こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

雨上がり・その3(完結)

2015年02月18日 00時04分03秒 | 文芸
「お父さん。征夫らが帰って来るまでに、機嫌あんじょう直しといてや。せっかく顔見せてくれたんやから、今夜はご馳走作るでな」
 兼子は、いつになく高ぶっている。
「煙草買うて来る」
 伝吉は一層無愛想になるばかりだった。
 雨上がりの道は心地好かった。周辺は未だ開けていない田舎だけに、あのうるさい車も余り通らなくて尚更気持ちが好いのだ。
 家から三百メートル程行った所に、村で唯一の雑貨店がある。食料品も少し置いてあるので、ちょっとした時に重宝な店だ。店先にはちゃんと自動販売機も並んでいる。
 伝吉は煙草の販売機の前に立って、やっと気が付いた。販売機の前に置かれてあるベンチで、赤ん坊をあやしながら煙草を喫っている若い母親がいる。理代子だった。
「あ?」
 理代子も直ぐに気付いて声を上げたが、別に狼狽する風もなく、えらく落ち着いたままだった。どうも可愛げがなさ過ぎる。
「あの…」
「いや、煙草切らしたんでな。ちょっと買いに出て来たんや…」
 伝吉の方が逆に狼狽えていた。顔が赤くなり、しどろもどろに、しなくてもいい弁解をするはめに陥った。
「あんたら、役場へ行ったんじゃなかったんか?」
「この子を連れてじゃ大変だからって、あの人がひとりで行ってくれたんです」
「そやったんか。それやったら家の方で待っとったらええやないか」
「……でも」
 理代子が言葉に詰まったのを見て、伝吉は兼子の皮肉を思い出した。プリプリ怒ってばかりの伝吉のそばではさぞ肩身の狭い思いをしなければなるまい。
 理代子が片手で支えるように抱っこしている伝太がむずがり始めた。伝吉は反射的に両手を差し出していた。
「わしがかわったろう」
「すみません」
 理代子は伝吉に赤ん坊を預けたので、ホッとした表情で煙草をくゆらしている。自然な喫煙姿に伝吉は感心しながらも、出来るだけ目を逸らせた。むずがるのを止めない孫の伝太をあやすのに夢中にならざるを得なかったし、女性の喫煙に馴れてもいなかったからだ。
 赤ん坊を抱くなど、もう五十年以上のご無沙汰である。伝吉はぎごちなくて危なっかしい手付きながら懸命だった。思うようにならない相手だが、不思議に腹は立たない。
(これが俺の孫か。ほら、おじいちゃんたで)何度も腹ん中で赤ん坊に自己紹介をする自分に思わず苦笑した。照れ臭くて声は出せない。
「優しいんですね…征夫さんとよく似てる……そっくり…」
「え?」
 伝吉は訊き損なったので、慌てて理代子を見返した。はずみで赤ん坊を抱いた手に力が入り過ぎてしまい、伝太は急に泣き出した。          
「あ、かわります、わたし。はい、伝ちゃん、お母さんでちゅからね」
 さすが母親である。手慣れていて、さしもの赤ん坊もすぐに大人しくなった。
「こりゃこりゃ、わしも嫌われたもんやのう」
「そんなことないですよ。まだ慣れてないだけですから……おじいちゃんに…」
 理代子が初めてクスリと笑った。ちゃんと魅力的な笑顔を持っているのだ。
 伝吉は理代子に心を開きかけている自分に気付き、少しばかり驚愕したけれど、すぐに平静を装った。ニコニコ顔になって理代子を見た。
 そんな伝吉に理代子は饒舌で応えた。打ってかわる明るさで、征夫との生活ぶりや、理代子自身の故郷や家族についても話した。
 伝吉は理代子が人前であまり笑顔を出せないでいる理由を知った。長い年月を通じて自然と身に備わった自己防衛だったのである。
 理代子は和歌山の漁師の家に生まれている。四歳の時、不幸にも大きな台風の直撃で父親の船は沈み、両親と兄弟を一度に失っていた。
 幼いころからひとりぼっちで、親戚をたらい回しされているうちに、自分の意志と言ったものを出さないほうが無難なのを覚えたのである。
「私って誰からも嫌われてたんですよ。とても意地が悪くて…暗い性格だったから……」
 理代子は、まるで他人事のように喋った。
「…そんな私を…征夫さんは……掬ってくれた…!」
 急に理代子の顔が歪んで、言葉は詰まった。
 伝吉は理代子が嗚咽する姿に、なす術もなく、ただじっと見守るだけで精いっぱいだった。
 征夫が帰って来るのを待つと言う理代子を残して、伝吉は先に家へ戻った。
「どうしたんやね。ニヤニヤして…気色悪い」
 伝吉の顔を見た兼子は訝しげに訊いた。
「ええんやええんや。それより晩のご馳走の用意は出けとるんか?あいつら、もう帰ってきよるやろが」
「あほらし。どないな具合やいな」
 同じ皮肉を言っても、今はやけに明るい。伝吉の態度から何かを感じ取ったからだろう。兼子は夫の心のうちはちゃんと見透かせるのだ。
「さあ、急いで作らななあ」
「よっしゃー!わしもちょっくら手伝うかいのう」
「ほんま嵐でも来よるがな」
 兼子は軽口を叩きながら台所へ急いだ。
「おい。わしもおじいちゃんやど!」
 伝吉ははしゃぎ声で後に続いた。
(こりゃ、どないあいつらが反対したかて、ちゃんと結婚式挙げたらなあかん。娘がでけるんや。孫を連れて来てくれおった娘や。花嫁姿になったら、そら綺麗やで、間違いあらへん!)
 伝吉はとめどもなく幸せを感じていた。
(完結)(1992年5月2日神戸新聞掲載)
               

