家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。
今朝の庭模様です。
雨の後のしっとりした中、
いきいきと
自己主張しかけています。
今回は
ちょっとお堅く
小説もどきで
お邪魔いたします。
なんと気の多き性格なんだ?
と自分でも感心してしまいますが、
空気の読めない
この一貫性のなさが
B型人間の長所であり
短所なのです。
(ちなみに
わたしの場合ですから、
悪しからず。笑)
こう雨がしつこく降り続くと、
やたら腰や足の関節が痛んで、
苛立ちが募る。
もうすぐ七十になる。
じわじわと年齢が
体を支配し始めている。
こんな時は
大人しく引っ込んでいるのが
最良の方法なのに、
じっとしているのは性分にあわない。
この雨の中、
仕事は無理だ。
屋内ならまだしも、
いま取りかかっている仕事は、
大屋根を上り下りしながらの作業が
中心だ。
いくら施主が急かしても、
危なくて手の付けようがない。
ひたすら我慢するだけだ。
大工殺すにゃ刃物は要らぬ。
雨の三日も降りゃいい」などと
都都逸に詠まれている。
大工じゃなくても
職人なら同じ穴の狢だろう。
四条幸吉は
建築板金の加工職人だった。
俗にブリキ屋さんと呼ぶ。
相当年季の入った
ひとり親方である。
若い頃に較べ
足腰は格段に衰えた。
年々酷くなる一方だ。
屋根の勾配を
持て余す場面も多くなった。
潮時かとも思ったりもするが、
引退の選択肢は
幸吉の頭にはない。
本人がその気にならない限り、
生涯現役を勤めようと、
誰にも
文句は言われる筋合いはない。
他人の思惑に拘束されない分、
気が楽な職人ではあるが、
幸吉の場合は
必ずしも職人気質だけが
そうさせているわけではない。
引退を歯牙にかけないのは、
息子への意地が
最大の理由だった。
「電機屋や水道屋なら
格好ええけど、
鉄板みたいな重たいもん担いで、
オッチラエッチラ屋根の上まで上げるん
ヒーヒー言うてまうわ。
夏場は焼けたトタン屋根の上で汗まみれ。
日に焼けて
顔も腕も真っ黒やないけ。
そんな
くそしんどい仕事、
好き好んでやってる親父の
気が知れへんわ。
俺は全然やる気あらへんからな。
期待せんとってくれ」
小学校の上級生になったころから
手伝わせた反動が
言わせたのは確かだった。
錻力屋の後を継げと言うのを、
きっぱりと拒絶して
家を出てしまった。
その息子に、
少々年を食らっても
錻力職人として
立派に通用するところを
見せつけてやりたかった。
幸吉が現役にこだわり
踏ん張っている原動力は、
そこにあった。
「お父さん、
お茶いれたで、
いっぷくしたらええが。
座敷のほうに用意したでな」
「ほうか。
ほな、よばれるとすっか」
四十年以上連れ添ってきた和子は、
いつもきめ細かく
配慮を欠かさない。
幸吉より三つ上の
姉さん女房だが、
丈夫で長持ちのタイプで、
理想的な職人の女房だった。
五つは若く見える。
それに
陽気で楽天的な性格は、
気難しい頑固な幸吉と
バランスが
上手に取れていた。
「よう降りよるなあ」
「ほんまや。
こない仕事でけんかったら、
干上がってまうがな」
「まあええやないの。
こないな時こそ、
のんびりと休ましてもろわな。
まだまだ気張って
仕事せなならんねから」
程好く色の出たほうじ茶を
幸吉に差し出した。
和子のいれるお茶は実にうまい。
幸吉はほうじ茶の香りに
相好を崩した。
お茶うけは
幸吉の大好物である栗饅頭が、
趣のある木皿に
形よく二個並んでいる。
「さっき吉成はんから
電話あったんや」
「なんて?」
「ほら見合い話やがな」
「あいつ、
まだ諦めんのかいな。
見合いさせたい当人が、
家に便りもよこさんで、
どこにおるやら
わからんちゅうのにのう」
「まあそない言わんと。
吉成はんも
よかれと思うて
くれてはるんやから」
「そないなこと、
よう分かっとるわい。
いつかて有難いこっちゃ
思てるがな」
幸吉は
ほうじ茶を一口
ゴクリとやると、
呆けたように天井を見あげた。 (続く)