老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

1396;月 命 日

2020-02-11 16:41:54 | 阿呆者
南湖公園 / 老木に咲いた桜の花

月 命 日

昨日は10日 父親の月命日であった。
月命日は年に11回訪れ、故人を偲ぶ。
父親が亡くなった7月10日は「祥月命日(しょうつきめいにち)」と呼ばれる。
父親が亡くなって半世紀が過ぎた。

父親が夢に出ることがある。
老いた父親の顔は見たことがない。
父親の顔は43歳で止まっている。


そう考えると 「月誕生日」という言葉を聞いたことがない。
月誕生日なんぞあったら、親はたまったものではない。
そのたびにプレゼントを買わなければならなくなる。
月命日のときは生花や故人の好きな食べ物をお供えとしてあげるけれど・・・・

またおかしなことを書いてしまった。

1395;高齢者の脱水症状

2020-02-11 04:07:22 | 老いの光影 第6章 「老い」と「生い」
高齢者の脱水症状

担当している98歳のお婆ちゃんが「水を飲まない」ため、
脱水症状が深刻な状態にあるのでは、と危惧している。
長男夫婦に「救急車を呼び、受診を促すも」、
救急車を呼んでも本人が拒否するから、と・・・・。

人間の体の6割(高齢者は5割)は体液(水)である。
体内に必要な水分量と塩分量が十分でなくなると、脱水症状が起きる。

98歳のお婆ちゃんのように
老人は自分が脱水症に陥っても気づかない。
特に認知症を抱えた老人も「喉が渇いても、水を飲む」ことが
”知らない” ”できない” ために、脱水症になりやすい。

経度の脱水症状
皮膚の乾燥がみられる 👉 唇がカサカサし、口の中が乾燥している
ボ=ッとしたり、うとうとしている(傾眠状態)

中度の脱水症状
頭痛や吐き気を訴える
トイレに行く回数が少ない 👉 汗や排尿の量が減っている
嘔吐や下痢

重度の脱水症状
話しかけても反応がなくなり、意識がもうろうとしたような状態
             👇
ひどいときは、意識喪失や体の痙攣が起こったりする


老人は脱水になりやすい

98歳のお婆ちゃんのように超高齢になると(誰もそうなるわけではない)
食べる量が減ったり、食欲低下や嚥下機能が低下すると 👉 水分が不足する

体が不自由になり、介護が必要になったりすると、
「迷惑をかけたくない」ということで      👉 トイレに行く回数を減らす
                              👇
                          意図的に水分を摂らない

心不全などの症状がある人は、利尿剤を服用していることが多い
              👇
尿の量が増え、体液が減少しやすくなるので、水分を多めに摂ることが必要

筋肉のなかに多くの体液を含んでいる
(暑いときや運動をすると若い人は汗がでやすい)

老人になると筋肉量が減りがちで、体液も減り汗がでにくい 
               👇
水分を摂ることで、少なくなった体液を補充できる

98歳のお婆ちゃんの息子に
「脱水症状が重度になると意識がなくなるよ」、と話しても
危機感がなく、「大丈夫だ」の一言

水を飲め、飲め、と言われても、飲めるものでもない、。
「饅頭があるから、一緒にお茶でも飲もうか」、と誘う
また、一緒に飲むことで、相手もお茶を口にするかもしれない

脱水になって嬉しいのは洗濯機の脱水機能だけである







1394;宮本輝『いのちの姿』完全版 集英社文庫

2020-02-10 05:16:13 | 読む 聞く 見る


宮本輝『いのちの姿』完全版 集英社文庫 ★★★☆☆

宮本輝さんの自伝的随筆で19の話が収録されている。
宮本さんは、『いのちの姿』の最後の2行に
「命なんと不思議なものであろうと思った。
命よりも不思議なものが他にあるだろうか」
(187頁)

”文庫本あとがき”のなかでも、
「人間も植物も虫も、みんないのちであり、
一個の石ころさえもいのちに見えるときがある。
風にも大気にも雨にも雲にも、いのちの菅田を感じる。
いのち以上に不思議なものはない」
(192頁)