               

 

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あらたな始まり

2015年02月17日 11時35分28秒 | 家族
 長女が嫁いで二日目。がらーんとした家でぼんやりと時間が過ぎていきます。ふいに思いついて台所を片付け始めました。よりシンプルに、と思い立ったのです。大食いの子どもたちはそれぞれ家を出て、誇るはお年頃の末娘だけ。彼女はスタイルが気になるのか、いたって小食。夫婦二人もいい歳になって大食いが出来なくなりました。そこで台所は整理のターゲットに。ポイポイいらぬもの、賞味期限切れも、ドンドン捨てます。なんかすかーっとしていい気分ですね。さて、シンプルなレイアウトを考えてみましょう。時間はたっぷりありますもんね。さてさて? 
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雨上がり・その2

2015年02月17日 05時47分32秒 | 文芸
雨は午後になって上がった。厚い雲は跡形もなくなり、青空が随分と広がった。
 伝吉の心は一向に晴れなかった。くそ面白くないと言った顔付きで、茶の間のざわめきに背を向けたままである。
 兼子は、もう嬉しくてたまらない風で、生き生きと征夫の世話を焼いている。それがまた伝吉には癪に触ってたまらない。
 星井理代子という若い女は、征夫と同棲していた。籍はいれていないと言う。それが子供を作ってのご帰還とは、全く不真面目過ぎる。
 そんないい加減さが、昔人間の伝吉には気に入らない。どうしても認められないのだ。
「あんた、征夫は、いま、設計事務所に勤めてんだって。設計士の資格も、もう直ぐ取れそうやと。ほんまに偉いやないか」
 兼子はいちいち大声で報告する。
「ほらほら、こっちへ来いな。伝太が、こない笑うてくれて、まあ嬉しいがな」
 伝太ってのは、伝吉の孫になる赤ん坊の名前だった。自分の名前の一字を取って名付けられた孫の存在が、伝吉にとっても嬉しくないわけがない。まして初孫なのである。
 しかし、伝吉はどうしても頑なさを崩せないのだ。昔気質の不器用さと言えようか。
「こんな可愛い赤ちゃんも出来たんやから、ちゃんと結婚式も挙げにゃいかんのう」
 兼子の言葉に若い二人は戸惑い気味に顔を見合った。
「母さん。俺たち、結婚式はせえへん。籍だけは入れなあかん思たから帰って来たんや」
「そないな不細工な真似できるまいな。世間体もあるやろ。ちゃんとしたるさかいに…」
「いや、ほんまにええんや。彼女と約束sとるんや。無駄なことはせんとこ言うてなあ」
「無駄な事やて……そんな、お前…」
 兼子は額に皺を刻んで口篭った。
「いいんです。私たちが充分納得しているんですから。元々籍も入れるつもりなかったんですよ。でも、この子が出来ちゃったから、やっぱり籍がいるかなって……」
 理代子は、えらくアッサリした物言いをする。家に来てまだ一度も笑顔は見せていない。
 伝吉は立ち上がると、玄関の方へ足を向けた。
「お父さん、どこ行くの?」
 兼子が気付いてすかさず尋ねたが、伝吉は黙殺して居間を突っ切った。
「もうお父さんは、子どもみたいな真似してから……いつまですねてんのやいな」
 かねこは息子夫婦(?)へ弁解するように、慌てて夫を責めた。伝吉はちょっと荒っぽい仕草で玄関の戸を開け放って外へ出た。
