WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

追憶~レフト・アローン

2006年12月24日 | 今日の一枚(A-B)

●今日の一枚 104●

Archie shepp & Mal Waldro

Left Alone Revisited

Watercolors0004  二人の年老いた男が立っている。かなりやつれているようにみえる。CDをかけると、そこにはジャケットからは想像できないほど、力強くしかも創造的なプレイがある。1人の男ははアーチー・シェップ、もうひとりはマル・ウォルドロンだ。アルバムは、2002年録音(Enja)の『追憶~レフト・アローン』だ。

 マル・ウォルドロンの演奏を生でしかも1.5~2メートルの至近距離で見たことがある。私の住む街の小さなジャズ喫茶でのことだ。マルはたったひとりで、タバコをくわえながら、ゆっくりと自分のペースで味のあるピアノを奏でた。そこにはエリック・ドルフィーと競演した時のような輝かしい響きはなかったが、歴史に刻まれた確かな年輪と人生の黄昏を感Watercolors0005_2 じさせる枯れた響きがあった。そして何より、タバコをくわえながらピアノに向う彼の姿は、カッコ良く、まるで一枚の絵画を見ているようでもあった。Liveの後、その時買った『白い道 黒い雨』と題する原爆をテーマにしたアルバムに、彼は自分のサインとともに漢字で「平和」と書いた。握手した彼の手はやや冷たく、「Thank You」と語った彼の声は温かい響きだった。そのLiveから数年後、このアルバムが録音された年の12月、マル・ウォルドロンはベルギーのブリュッセルで亡くなった。

 もう1人の男、アーチー・シェップに会ったことはない。けれども、晩年の彼の演奏が大好きだ。原曲を大きく崩した吹き方ではあるが、素朴な歌心に溢れている。心の中に流れるメロディーを、奇をてらうことなく、素直に表出していることが手に取るように感じられ、まるで質のよい鼻歌のようだ。

 「追憶~レフト・アローン」というタイトルはいうまでもなく、マル・ウォルドロンの名曲「レフト・アローン」からきている。伴奏者として晩年のビリー・ホリデイを支えたマルが彼女のために書いたこのバラードには、彼女自身が詩をつけたが、結局この曲をレコーディングせぬまま彼女は1959年に44歳という若さでこの世を去った。その詩は例えばこんなふうに歌っている。

   私の心を満たしてくれる愛はどこにあるの

   人生をともに歩む生涯の伴侶はどこにいるの

   誰もが私を傷つけ、捨て去っていった

   私は取り残されている。たった一人で

 かつてのジャッキー・マクリーンや今回のアーチー・シェップのサックスは、本来ビリーが歌うはずだったこの歌詞を歌っているのだ。