WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

音楽がある限り

2010年05月16日 | 今日の一枚(C-D)

●今日の一枚 268●

Denny Zeitlin

As Long As There's Music

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 昨日は、しばらくぶりの完全なオフだった。午前中は庭に花を植え、午後からは私の住む街のホテルの温泉で次男と日帰り入浴、夕方からは、次男とともにスイミングクラブで泳いだ。

 そういえば、昨日は私の誕生日だった。沖縄返還の日でもある。新聞やテレビは、連日、沖縄の基地の問題でもちきりのようだ。基地のもとでの沖縄の苦悩を顕在化させ、日本人全体の問題にしようとした鳩山政権のポーズは悪くはなかったが、やり方が稚拙すぎた。思ったことを素直に何でもしゃべり、すべてをオープンにすればよいというものではない。中学生の学級会のようだ。裏がないのである。利害関係がもつれるような重要な問題を遂行する時は、周到な水面下での交渉が必要だ。「汚い」取り引きも必要かも知れない。そのためには、秘密が必要なのだ。時には仲間をも欺くことだって必要かも知れない。ヘンリー・キッシンジャーが中国との国交を樹立したようにである。

 徳之島の人たちを見て、沖縄のためにちょっとぐらい引き受けてあげればいいのに、と住民のある種の「身勝手」さを感じてしまうのは、私が自分の問題として引き受けていないからであろうか。もちろん、徳之島の人たちが自分たちの生活を守ろうとするのは当然の権利であろうし、それを責めることはできまい。しかし一方、日米安保体制を堅持し、国内移設という前提で沖縄の負担を軽減するのであれば、どこかの街が引き受けねばならない。沖縄には同情してその現状を嘆きながらも、問題が自分に及ぶようになると、全体的な視点で考えることは困難になる。そういうものだ。総論賛成、各論反対という感じか。

 国民みんなが批評家になってしまった感がある。自分たちの問題として引き受けていないということだ。それにしても、こういう話になっていつも犠牲になるのが「辺境」の地というのは心苦しい。そんなに日米安保体制が必要ならば、しかも国外移転も無理というアメリカの意向に逆らえないのであれば、いっそ最も人口の多い首都東京が引き受けるべきではなかろうか。例えば、たいへん恐れ多い話ではあるが、天皇陛下に京都にお移りいただき、あの広い皇居に基地をつくるというのはどうだろう。アメリカの半植民地として正しい遇し方かも知れない。荒唐無稽な話で、都民や右翼の方々に怒られそうであるが、米軍基地の問題を、他人事ではなく真に国民全体の問題として考えるにはそのくらいのことが必要ではなかろうか。

 私も含めてだが、昨今の他人事のような沖縄基地に関する議論を聞いて思いおこすのは、太平洋戦争末期、本土決戦の時間稼ぎのために、沖縄を犠牲にした昭和天皇である。

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 精神科医をしながらジャズ・ピアニストとして活動するデニー・ザイトリンの1997年録音作品『音楽がある限り』である。venus盤である。精神科医の演奏する音楽だからって小難しいことは一切ない。若い頃はいろいろ実験的なこともやったザイトリンだが、このアルバムから感じるのは、題名のとおり、ただただ音楽を奏でることの喜びである。⑨ I Fall In Love Too easily 、美しい曲だ。ああせつない、このやるせない哀しみ何だろう。

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 この記事をupした後、法政大学の田中優子先生が(正確には田中さんのお母さんが)同じようなことを述べられているweb記事に接した。内容のある記事なので紹介しておく。

http://onnagumi.jp/koramu/anosuba/anosuba43.html

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