そんな幸吉に彩絵は心を開いた。これまでと打ってかわった明るさで、幸央との出会いと生活ぶりや、彩絵自身の故郷や家族についても饒舌に話した。
彩絵が人前であまり笑顔を出せないでいる理由を、幸吉は知った。長い年月を通じて自然と身に備わった自己防衛だったのである。
彩絵は和歌山で漁師の家に生まれている。四歳の時、和歌山を直撃した大型の台風で、父親の船は沈み、乗り込んで漁に出ていた両親と兄弟を一度に失ったのだ。
「大変やったのう。親御さんらも死に切れんかったんちゃうか。あんたひとりを残しとるんや。悔しかったやろのう」
幸吉は胸を熱くした。親ならだれでもそうなるだろう。
「ありがとうございます」
彩絵は気丈な態度を保っている。かばってくれる親兄弟を失った女の子がどう生きてきたのか?言葉に言い表せない苦難を強いられたのは間違いない。それを耐え忍び生き抜いた女の子が、いまここにいる。幸吉の孫を胸に抱き締めてくれている。
天涯孤独の身になった彩絵は、親戚をたらい回しにされた。自分しか信じられない境遇にさらされるうちに、自分の意志と言ったものを表に出さないほうが無難に生きられると悟ったのである。その日から彩絵は笑顔を失ったのだ。
「私って誰からも嫌われてたんですよ。とても意地が悪くて……暗い性格だったから……」
彩絵は、まるで他人事のように喋った。
「……そんな私が幸央さんに出会えた。幸央さんは正真正銘のわたしを理解してくれました。わたし、救われたんです、幸央さんに」
急に彩絵の顔が歪んだ。言葉を詰まらせた彩絵の目は涙で光った。
幸吉は嗚咽する彩絵に、なす術もなく、ただじっと見守るのに精いっぱいだった。ただ息子への思いは、頭の中をガンガン暴れまわった。
(ようやった!幸央。お前はわしが自慢できる息子じゃ。彩絵さんになくてはならん男になりおった。スゲェー奴じゃ、お前は)
幸央が帰って来るのを待つと言う彩絵と赤ん坊を残して、幸吉は先に家へ戻った。
「どうしたんやね。ニヤニヤして……なんか気色悪い!」
幸吉を迎えに出た和子は、訝った。
「ええんやええんや。それよか晩のご馳走の用意は出けとるんか?あいつら、もう帰ってきよるやろが。間に合わんぞ」
「あほらし。どないな具合やいな」
同じ皮肉を口にしても、今はやけに明るい。幸吉の態度から何かを感じ取ったからだろう。和子はいつだって夫の心をちゃんと見透かしている。
「さあ、急いで作らな、なあ」
「よっしゃー!わしもちょっくら手伝うたるわのう」
「ほんま怖いで。嵐でも来よるがな」
和子は軽口を叩きながら台所へ急いだ。
「おい。わしもおじいちゃんやで!」
幸吉ははしゃぎ声をあげながら、後に続いた。
(こりゃ、どないあいつらが反対したかて、ちゃんと結婚式挙げたらなあかん。娘がでけよるんや。わしに孫を連れて来てくれおった娘や。花嫁姿になったら、そら綺麗やわ。間違いのう、うちの嫁や!)
幸吉は父親に戻った。そして父親になろうとする。彩絵の父親に。
「あんた、また降ってきたで」
台所から和子が大声を上げた。台所の窓から降り出した雨を認めたのだ。
「そら大変やがな」
幸吉は玄関に急いだ。傘を引っ張り出し、長靴をはいた。彩絵と孫を迎えにいってやろう。ウキウキする幸吉だった。
「ちょっと迎えに行ってくるわ!」
幸吉の大声は家中に轟いた。