 家の裏手にくっ付いた形の作業場に入った伝吉は、加工台を前にした。樋受けの飾りの型取りをするのが中途で抛ってある。
 別に急ぐ仕事ではないが、何かやってれば気は紛れる。自分の思い通りにならぬモノに、ややこしく頭を使っているよりは格段にいい。
 伝吉は型木に銅板をあてがって金槌を振るった。小気味いい音を立てながら、金槌は伝吉の思い通り確実に叩いていく。五十年以上も妥協しない仕事に賭けて来た
職人芸の見事さだった。
「…あの…バカタレが……!」
 伝吉は思わず吐き捨てた。どうも今日は集中出来ない。あの親不孝者の征夫のせいだった。もう息子と思うまいと無視を決め込んでいるつもりだが、どうも上手くない。あの孫の存在が伝吉の動揺を誘ってばかりいる。
 伝吉は遂に諦めて金槌を置いた。気が乗らないまま仕事を続けても納得いくものが作れるはずはない。職人のプライドが傷付くだけなのだ。伝吉はフーッと大きく息をついた。
 胸ポケットの煙草に手を伸ばしたが、中味は切れている。苛立っていたおかげで補充するのを忘れていたらしい。伝吉は舌打ちした。
「お父さん」
 兼子がソワソワと顔を覗かせた。
「なんや?あいつら抛っといてええんか?」
「いま出ていったがな」
「帰ったんか?」
 伝吉はズボンの埃を払い落した。やっぱり気になっている。久し振りに顔を見せた息子と、まだ何も話していないのに気づいた。
「役場やがな。籍を入れに行くんやと」
「伝太は……?連れて行きよったんか……?」
「当たり前やろ。プリプリ怒ってばかりのおじいちゃんとこに置いとけわな」
 兼子は伝吉に、それと分かる皮肉を言った。
「また帰って来るんか?」
「そやろ。二、三日泊まるー言い寄ったさかい」
 兼子は伝吉の反応をうかっがている様子だ。
「勝手なやつや」
 伝吉は顔をしかめて強い語調で吐き出した。
「まだ、若いんやから゛」
 兼子が慌てて息子の弁解をして見せる。
 伝吉は取り合わず、プイと外に出た。
(続く)
(1992年5月2日神戸新聞掲載)
               

 

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しあわせの報告

2015年02月16日 13時03分01秒 | 家族
進路先の大学も決まった末娘は、いっぺんに成長したかのように見える。自分で見つけてきたアルバイト先の研修に大張り切りで通いだした。スター〇〇のコーヒ店が地元のイオンに進出してくる。その新設店のオープンスタッフである。これ内緒の話だが、彼女、コーヒーが全く飲めなかった。紅茶だけという徹底ぶりだったのが、最近はコーヒーを飲んで味を覚えさせられているらしい。「苦いしかわからない」って言っていたのがだんだん通ぶって来たのには驚いた。もしかしたら、案外コーヒー店で働くのがあっているのかもしれない。実は私たち夫婦は昔喫茶店を経営していたのだ。やはり蛙の子は蛙なのかもしれないと内心頬笑んでいる。この間まで「お年玉」で一喜一憂していた娘が、華麗な変身ぶりを見せる日が近づいているのかもしれない。それを見守る親冥利を満喫するこの頃である。しあわせの報告させていただきました。。
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雨上がり・その1

