WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

革新者としてのフランク・シナトラ

2006年12月03日 | 今日の一枚(E-F)

●今日の一枚 94●

Frank Sinatra 

For Only The Lonely

Watercolors  保守的なエスタブリッシュメントの権化、マイ・ウェイの懐メロおじさん歌手、それが私のフランク・シナトラに対するイメージだった。かつてカウンター・カルチャーにシンパシーを感じていた私は、シナトラなど一度も聴いたことがなかったのに、勝手にそういうイメージをもっていたわけだ。

  親近感を持ったきっかけは、私の大好きなMy one And Only Love という曲に関するエピソードからだった。誰も見向きもしなかったこの曲は、シナトラが見出してレコーディングしなければ、これほど世に知られることはなかっただろうという話だ。知ったのは、つい2~3年前のことだ。 

 考えてみれば、シナトラも初めから成功者だったわけではなく、そこにはチャレンジと挫折があったはずだ。1940年代までに10代の女性のアイドルとしての人気を決定的なものにしたシナトラも、40年代後半から50年代初頭までは、喉の病気による不遇の時代があった。幸運にも映画の脇役に抜擢されて、奇跡的なカムバックと果たしたのは1953年のことだった。芸能人としては格落ちの脇役であったにも関わらず、シナトラは軍隊内の虐待で惨めに死んで行く兵士を熱演してチャンスをものにしたのだった。一方で彼は、発声法を研究し、自然で情感溢れる曲解釈などジャズボーカルの新しいスタイルを作り出していった。マイクの特性を研究してその使い方を工夫し、またマイクをスタンドからはずして、声量をコントロールするなどの技術を最初に試みたのも彼だったという。これはマイクを楽器として考えるということであり、当時としてはかなり斬新な発想だったのではないか。他のブログで知ったのだが、アヴァンギャルド音楽家のジョン・ゾーンはかつて、「フランク・シナトラはある意味でチャーリー・パーカーに匹敵するほどのジャズ・インプロヴァイザーである」と評したこともあるのだそうだ。 

 否定的な先入観を取り払って耳を澄ませば、そこには素晴らしい音楽があった。1958年録音の『オンリー・ザ・ロンリー』。薄暗い闇の中から孤独の煙がひっそりと昇ってくるような音楽である。単なるセンチメンタリズムという枠ではとらえきれないような、根源的ともいえる孤独の匂いが確かに感じ取れる。例えば、② Angel Eyes 、⑥ Good-bye の孤独感は一体何だ。金満歌手のやっつけ仕事などでは決してない。血をにじませ、身を削り生み出した音楽としか思えない。解説の三具保夫氏が記すように「破滅の淵を垣間見る旋律のアルバム」というべきであろう。 

 若き日、そして恐らくは年老いてからも、シナトラは音楽と格闘し、孤独な戦いを続けていたに違いない。


レオン・ラッセルは色褪せない

2006年12月03日 | 今日の一枚(K-L)

●今日の一枚 93●

Leon Russell    Will O' The Wisp

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 古き良きロック……、私にとってそれはレオン・ラッセルと同義であるといってもよい。何か新しいことをやろうとしても、過去にすでにやられてしまっている、それが現代のロックミュージックの困難のひとつであることは想像に難くない。斬新な作品を創造するには、ずば抜けたオリジナリティーか、奇をてらう行為かが必要といったところだろう。けれど、かつて自分の感性やアイデアを素直に表現できる時代が確かにあった。レオン・ラッセルはそんな時代の真の天才というべき人物だ。

 ファンキーで粘っこい南部的なサウンド、うねるようなアクの強いボーカル、そして何より美しい曲を創り出す能力、それがレオン・ラッセルだ。南部の土着的な節回しとビートに身体が共振し、切なく美しいバラードに心が震える。1970年代のロックシーンに「天才」と呼ばれる人物は数多あれど、私にとって第一に挙げるべき人である。本当は、そんなことはずっと前からわかっていたのだが、つい最近たまたま聴きかえす機会があり、その確信をさらに強固なものにしたしだいである。

 1975年作品のアルバム『Will O' The Wisp』……。もちろんお気に入りの一枚である。レオン・ラッセルの人気アルバムといえば、一般には『レオン・ラッセル』『カニー』、玄人筋には『レオン・ラッセル&シェルター・ピープル』といったところだろうが、この作品もどうして負けてはいない。収録されている曲の素晴らしさからいったらこのアルバムが最高かもしれない。

 A-⑤ My Father's Shoes いまだかつてこんな切ないメロディーがあっただろうか。彼の作品の中でも最高のバラードのひとつだ。アルバム最後を飾るB-⑤ Lady Blue も素敵だ。ゆったりとした速度で歌われる甘美な旋律にうっとりだ。効果音をうまく使ったB-① Back To The Island も印象に残る美旋律だ。そして何より、B-③ Bluebird 、傷心の男心を歌った曲だが、歌詞に反するような明るく軽快なメロディーと溌剌としたビートに何度励まされたことだろう。この曲を聴けば、どんな時でも元気を取り戻せる、私にとってそんな《 青い鳥 》とでもいうべき曲である。

 古き良きロックはいつだって感動的だ。それは人間の根っこの部分を揺さぶるからであり、それを奇をてらうことなく素直に表現できているからであろう。その意味で、古き良きロックはいつも新鮮だ。

 レオン・ラッセルは、色褪せない。