「おとうさん、
コーヒー飲む?」
「え?
ああ、いれてくれのか」
珍しいことだ。
いつもコーヒーをいれるのはわたしで、
娘は飲む人だった。
「おいしい?」
「え?ああ、うまいよ」
これまた意表をつかれた。
娘から話しかけることは、
ここ最近めったになかった。
成長した娘に、
(もう父親は必要ないんだなあ)と
思うようになっていた。
「おとうさん、
喫茶店してたんだ」
「まあな。昔の話だ」
「かっこいい!」
「そうか……」
娘のコーヒーは
一杯だてのドリップ仕立てだ。
少し濃いめで、
苦みも適当に出ている。
「おかあさんが自慢してたよ」
『なんだって?』「
おとうさん、
おいしいコーヒー飲ませてくれたんだよってさ。
ごちそうさま」
妻と結婚したのは、
喫茶店をやり始めて半年目だった。
オープン当初から
アルバイトで助けてくれた妻は、
趣味グループで知り合った後輩。
ひと回り以上若い短大生だった。
妻はコーヒーに目がない。
仕事の始めと終わりに
必ずコーヒーをいれてやった。
二杯だてのサイフォンコーヒーだ。
ビーカーとロートの操作を、
妻はじーっと眺めていた。
「丁寧だね」
「当たり前だ。
コーヒーは
愛情でいれるものなんだぞ。
でなきゃ、
ただの黒い飲み物さ。
そんなもの嫌だろう」
「あたし、
コーヒーをおいしくいれられる人、
尊敬しちゃう」
「へえー、物好きだな」
「だから
マスターの嫁さんになってあげる」
「は?……!」
ゴポゴポと
湯に翻弄されるコーヒー豆が、
激しく踊り出した。
サイフォン台をはさみ
無言で見つめあった。
結婚を諦めていた
生真面目だけが取り柄で
面白みに欠けた三十男が、
生涯の伴侶に
押しかけられた瞬間だった。
「コーヒー屋にバイト決まったから」
「え?」
娘がしたり顔で頬笑んだ。
顔も仕草も妻そっくりに育った。
娘もコーヒー好きである。
「頑張れよ」
「うん」
コーヒーの味に
爽やかさが加わっていた。
コーヒー飲む?」
「え?
ああ、いれてくれのか」
珍しいことだ。
いつもコーヒーをいれるのはわたしで、
娘は飲む人だった。
「おいしい?」
「え?ああ、うまいよ」
これまた意表をつかれた。
娘から話しかけることは、
ここ最近めったになかった。
成長した娘に、
(もう父親は必要ないんだなあ)と
思うようになっていた。
「おとうさん、
喫茶店してたんだ」
「まあな。昔の話だ」
「かっこいい!」
「そうか……」
娘のコーヒーは
一杯だてのドリップ仕立てだ。
少し濃いめで、
苦みも適当に出ている。
「おかあさんが自慢してたよ」
『なんだって?』「
おとうさん、
おいしいコーヒー飲ませてくれたんだよってさ。
ごちそうさま」
妻と結婚したのは、
喫茶店をやり始めて半年目だった。
オープン当初から
アルバイトで助けてくれた妻は、
趣味グループで知り合った後輩。
ひと回り以上若い短大生だった。
妻はコーヒーに目がない。
仕事の始めと終わりに
必ずコーヒーをいれてやった。
二杯だてのサイフォンコーヒーだ。
ビーカーとロートの操作を、
妻はじーっと眺めていた。
「丁寧だね」
「当たり前だ。
コーヒーは
愛情でいれるものなんだぞ。
でなきゃ、
ただの黒い飲み物さ。
そんなもの嫌だろう」
「あたし、
コーヒーをおいしくいれられる人、
尊敬しちゃう」
「へえー、物好きだな」
「だから
マスターの嫁さんになってあげる」
「は?……!」
ゴポゴポと
湯に翻弄されるコーヒー豆が、
激しく踊り出した。
サイフォン台をはさみ
無言で見つめあった。
結婚を諦めていた
生真面目だけが取り柄で
面白みに欠けた三十男が、
生涯の伴侶に
押しかけられた瞬間だった。
「コーヒー屋にバイト決まったから」
「え?」
娘がしたり顔で頬笑んだ。
顔も仕草も妻そっくりに育った。
娘もコーヒー好きである。
「頑張れよ」
「うん」
コーヒーの味に
爽やかさが加わっていた。