2015年02月16日 00時10分44秒 | 文芸
雨上がり

 こう雨がしつこく続くと、やたら腰や足の関節が痛んで苛立って来る。さすが年齢を感じてしまう。おとなしく引っ込んでいるのが最良の方法なのに、じっとしているのは辛い。
 しかし雨では仕事も無理だ。屋内ならまだしも、いま請け負っている仕事は屋根に上がっての作業が中心だ。いくら急かされても、手の付けようがない。ただ我慢、我慢なのだ。
 佐倉伝吉は錻力職人、それも相当年季のの入った一人親方である。既に六十半ばで、若い頃に較べ足腰の衰えは年々酷くなる自覚がある。とまれ職人てのは、本人がその気にならない限り、生涯現役を勤めようと、誰も文句を言いはしない。
 気が楽だと言えばそうだが、伝吉の場合は息子への意地で引退を避けている節がある。
 一人息子の征夫は、
「電機屋とか水道屋ならまだしも、鉄板みたいな重たいもん、屋根の上まで上げるだけでもヒーヒー言うてまうわ。夏場は焼ける屋根材の上で汗まみれの真っ黒や。そんな厄介な仕事、好き好んでやるもんはおらへんわ。俺は全然やる気あらへんで」
 学生時代に何度か手伝わせた体験で懲りてしまったのだろう。錻力屋の後を継げと言うのを、そう拒絶して家を出てしまった。
 その息子に、少々年を食らっても錻力職人として立派に通用しているところを見せてやりたくて、伝吉は踏ん張っていると言っていい。
「お父さん、お茶いれたで、こっちに来いな」
「ほうか。ほな、よばれよか」
 五十年近く連れ添って来た兼子は、いつもきめ細かい配慮を欠かさない。伝吉より三つ上の姉さん女房だが、丈夫で長持ちのタイプらしく、五つは若く見える。それに陽気で楽天的な性格は職人の女房にピッタリだった。
「よう降りよるなあ」
「ほんまや。仕事でけんで干上がってまうがな」
「なに言うとんの。こんな時には、のんびりと休んで貰わんとなあ。長い間、骨身惜しまんと働いて来て貰とるんやから」
 兼子は程好く色の出た番茶を伝吉に差し出した。お茶請けに、伝吉の大好物の栗饅頭が、ちゃんと木皿に二個載せられている。
「さっき坂田はんから電話があったんや」
「なんて?」
「見合い話やがな」
「あいつはまだ諦めんのかいな。見合いする本人が便りも寄越さんと家離れてしもてんのに、ほんまにお節介もええとこや」
「まあそない言わんと。坂田はんもええ思うて……」
「そらよう分かっとるわい。有難い思てるがな」
 伝吉は番茶を一口ゴクリとやると、放心したように天井を見やった。
「征夫がおってくれたらねえ」
「アホ。あいつの話はもうすな。けったくその悪い」
 息子の名が兼子の口から出ると、伝吉は一遍に不機嫌な顔を作った。栗饅頭を指で摘むと、まるで憎い敵を見つけたように睨んだ。
「そない怒らんでも……」
 兼子は、そんな夫を見やって、小さく頷いた。
 征夫が家を出てから五年になる。3年目ぐらいまでは盆正月と秋祭りには帰って来ていたが、ここ二年程は全く顔を見せなくて、手紙も電話もプッツリだった。伝吉が激しく文句を言ったからだと、兼子はしょっちゅう夫を責めたててくる。伝吉は無言で妻に歪んだ表情を返した。お手上げ状態だった。
 とは言え、頑固な父親はさておいても、せめてっはおやにはでんわで連絡を入れてくれても好さそうなもんじゃないかと、兼子は姿の見えない息子を恨みがましく思ったりもする。勿論、親子関係を勘当状態にした夫の責任に尽きるわけだが。
 ただこの頃は、もう諦めてしまっている。
「おい、誰か来たんと違うか?」
「え?」
「玄関が開いたんとちゃうか」
 雨のおかげで少々の物音は消されてしまう。ただ伝吉の勘は普段からいい。
 兼子は素直に立ち上がった。
 伝吉は栗饅頭を頬張りながら、窓の向こう側の鬱陶しい雨脚へ目をやった。
「あんた!はよこっちへ来て」
 兼子のけたたましい声に、伝吉は慌てて玄関へ飛んで出た。
「どないしたんや?」
 本雨滴なものが働いたのか、伝吉の両拳は握り締められている。
「あんた。ほれ、ほれ」
 兼子はもう泣き声になっていた。
 玄関に征夫が立っている。一歩下がった斜交いに若い女が寄り添っている。彼女の胸にはおくるみの赤ん坊が抱かれていた。
「お前…なんや?……帰って来たんか……」
 伝吉は呆然と、それでも息子を前にした父親の威厳を自然に保とうとしていた。
               (続く)
(1992年5月2日神戸新聞掲載)
 