宮本輝さんの小説は、自分は過去において『錦繡』の一冊しか読んでいない。
彼自身がどのような人生を過ごされてきたのか、
『いのちの姿』を通し、知ることができた。

少年時代は貧しい生活にありながらも
様々な人たちとの出会いやつながりやとんでもない体験をされてきたこと
約40年間、パニック障害を患い克服された体験や
重度の肺結核を患いながら小説を書きあげてきたこと等々

『いのちの姿』に登場してきた作家自身も含め、
どの登場人物の生きざま(生きてきた姿)を書かれている。
宮本さんは、人間を見ていくとき「どれだけの人生に触れ、そのどの急所に目を向けてきたか」(52頁)

パニック障害を体験し克服した宮本さん
「どんな病気も、かかった人でないとその苦しみはわからないというが、
まことにそのとおりであって、この病気と無縁の人にしてみれば、
電車に乗ることがなぜそんなに恐怖なのか、なぜ死地におもむくほどの恐怖と
決意を要するのかと笑うであろう」
(70頁)

土曜に読み終えた葉室麟『螢草』双葉文庫の279頁に、菜々は
「生きていると楽しいことばかりではありません。辛いことがいっぱいあるのを知って
いるひとは、悲しんでいるひとの心がわかり、言葉でなく行いで慰めてくれます。」


病気だけでなく介護においても 他者の痛みが少しでも「わかる」ようになること
老人介護やその相談にかかわるときに、「どれだけの人生に触れ、そのどの急所に目を向けてきたか」
その言葉にはっとさせられた。

にんげんのうしろ姿は、寂しさを感じるけれども、
宮本さんは、その人のうしろ姿を心に甦(よみがえ)らせることから始める。(10頁)
いのちを大切にする
それはいのちの尊さと人間のどの急所に目を向けるか、を宮本さんの19のエッセイから教えられた。










1393;怠惰ないち日

2020-02-09 20:04:26 | 阿呆者
結城紬の街風景


怠惰ないち日

今日も休日
やるべき仕事はあったのだが
本読みに耽けと録画撮りの『螢草』鑑賞、そして昼寝、怠惰ないち日に終わった。
今日手にした本は、宮本輝さんの『いのちの姿』完全版 集英社文庫。

wifeは疲れが溜まったのか、頭痛と高熱、風邪症状で「臥床」にある。




1392;葉室麟『螢草』

2020-02-09 07:04:14 | 読む 聞く 見る
葉室麟『螢草』双葉文庫  ★★★☆☆

昨日の土曜日
仕事は忘れ 陽射し入らぬようカーテンを締め
読書に耽る

葉室麟さんの小説を手にしたのは今回で3作目
文章が優しく読みやすい

16歳の菜々(武士 風早家女中)は、露草の花が好き。
露草をじっと眺めるだけで幸せな気持ちになる。
「早朝、露が置くころに一番きれいに咲いて、昼過ぎにはしおれてしまう」(10頁)
佐知(風早市之進の妻)は、菜々に露草の話をする。
露草は、万葉集では「月草」、俳諧では「螢草」と呼ばれていて、
「きれいで、それでいて儚げな名です」(10頁)
「螢はひと夏だけ輝いて生を終えます。だからこそ、けなげで美しいのでしょうが、
ひとも同じかもしれませんね」
(10頁)
そして、佐知は露草のことを、菜々に「命の花」でもあると話している(184頁)

佐知は、労咳(ろうがい)と疲労がたたり
鈴虫が鳴く秋に二人の幼子を残し亡くなった。
佐知は菜々に「ひとは、皆、儚い命を限られて生きているのですから、
いまもこのひとときを大切に思わねばなりません」
(126頁)

佐知は女中の菜々を妹のように可愛がり、いろんなことを教えてきた。
佐知の名は「幸」を連想し、彼女の命は露草の如く儚げであり短命であった。
露草は儚い名
螢も、蝉もひと夏の儚い命
人間の命も儚く限られている。
そこには無常という言葉を思い浮かぶが、
この『螢草』の小説は無常観という寂しさ,空しさを感じさせない。

