まさかそんなことが現実に起きるなんて、
と思うようなことが次々起こる、
世界はどんどんおかしくなっていってるようで。
それでも、自分の周りは一見なんの変化もなく
日常が続いていることに心がザワザワしたりする。
先日読み終えたばかりの
『音楽の危機 《第九》が歌えなくなった日』の中で、
終わりも起伏もないミニマル系ミュージックが
快適で変化のない「今」がずっと続いていく
「終わりの先送り」の時代を表象している、というあたりに
何か薄ら寒いものを感じた。
それは同じことの繰返しのようで
少しずつ変化していて気がつくと違うものになっている、
でも、それもまた受けいれて繰り返されていく。
上澄みの快適さに揺蕩いながら
本当はその底にある不安定さや濁り、澱みを
感じていながら見ないふりをして過ごすようなイメージ。
そして、その快適な日常は
天災、あるいは人災で、突然壊れることもある。
『語りきれないこと』の第2章では
都市の脆弱さ、異様さについて言及されている。
それは遠野で菊池さんが話してたことと全く一緒。
ずっと漠然とした不安や、何かを変えた方がいいはずだという思いを
抱えながら、でもやはり、他の多くの事や人と同じように動けずにいる。
戦争は今までも世界のあちこちで続いているのだし
急にナイーブになったところでどうなのかとも思うけれど。
ちょうど読んでいた本と重ねて考えられたりして
気持ちが揺らいでいた。
こんな時、おい岩さん(@oiwate)なら…と思ったら
ちゃんとツイートされてて、やさしい言葉がまた沁みた。
もうすぐ3月がくる。
椿紅静月×松浪千静×豊澤住静
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►活動予定
2月27日(日) 女流義太夫演奏会 瑠璃の会@国立文楽劇場小ホール
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