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花嫁の父からの報告

2015年02月15日 10時07分20秒 | 結婚式
バレンタインディー。わたしには人生でベストテンに入るしあわせの一日になりました。31になる長女が7年交際してきた彼(父親は全く知らなかったのですが!それが母親はしていたとか。父親ってそんなものなでしようかね。複雑だけど、結果よければなんでも良しとすべきですね)とついにゴールに!神戸のハーバーランドのブライダル式場に家族で向かいました。結婚式はチャペル形式。父親として新婦の介添えで歩きました。前もって知らされていなかったので、おっかなびっくり、娘のドレスの裾を踏むまいと、もう緊張のしっぱなし。そして、この二人の結婚を認めますか?」という神父様の問いかけに、「はい、認めます!」と答えた時のうれしさは、もう最高!父親に、」数十年かかってやっと父親になれた気分でした。披露宴は各テーブルを回ってビールをつぎながら、むすめと彼女が選んだパートナーの明日をお願いする私、昨日までは自分でも信じられない姿でした。
みなさんも身近な幸せに気づいて大切に守っていってください。本当にそう思っています。
                                         花嫁の父よりの報告でした。
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ゆらゆらゆ~らりゆるぎ岩・完結

2015年02月14日 00時38分07秒 | 文芸
リューゴとお父さんは手をつないで『ゆるぎ岩』の前に立ちました。
「リューゴはお父さんよりもいい子だぞ。だから本当は片手でも大丈夫なのに、初めてで緊張したんだろ。うん、大丈夫、今度は揺れるさ」
 お父さんはリューゴに片目をつぶって合図すると、大きく頷きました。しっかりと握り合ったお父さんの手の温かさが、リューゴに勇気を与えてくれます。(よーし!)と気持ちになりました。
「リューゴ、、まず『ゆるぎ岩』にお願いしようか?」
「うん。三回手を叩くんだね」
 さっきお父さんがやっていたのをちゃんと見ていたのです。
「よく覚えていたな、リューゴ。でもただ手を叩くだけじゃないんだぞ。心の中で願いを込めるんだ。ぼくはこれからもきっといい子でいるから、揺れて下さい!って祈ってごらん」
「うん、わかったよ」
 リューゴは神妙な顔になって『ゆるぎ岩』を見つめました。そして心を込めて、パンパンと手を叩きました。お父さんも叩きました。リューゴは何度も何度も胸のうちでお願いしました。必ず揺れてみせてねと頼んだのです。
 「さあ、やるぞ!」
 お父さんがリューゴの肩をポンと叩いて合図しました。
 リューゴとお父さんは同時に『ゆるぎ岩』に手を当てました。リューゴはチラッとお父さんを見やると、お父さんもリューゴに目を向けたところでした。
「フフフフフ」
 リューゴはとても愉快な気持ちになりました。
「ハハハハハ」
 お父さんも楽しくてたまらない風です。
 りゅーごはいまお父さんとひとつになったのです。
「そーれ!」
「そーら!」
かけごえがひとつになりました。リューゴは無我夢中で手に持てる力を全部込めて押しました。お父さんも力いっぱい押しています。その迫力のすごさといったら!
