張しても、政治的にインパクトが大きい。安倍氏死去の同情票や銃撃と言う社会不安に心動かされた人の票を集め、自民党与党は野党に圧勝するのだろう(元よりマスメディアは有権者の投票意欲を削ぐような、選挙結果予測報道を毎度毎度しているが…)。
そこで危惧するのは、今回の事件をきっかけに益々日本の社会が息苦しい社会へと突き進むことだ。おそらくこれまでがそうであったように、一握りのとんでもない人間のせいで社会全体のルールが厳格化し、社会を構成する全ての人間の生き方がより制限され、窮屈なものになって行く可能性は高い。
今回の件で「暴力による言論統制は許すまじ」と与野党の政治家は声高に訴えているが、寧ろ一握りの人間による暴力を未然に防ぐ為に、全体の言論統制が進む可能性があるのではないか?
そうでなくとも、ここ数年はコロナ禍で行動制限が続き、特に日本は各地で震度5、6クラスの地震に見舞われ、気候変動による線状降水帯の多発で水害が増え、亜熱帯化で猛暑の期間も長くなっている上に、最近は国際情勢の混沌も相俟って物価の高騰が続いている。
今回の事件は、国民の心に暗い影を落とし、国民の苦境にさらに追い打ちをかけるような出来事だ。
容疑者は今朝(7/9)の日経紙によれば、「特定の団体に恨みがあり、安倍氏がこの団体とつながりがあると思い込んで犯行に及んだ」と警察では証言しているらしいが、それだけで直接関わりがないはずの安倍氏に一個人が強い殺意を抱くものなのだろうか?しかも今年の春には手製の銃を複数用意していたと言うし、前日のテレビでは「特定の宗教団体」と伝えていたのに、今朝の日経では「宗教」の部分が削除されている。今回の事件は想像以上に闇が深そうで、一般の国民にその真相が明かされることはないのではと思う。
末筆ながら、安倍元首相のご冥福をお祈りいたします。安倍氏の政治信条に同意する、しないはともかく、首相在任期間が歴代最長であり、積極的に海外に出て世界の首脳と堂々と渡り合い、日本のトップとして世界で存在感を示す等、その実績とリーダーシップは日本の他の政治家を圧倒するのは間違いない。志半ばの突然の死は気の毒過ぎるし、日本の前途に悪影響しかないと思う。
容疑者はとんでもないことをしてくれたものだ。
今回の件で、日本警察の要人警護のお粗末さが露呈して(米国のTV番組で複数の映像をコンピュータで画像処理して上空から俯瞰した形で事件当時の状況を再現したそうなのですが、米国の専門家曰く、演説の場所の選定、SPの配置、銃撃1発目の後のSPの動き等、米国ではあり得ない杜撰さだったとの指摘だったそうです)、ある意味、治安の良さが招いた油断によって、防げるものも防げなかったのかなと思いました。
銃社会の米国では銃声らしき音がしたら、誰でもまず地面に伏せるのが常識なんだとか。ニュース映像では、そんな人ひとりもいませんでした。
しかし、日本はこの件に限らず、人が死んで初めて、体制を考え直すケースが多いですね。日本人は長らく平和のもとで暮らして来たせいで危機管理意識が低いのか、事前にあらゆるケースを想定して、それぞれの対処方法を考えておく準備を怠っているように見えます。もちろん、組織によっては用意周到なところもあるのでしょうけれど。
ごみつさんご指摘の「社会から見捨てられた人」は即ち「失うものが何もない(と思っている)人」で、彼らからの攻撃が一番恐ろしく防ぐのが難しいのは確か。結局、自殺行為に他人を道連れにするのですから。
そういう社会的孤立を防ぐ為のセーフティネットをきちんと構築しないといけないのでしょうが、世襲政治家の多い現状では、貧困層の困窮状況の理解も想像も難しく、彼らへの目配りも不十分なような気がします。
そして、一番の問題は日本の経済が30年間も停滞して、相対的に貧しくなりつつあること。
かつて開発途上国に住んで思い知ったことは、大多数の貧困層がいる一方で、一握りの途方もなく大金持ちがいること。階層の固定化は国を発展させないんですね。国民の教育に注力して、皆にチャンスを与える社会でないと国は発展しない。今の政治家はそれが分かっているのかなと思います。そんな政治家を選ぶ国民にも責任の一端はあるのだろうけれど。
この事件のあった日は通院日で、病院の大型テレビのニュースで事件を知りました。
かなりの衝撃で、「これはひどすぎるだろう!」と何だか涙がポロポロ出てしまい、病院なので困りました。
私は安倍さんも自民党も支持した事は一度もないけれど、それでもこんな死に方はあんまりだと思う。
私も心の整理のために記事にしようかと思ったのですが、感情論になりそうでやめました。
メンタルクリニックで無理心中放火した人とかもそうだけれど、社会から見捨てられた人が増えて、にっちもさっちもいかない貧困層も増えて、こういう事件がこれからも増えていくんじゃないかと怖くなります。
とりあえず今は安部さんのご冥福をお祈りしたいですね。