「あの……」
「いや、煙草切らしたんやがな。そいでちょっと買いに出て来たんや。タバコなかったらイライラすっさかいなあ」
幸吉の方が狼狽えた。顔が赤くなり、しどろもどろになった。しなくてもいい弁解を懸命にしている。
「あんたら、役場へ行ったんじゃなかったんか?」
「この子を連れてじゃ大変だからって、あの人がひとりでいってくれたんです」
「そやったんか。それやったら家の方で待っとったらええやないか」
「……でも」
彩絵が言葉に詰まるのを見て、幸吉は和子の皮肉を思い出した。プリプリ怒ってばかりの幸吉のそばでは、さぞ肩身が狭く居心地は最悪だろう。初対面なら尚更だった。
彩絵が片手で器用に抱っこしている幸多が体をゴソゴソし始めた。反射的に幸吉は両手を差し出していた。
「わしが抱っこしたる」
「すみません」
彩絵はえらく神妙に幸吉へ赤ん坊を託した。ので、ホッとした表情になると、彩絵は煙草をくゆらした。サマになった喫煙姿に幸吉は感心しながらも、意識して目を逸らせた。女性の喫煙を苦々しく思う昔人間なのである。むずがる幸多をあやすのに夢中にならざるを得なくなり、ようやく救われた、
赤ん坊を抱くなど、長らくご無沙汰している。ぎごちなくて危なっかしい手付きになるのは仕方がない。赤ん坊にこちらの事情を分かれというのは無理な話である。思うようにならない相手を持てましはするが、不思議に気分はいい。
(これが俺の孫か。ほら、おじいちゃんやで)
腹の中で赤ん坊に何度も自己紹介をする自分に気づき思わず笑いを漏らした。照れ臭くて仕方がない。それでも懸命にあやした。
「優しいんですね…幸央さんと同じなんだ……そっくりですね」」
「え?なんやて?」
幸吉は訊き損なったふりを装った、それでも狼狽えは抑えられず、慌てて彩絵を見返した。はずみで赤ん坊を抱いた手に力が入った、幸多が泣き出した。
「あ、かわります、わたし。はい、コウちゃん、ママでちゅからね」
さすが母親である。手慣れたものだ。さしもの赤ん坊も、すぐに大人しくなった。どう考えても母親に勝てる道理がない。
「こりゃこりゃ、わしもえろう嫌われたもんやのう」
「そんなことないですよ。まだ慣れてないだけですから……おじいちゃんに……」
彩絵はクスリと笑った。初めて見せた笑顔である。ちゃんと魅力的な笑顔を持っているのだ。その確認が幸吉には嬉しかった。
幸吉は彩絵に心を開きかけている自分に気付いた。少し驚いたけれど、すぐに平静を取り戻した。頬笑んで彩絵を見た。