「イチ、ニー、サン!」
「1、2、3!」リューゴの声とお父さんの声がぴったりとかぶさりました。思い切り押すと、リューゴは天を仰ぎました。
青い空。日差しを遮る木々の枝が来い影になってそよいでいます。
(そよいでる?)
そうです。『ゆるぎ岩』のてんっぺんを見ると、陰になった枝の動きと一緒になって待っています。
おや?どうやら風がでてきたのか、枝の揺れが少し激しくなりました。いや、違います。風で枝が揺れているにしてはちょっぴり変です。木の枝は青い空に描かれて動いていないのに気づきました。すると……?
「リューゴ、見てみろよ。揺れてるぞ!揺れているんだ、『ゆるぎ岩』が……!」
「うん、揺れてる。『ゆるぎ岩』が揺れているよ、お父さん」
リューゴはもう大感激です。嬉しくて目が潤みます。目の前がぼやけて、『ゆるぎ岩』のてっぺんがよく見えなくなりました。
「おう!リューゴ、お前、いまお前ひとりで『ゆるぎ岩』を揺すっているじゃないか。すごいぞ!」
「え?」
 リューゴはお父さんの声にびっくりしてキョロキョロ見回しました。でも、お父さんは消えてしまいました。
「お父さん……!」
 心細くなって声もちいさくなりました。
「リューゴ、お前のすぐ後ろにいるぞ。お前の腰を支えているんだ」
 そうです。誰かがしっかりとリューゴの腰を支えてくれています。それはお父さんだったんです。それじゃあ、いま『ゆるぎ岩』を揺らせているのは本当にリューゴひとりの力なのです。でも、でも……慌ててリューゴは上を見上げて確かめました。
『ゆるぎ岩』はちゃんと揺れていました。夢でもまぼろしでもありません。リューゴはみるみる嬉しさに包まれました。
「えい、えい、えーい!」
 リューゴは調子に乗って何度も何度も押し続けました。

 お父さんはゆっくりと急な坂になった山道を歩いて下りました。山道はのぼるより下りる方が大変です。それに、お父さんの大きい背中には、おんぶされたリューゴがスヤスヤと眠っています。起こさないように、危なくないようにと、自然に慎重な足取りになります。
「おい、リューゴ」
 ソーッと名前を呼んでみましたが返事はありません。背中越しに可愛いイビキが伝わってきます。
(ふふふ。よっぽど疲れちゃったんだな)
『ゆるぎ岩』が揺れたのが、よほど嬉しかったのでしよう。リューゴはクタクタになるまで懸命に岩肌を押し続けたのです。山を下りはじめると眠気に襲われてフラフラとし始めたので、お父さんはおんぶしてやりました。
「……お父さん……」
「ん?」
「……ゆれたよ、ほら揺れたよ……」
 リューゴの寝言でした。
「…ぼく…ぼく、いい子だね。……」
「ああ、最高にいい子だよ。『ゆるぎ岩』だって認めて句たろう、リューゴはいい子だって」
 お父さんは顔を輝かせて、グィと空を見上げました。爽やかな風が優しくお父さんの顔を撫でて流れていきます。 (完結)            

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愛の絵手紙

2015年02月13日 15時09分03秒 | Weblog
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ゆらゆらゆ~らりゆるぎ岩・その3