螢は夜 黄色の光を発し輝き
蝉は樹の陰で懸命に鳴き声を発し
ひと夏の儚い命を燃え尽き生きてゆく。
螢や蝉に比べ人間の命はかなり長いが
人生の時計は早く、気がついたときには老人の姿になり
人生の儚さを知る


        (yahoo 露草の画像より引用)

人間も螢や蝉と同じく、儚い命であるがゆえに、いまという瞬間を大切に生きてゆかねば、と思う。










1391;左手に「牛乳」 右手に「コカ・コーラ」

2020-02-08 10:11:59 | 阿呆者


左手に「牛乳」 右手に「コカ・コーラ」

牛乳とコカ・コーラの組み合わせは微妙
左手に「牛乳」 右手に「コカ・コーラ」を持って飲んだら
お腹は吃驚するかな・・・・

牛乳は骨を元気にする飲み物とされ
コカ・コーラは骨が弱くなる、と言われているが
本当か嘘か、わからない

いまの自分は骨粗鬆症の持病を抱えているので
コカ・コーラは良くない飲み物、と思っているが
ときには誘惑に負け飲みたくなるときがある
そのときはコカ・コーラを手にし、sukkattoする味に酔いしれる

コカ・コーラを飲むときの「つまみ」は
キャラメルコーンが一番お似合いかな

ピザ
ナビスコ リッツ
焼きそば
焼き肉(ビールの方がよいのだが、いまは飲めなくなった)
などを食べるときは、コカ・コーラがあると嬉しい

牛乳は
あんぱん
(左手に瓶牛乳、右手にあんぱん)

冷やご飯に牛乳をかけて食べるのも最高
(食欲が進まないときやおかずがないときに牛乳かけご飯)

1390;「吾亦紅」(すぎもとまさと)から母を想う

2020-02-07 17:48:16 | 老いの光影 第6章 「老い」と「生い」

「吾亦紅」 すぎもとまさと
作詞:ちあき哲也、作曲:杉本真人、唄:すぎもとまさと

白髪混じりの親不孝息子は
ふと母親が眠る故郷へ帰り
墓参りをする

マッチを擦れば風が吹き
線香がやけに つき難い

吾亦紅を見ると母を思い出す

盆の休みに 帰れなかった
俺の杜撰(ずさん)さ 嘆いているか
あなたに あなたに 謝りたくて
仕事に名を借りた ご無沙汰
あなたに あなたに 謝りたくて
山裾の秋 ひとり会いにきた
ただ あなたに 謝りたくて…… 


自分も 仕事に名を借りた ご無沙汰ばかりして
十数年も北海道へ帰らなかった

小さな町に 嫁いで生きて
ここしか知らない 人だった……
それでも母を 生ききった

令和2年1月から2月初めにかけ
3人の老母が亡くなった
自分の母も含め
母たちは 
小さな町に 嫁いで生きて
ここしか知らない 人だった……

東京 ディズニーランドも知らなかった
それでも母は 小さな町で生ききった

あなたは あなたは 家族も遠く
気強く寂しさを 堪(こら)えた
あなたの あなたの 見せない疵(きず)が
身に沁みていく やっと手が届く


いまは 小さな町に 独り住む老母もいれば
同じ屋根に下で息子夫婦と住む老母もいる
どちらの老母も
気強く寂しさを 堪(こら)えてきた

老い初めてきた息子に疎まれ傷つけられても
老母は寂しさを堪えてきた
寝たきりになっても 認知症になっても
子を想う老母の気持ちは変わらない

母と同じ年に生まれた老女に出会うたび
母が生きていたら今年で93歳になる

老母にできなかった優しさ
そのできなかった優しさを
3人の老女に
どれだけかかわりあいを持ったのか
線香をあげながら振り返る

髪に白髪が 混じり始めても
俺 死ぬまで あなたの子供…


小さな町で生ききった
3人の老母に
自分の母に
「おつかれさま」「ありがとう」の言葉を呟き
「俺 死ぬまで あなたの子供」で幸せでした

1389;深夜に電話とlineの音が鳴る

2020-02-07 05:57:51 | 老いの光影 第6章 「老い」と「生い」
深夜に電話とlineの音が鳴る

食と水を摂ることができず
絶食のような状態ながらも
生きてきた93歳のお婆ちゃんが
深夜に息を引き取った。
(ご冥福をお祈り申し上げます、合掌)

