●今日の一枚 102●
"Zoot" Sims
ズート・シムズがフランスのレーベル「デュクレテ・トムソン」からだした1956年録音盤。ズートの最高傑作のひとつに間違いなく入るといわれる作品だ。
ズートのテナーは、いつものことながら、歌心に溢れ、よどむことなくながれる。温かい音色はわれわれをリラックスさせてくれ、安心して聴くことができる。私はズートが好きで、実際結構多くの作品を所有している。けれども、なぜだが、気が狂ったようにハマッタことがない。トレーンやペッパーやゲッツのように、本当に寝食を忘れてのめり込んだことがないのだ。
ジャズに造詣が深く、自らもジャズ喫茶を経営していたことのある作家、村上春樹さんは、ズートのこの作品を絶賛した後で次のように続ける。
《 しかしこのレコードを聴いていると、ズート・シムズという人は本当に良くも悪くも性格の良さが出てしまう人だなと思う。スタン・ゲッツみたいな、いったい腹の底で何を考えているんだかというような、ひやっとした不気味さはかけらもない。》《 これほどの才能のある人が結局最後までジャンル小説的予定調和の世界の中ですらっと完結してしまったのは、惜しいという気がしないでもない。》 (ビル・クロウ『さよならバードランド』新潮文庫の私的レコード・ガイド)
ズートの音楽は、我々に安らぎを与えを安心させてくれるが、突然どこか知らない場所へ連れて行ってくれるようなものではないようだ。結局、我々は音楽の中に、音楽以外の過剰な何かを求めてしまうということだろうか。
そうは思いながらも、私はこれからも、家族の寝静まった夜、ウイスキー・グラスを片手に、ズート・シムズの音楽をときどき取り出してみるに違いない。
[Zoot Sims に関する記事]