2015年02月13日 00時16分40秒 | 文芸
『ゆるぎ岩』の感触はひんやりしています。それにザラザラしたものが手のひらにくっつきました。
(お願いだよ。『ゆるぎ岩』、揺れてよ。ぼく、ズーッといい子でいたんだから。これからも、もっともっと頑張っていい子になるんだから)
 リューゴは自分の手に二倍はありそうな岩肌の手形の枠の中へ手を当てました。
「うん。よーし!じゃあ押してみろ」
 お父さんが大声で言いました。自分が押しでもするように手をゲンコに握り締めています。
「よいしょ!」
 リューゴは掛け声をかけて、力いっぱい押しました。
「いいぞ、リューゴ、もっと押し続けろ」
 お父さんの声が、リューゴの頭の後ろからかかりました。
「うん、わかった、お父さん。よいしょ、よいしょ、よいしょーっと」
「よいしょ、よいしょ、よいしょーっと!」
 リューゴの掛け声に合わせて、お父さんも同じように掛け声を掛けます。お父さんは、もう嬉しくて嬉しくてたまらないのです。
「よいしょ!」
「よいしょ!」
 リューゴは期待いっぱいで上を見上げました。お父さんも同じように見上げました。
(さあ、揺れろ……1、2、3……!)
 リューゴは心を込めて号令をかけました。『ゆるぎ岩』がリューゴの願いに応えて、ゆらーっと揺れやすいように……。
「あれ?」
「う?」
『ゆるぎ岩』は揺れません。ちっとも揺れる気配はありません。どうして?リューゴがこんなに懸命になっているのに、一体どうなっているんでしよう?
 リューゴは(アッ!)と思いました。やっぱり心配した通りになったのです。リューゴは『ゆるぎ岩』にいい子だと認めて貰えないみたいです。リューゴはガッカリしました。体中の力が抜けてしまいました。くにゃくにゃとお父さんの腕の中に身を任せました。
「おい、大丈夫かい?」
 お父さんはしっかりリューゴを抱きとめました。
「……お父さん…ぼく、ぼくって……悪い子なの?」
「何だって?」
 お父さんはリューゴに思いがけない質問をいきなりされてビックリしました。
「……ぼくさあ、ダメな子なの?いけない子なの?」
 リューゴは悲しくてたまらない顔つきでお父さんを見上げました。涙が胃尼にもこぼれそうです。お父さんはすっかり戸惑ってしまいました。
「だって…だって…動かないよ、揺れてくれないよ、『ゆるぎ岩』が。ちっとも揺れない……」
(ハハーン!)
 お父さんはやっと分かりました。きれいでよい心の持ち主でないと、『ゆるぎ岩』は絶対に揺れないんだ。そうお父さんが話したのを、リューゴはたやんと覚えていたのです。だから、『ゆるぎ岩』が全然揺れなかったので、自分は悪い子なんだと、ひどくショックを受けているのです。何とかしないと……。
「ああ、ちょっと待てよ、リューゴ」
 お父さんは首をひねって見せました。
「なに?お父さん、どうしたの?」
「うん。いま思い出したんだ。そうだそうだそうだったんだ。お父さんが初めて『ゆるぎ岩』を押した時のことだ」
「揺れたの?」
 リューゴはお父さんの話をひと言も聞き漏らすまいと、ちいさな体を乗り出しました。
「そうなんだ。揺れたから、もう嬉しくてたまらなかったよ」
 リューゴはお父さんの言葉にガッカリしました。
(ぼくが押しても揺れなかったのに、お父さんの時は揺れたんだ。やっぱり、ぼくは悪い子なんだ……)
 リューゴがしょぼんとすると、お父さんは頬笑んで、こう言ったのです。
「お父さんひとりで揺らしたんじゃないんだ」
「え?」
「実はな、お父さんのお父さんが、一緒に押してくれたんだ」
「おじいちゃんが…一緒に、押したんだ」
「そうさ。リューゴと同じ一年生の頃のお父さんは、もうイタズラばっかりしてさ、そんなお父さんが『ゆるぎ岩』を押しても揺れないだろうと心配したおじいちゃんが、お父さんの手を取って一緒になって岩を押してくれたんだ」
「へえ」
「そしたらな」
「うん」
「揺れたんだ、あのでっかい『ゆるぎ岩』がゆらゆらと揺れたんだ!」
 お父さんは笑って大声を上げました。
「そうか。おとうさんも……揺れなかったんじゃないか。おじいちゃんの手助けがなかったら……」
 リューゴはホッとしてお父さんを見ると、お父さんの目とぶつかりました。次に『ゆるぎ岩』を見ました。また、お父さんを……キョロキョロとリューゴの目は動き続けました。
「よーし!今度はお父さんと力を和え褪せて、一緒に『ゆるぎ岩』を押してみようじゃないか」
「うん!」
 リューゴは元気いっぱい返事をしました。             (続く)
(1994年8月創作)
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ゆらゆらゆ~らりゆるぎ岩・その2

