憲法に緊急事態条項を入れようではないかという動きが自民党内で強まっている。新聞も最近はこの動きを伝えることが多くなった。安倍政権がどんな内容を想定しているかについては、自民党の憲法改正草案が参考になる。
自民党の憲法改正草案は新たに設けた「第9章 緊急事態」で、外部からの武力攻撃、内乱、大規模な自然災害などにさいして、内閣総理大臣が緊急事態の宣言を出すことができる(第98条)としている。緊急事態宣言を出したのち、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるとしている(第99条)。
外部からの武力攻撃に関してはすでに「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」(2003年)、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」(2004年)があり、自然災害については「災害対策基本法」がある。
災害対策基本法には「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる(第105条)」という緊急事態条項もすでに盛り込まれている。
緊急事態条項のような、いわゆる国家緊急権については、2つの行き方がある。ドイツやフランスのように国家緊急権を憲法に明記するやり方と、英国やアメリカ合衆国のように、憲法には明記しないでおくやり方がある。正確にいえば、英国は成文憲法を持たないが、政府は緊急事態にあたって通常は違憲・違法とみられ手段を暫定的に講ずることができるとされている。違法行為であるが、この違法性はのちに議会の審議で妥当な手段であったと判断された場合は免責される。合衆国憲法には国家緊急権大統領は国家の存立を守るための権限を有していると考えられている。大統領の権限行使の判断が適正であったかどうかは、のちに司法が判断する。
憲法に緊急事態条項を持たない日本は、英米の路線を選択してきた。それが独仏の路線に方向転換しようとする意図は何か?
日本国憲法に緊急事態条項を入れようとするのは、「法律と同一の効力を有する政令」を制定できる権限を内閣が握りたいからだ。内閣が法律をつくったことによる歴史の悲劇は、ドイツのヒトラー時代の全権委任法にみられる。麻生副総理は憲法改正に関連して、ナチスの手口に学んだらどうか、口走ったことがある。
5月2日の朝日新聞朝刊2面が、この20年間の日本の政治の息苦しさをまとめていた。1999年に国旗・国家法や通信傍受法(盗聴法)、2013年には特定秘密保護法、いわゆるマイナンバー法が成立。2015年には閣議決定による憲法解釈の変更を経て安全保障関連法が成立している。
お隣の韓国で国民は戦後長らく軍事政権下でつらい思いをした。朴正煕政権の時代、憲法は大統領に国家緊急権を認めていた。その国家緊急権は主として政府に対する抗議行動の弾圧に用いられた。そういう時代が1980年代まで続いた。歴史は必ずしも前に向かってすすむだけではなく、ときに後退することもあるようだから、図書館で当時の韓国事情が書かれた出版物を借り出して読んでおいた方がよろしいかも。
(2016.5.2 花崎泰雄)
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