長男と訪問看護師から
電話とlineが入る。

それから起きだし
零時半過ぎキャンバスを運転し
彼女が眠る家に向かう。

紺色と白色を基調とした踊りの浴衣を着
安らかな顔で眠られていた。

93年の人生お疲れ様
50代のときにご主人に先に逝かれ
ご苦労された、と思います。





1388; 白内障の手術日決まる

2020-02-06 13:22:32 | 阿呆者
コカコーラの車 赤色と白の文字 いつ見ても飽きない 本文とは関係ない

白内障の手術決まる

感染症科医師より
令和2年5月27日に右目の白内障手術は
大丈夫で、ということで
手術が決まった。

約4箇月先のことだが
早く来い来い5月〜〜

クレアチニンの数値が1,7と悪く
腎臓の状態は良くない
1週間後に再受診となった

私的なブログになってしまった

1387; いま、病院です

2020-02-06 08:31:08 | 阿呆者
スターバックスの壁ポスター

いま、病院です

いま、病院です。
採血、採尿のけんさが終わり
診察待ち

今日は腎臓外科と感染症科を受診
診察まで90分の時間あり
院内スターバックスでお茶をしているところ

杖を忘れてしまった
杖なくても歩行はできるけれど
あった方が楽
杖を忘れるくらいだから
杖は無くてもいいのか、と思うも
足の運びがイマイチ

1386;『誰にもわからないひとり介護の辛さ』

2020-02-05 06:41:23 | 老いの光影 第6章 「老い」と「生い」
気持ちが折れそうなとき 青い空を見上げる

『誰にもわからないひとり介護の辛さ』

或る介護ブログに『誰にもわからないひとり介護の辛さ』が書かれてあった。
私自身唸り打ちのめされた
それでも「お前よどこまでひとり介護の辛さがわかっているのか」、と
声が聞こえてきそうだ。

自由気儘に家族をかえりみず生きてきた親や連あいほど
貯金も余りなく年金もかけてはこなかった。
使える介護サービスはあっても、介護に使える金は限りがある。
残されたものは、ひとり介護者の介護力のみ。

頼る人はいない
ケアマネジャーがいるじゃないか、と言われても
どこまで親身になって相談してくれているか
月1回の訪問でどこまでわかってくれているか。

兄弟姉妹叔父叔母が居ても
自分の生活だけでいっぱいいっぱい。
結局はひとりの介護の辛さが、重くのしかかる。

やり切れない介護、辛いか介護の日々のなかで
生きるってなんだろう、と溜息をついてしまう。

「私の人生ってなんだろう」
大切な時間を奪われ失い、気がついたときには
身も心も抜け殻になり生きる気力さえも失ってしまう。
そんな辛さを誰にぶつけたらいいのか。

認知症になった老親
どこまでわかっているのか
どこまで惚けているのか
わからないけれど
「ありがとう」の言葉があるだけで
辛い気持ちは救われる。

「どこまで生きればいいのか」
それは「どこまで介護をし続ければいいのか」
それとも「どこまで介護をすればいいのか」
という言葉にも置き換えられる。

1917年11月に掲載、一部書き直しあり



1385;空白のページ

2020-02-04 04:07:08 | 老いびとの聲
空白のページ

何も書くことが無い訳ではないのだが
頭のなか”がごちゃごちゃ””して、まとまらない。

wifeが、浴槽のなかで
使い切ったラベンダー入浴剤の容器を
逆さまにしてお湯のなかに入れ
容器を反転させている。

”ブクブク.。o○”と泡と同時に音が出る様をみて
笑い声を出し楽しんでいる。
幼児の頃、”ブクブク.。o○”を見て
お風呂のなかで”おなら”をした音に似ていて
声を出し笑ったことがある。