2015年02月12日 01時04分36秒 | 文芸
お父さんは嬉しそうに説明してくれました。
「お坊さんは村の人たちにこう言ったんだ。この岩は、いい心の持ち主ならば、ちょっと押すだけで揺れるが、悪い心の持ち主は、どんなに力をこめて押そうとも決して揺れない。びくともしないだろうってね」
「フーン。不思議な力なんだ」
「そうなんだ。だから、村の人たちはいつ押しても岩がちゃんと揺れてくれるように、いつも心がきれいで優しくいられたんだってさ。おしまい」
 お父さんの話はリューゴの心の中にしっかりと残りました。それで、いつも優しくきれいな心でいようと努力をしてきたのです。だから『ゆるぎ岩』は揺れてくれるはずです。
 でも、実はリューゴには不安もあります。だって、お母さんのお手伝いをしなかったり、駄々をこねて困らせてみたりと悪い子の時の方が多かった気がします。
(もしも『ゆるぎ岩』が揺れなかったら、どうしよう?)
 リューゴは小さな胸をドキドキさせました。
「さあ替わろうか。こっちへ来てごらん」
 お父さんは『ゆるぎ岩』から手を離して言いました。
 リューゴは緊張してコチコチになりました。だから「うん」と返事をしたつもりなのに、実際は声が出ていません。
「うん?リューゴ、どうかしたのか」
 お父さんもリューゴの様子がいつもと違うのに気がついたようです。
「……お、お父さん…?」
 やっと声が出ました。
「ぼく……もう押さなくていいから……」
「あんなに楽しみにして待っていたじゃないか」
「で…でも……きょうはいいんだ、もう」
 お父さんは「ハハーン」と気が付きました。
「リューゴ、怖いんだろ?もし揺れなかったら、悪い子だってばれちゃうって」
「怖くなんかないよー!ぼく、一年生なんだぞ。それに…それに、ぼく、悪い子じゃないからね」
 リューゴはむきになって言い返しました。
「そうだそうだ。リューゴはもう一年生だもんな。それに、そんなに悪い子じゃない」
 いい子っていうところをお父さんは少しふざけて言いました。そして急に真面目な顔になりました。
「実はな、リューゴ。お父さんも子供の頃、そうだ、ちょうどリューゴと同じ一年生だった。初めて『ゆるぎ岩』に連れて来て貰ったんだ。『ゆるぎ岩』を前にしたら、なぜかブルブル震えだして手がだせなくなってしまったんだ」
「ほんとう?」
「ほんとうさ。いまにも倒れてきそうな気がしたし、押しつぶされたらどうしようって思ったんだ。足元だって、崖になってて、なんか目がクラクラしてさ……」
 リューゴはがっかりしました。
(ボクが怖いのは、いくら懸命に押しても『ゆるぎ岩』がびくともしなかったらって……動いてくれなかったら、ぼくは悪い子になっちゃうんだぞ)
「よーし!お父さんがリューゴの身体を支えといてやるから大丈夫だ、な。さあ安心して思い切り押してみろよ」
 お父さんはリューゴの肩にそーっと手を置きました。
 仕方ありません。こうなったらやるしかないようです。
 リューゴは勇気を出して一歩前に足を踏み出しました。目の前にゴツゴツした岩肌が迫ります。思わずリューゴは目をつぶりました。
「よし!さあいくぞー!
 お父さんはリューゴの腰に手を当てました。お父さんの力強さが伝わってきます。
 リューゴは目を開けました。もう覚悟は出来ました。両手を岩肌に向けて突き出しました。岩肌の感触が……!
「いいぞ。よしよし、いいか岩肌にペンキで書いてある手阿多に掌を合わせてごらん」
 リューゴにもう迷いはありません。『ゆるぎ岩』は絶対に揺れてくれるんだと信じました。あんなに頑張っていい子になってきたんだ。『ゆるぎ岩』はきっと知ってくれているはずです。偉いお坊さんがプレゼントしてくれた奇跡の御神体なのあから。
 リューゴは手を前に突き出しました。
(続く)
(1994年8月創作)



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