休日はデジカメ持ってぶらぶらと📷

アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

二上山博物館 ~會津八一歌碑~

2019-06-30 17:34:43 | 文学をたどる

 香芝市二上山博物館に、平野塚穴山古墳と呼ばれる7世紀に築造された古墳についての公開講演会があり、参加してみることにした。二上山博物館は、二上山から産出される三つの石、サヌカイト、凝灰岩、金剛砂を扱った博物館である。二上山は、香芝市の東端、大阪府との境にあり、古くは、「万葉集」などにも、その姿は取り上げられている。

 

 講演会まで、しばらく時間があり、特にすることがないので博物館の周辺をうろうろ。博物館の前には、二上山から産出される凝灰岩で作られた石棺の蓋が二つ(一つは複製)並べられている。

狐居城山古墳の外堤から発掘された石棺の蓋。船形石棺と言われており、珍しいものだそうだ。

 香芝市内にある阿弥陀橋にある長持型石棺の複製。これも狐井城山古墳から出土したものだそうだ。

 そして、見つけたのが、入り口の右手にある會津八一の歌碑である。

 

 歌碑には、「あま つ かぜ ふき の すさみ に ふたかみ の を さへ みね さへ かつらぎ の くも」と刻まれている。

 會津八一は、大正の初め頃、法隆寺や當麻寺などを訪れている。その時に詠んだ歌は、自註鹿鳴集に何首が収録されているが、歌碑に刻まれている歌も、二上山をのぞみてと題して、同書に収録されている。

 空を吹く風が荒れている、二上山の嶺に葛城の雲が覆っているという感じの歌なのかな。自註を読むと、神々が宿る二上山の神秘的な姿に感化されて詠んだ歌のようだ。

 二上山は、大和側から見ると、日没の時など非常に素晴らしい景色を見せてくれる。そういった姿に惹かれて詠んだのだろうか。残念ながら、この日は一日雨模様、二上山の姿は見ることができなかった。

 

 この歌碑は、會津八一が、二上山の姿に感化されて読み上げた歌である。何となく秀歌のような気がする。ちなみに、八一がここの地を訪れたかどうかは定かではない。


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