今日は、30キロ先の総合病院で眼科受診
(自治医大付属病院眼科医の紹介状を持参)
白内障の手術がいつできるか、また不透明
昨日は夕陽に向かいながらの車の運転はかなり神経を使う

眼底検査もあり帰り路の運転は危ない、ということで
wife同伴

診察を終えたら
口は「健康」なので
美味しい物でも食べてこようか、と密かに思っている
wifeは、焼き肉と甘味に「目がない」。

浴槽のなかで入浴剤の容器をひっくり返す笑顔より
甘味を口にするときの笑顔の方が( ^ω^)・・・





1384;聴こえる言葉に・・・・

2020-02-03 03:17:53 | 老いの光影 第6章 「老い」と「生い」
聴こえる言葉に・・・

93歳の老女の喉は
食べ物、水を飲み込むことが
日増しに難しくなってきた。

唇は渇き始め
ガーゼを水で湿らせ唇をなぞる

息子、娘、孫、ひ孫も訪れ声かけるも
頷くも言葉が返って来ない

93歳の老女の脳裏は
生きてきた風景を想いだしているのであろうか

彼女を励まそうと
遠い親戚にあたる男性老人(88歳)が
彼女の家を訪れた。
(デイサービスの職員が付き添う)

「元気になってよ」の言葉が
彼女の耳に届き
声弱に「ありがとう」、と返す。

デイサービスで仲良しの二人
彼女の手を握り励ます爺さん
爺さんの目は涙で潤んでいた



1383;お金は「無い」より「有る」方がいい・・・・でも、それよりも・・・・

2020-02-02 06:10:08 | 老いびとの聲
お金は「無い」より「有る」方がいい・・・・でも、それよりも・・・・

お金は「無い」よりも「有る」方がいい
ウインドウショッピングをしていて
「これ欲しいな~」「これ買いたいな~」と思うときがあるけど
財布と相談すると、厳しいかな、と その場で諦めてしまう。

我が財布 紙幣よりも小銭(硬貨)で膨らむ

病気でいるよりは健康の方がいい
老い齢を重ねると病気が付いてくる

衣料費を削り医療費に充てる 年金暮らし

その日暮らしできれば、それでよし
大切なのはお金よりも家族の絆
在宅介護を通し 家族の思いの深さを知る

かけて欲しいのは 言葉かけ(声かけ)
かけて欲しくないのは おしっこ

外してはならない 入れ歯
外れて欲しい 紙おむつ

忘れたくても忘れないのが 過去の過ち
忘れたくない 家族と私の名前
忘れたことも忘れてしまう私

線路はどこまで続いても終着駅がある
介護はどこまで続くか 先が見えない不安
雨のあがらない空はない
雨上がりの空に虹がかかる

1382;辻井伸行×平原綾香【ジュピターin長崎】Jupiter by pianist Nobuyuki Tsujii and singer ayaka hirahara

2020-02-01 10:50:28 | 歌は世につれ・・・・
辻井伸行×平原綾香【ジュピターin長崎】Jupiter by pianist Nobuyuki Tsujii and singer ayaka hirahara


自分という存在
無限なる宇宙からみれば
塵よりも小さい
そんなちっぽけな自分
何ができるの?

私のこの両手で 何ができるの?
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じて あげられないこと


涸れ果て 死臭が漂う
微かに聴こえる あなたの聲
なにもできず 傍らで手を握りしめ
見送るだけのわたし

心の静寂(しじま)に 耳を澄まして

私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに


安堵した表情で眠る
あなたが遺したひとつの人生に想いを馳せる

線香の煙が立ち昇り
静寂な時空間のなかで
あなたは眠る

わたしの心のなかに 
あなたは生きている

私たちは誰も ひとりじゃない