◎今日の一枚 536◎
The Beach Boys
In Concert

大学に入学して間もないころ、何という科目かは忘れたが、『菊と刀』を読んでレポートを提出するようを求められ、当惑したことがあった。時間はかかったが、悪戦苦闘して何とか読むことはできた。しかし、ほとんど高校生と変わらない、入学したばかりの私に分析や検討などできるはずもなく、なるほどそういうものかとただ納得するばかりだった。昨日から読んでいる池上彰・佐藤優『真説・日本左翼史 戦後左派の源流1945-1960』(講談社現代新書)という本に、『菊と刀』と農地改革についての興味深い指摘があったので記しておこうと思う。
周知のように、『菊と刀』は、第二次大戦中に日本文化や日本人特有の気質について解明することを求められた文化人類学者のルース・ベネディクトが提出した、「日本人の行動パターン」というレポートがもとになっており、米軍はこのレポートを対日作戦や捕虜の扱いだけでなく、戦後のGHQの占領政策にも参考にした。
ところで、ベネディクトがこのレポートを作成するにあたって、日系アメリカ人たちにヒアリングしたが協力を得られないことが多かったという。当時の日系アメリカ人は第一世代だったため、祖国への思いから協力には消極的だったのだ。そんな中で、積極的に協力したのがアメリカ共産党に所属する日系アメリカ人だった。アメリカ共産党は、第二次世界大戦をファシズムとの闘いと位置付けていたので、ルーズベルト大統領に積極的に協力したのだ。その結果、ベネディクトの作成したレポートには、アメリカ共産党のバイアスがかかることになる。当時、アメリカ共産党は日本共産党の「32年テーゼ」を共有しており、この結果、ベネディクトのレポートには、日本共産党の「32年テーゼ」が、もっとはっきりいえば、《講座派》的な考え方が色濃く影響することになったという。
周知のように、《講座派》とは、日本資本主義論争で《労農派》と対立した一派である。《労農派》が、明治維新を不完全ではあるがブルジョワ革命と位置づけ、日本には資本主義が成立しているとしたのに対して、《講座派》は、ブルジョワ革命がおこっていない特殊な国であると考え、日本をまず資本主義国にしてから社会主義革命をおこすのだという「二段階革命論」を唱えていたのである。
戦後の農地改革は、193万ヘクタールの農地を地主から強制的に買い上げ、小作人にただ同然で譲渡し、日本の農家の大半を自作農に転換した政策である。日本の土地制度が江戸時代さながらの封建的なものであり、少数の地主が多数の小作人を農奴として搾取しているという《講座派》的問題意識がなければありえなかった政策だというのである。納得のいく説明だと思う。
今日の一枚は、ビーチ・ボーイズの1973年リリース盤『イン・コンサート』である。
ブライアン・ウイルソン不在時のライブアルバムだが、ビーチ・ボーイズ最良の最良のアルバムといわれているらしい。ディストーションを付けない、キラキラしギターの響きが好ましい。軽快なノリがいい。軽快だが、決して軽薄ではない。乾いた悲哀の感覚がビーチ・ボーイズの持ち味なのだ。Leaving This Townに聴き入ってしまった。20曲、1時間14分のライブアルバムを通して聴くなど、ここ数年なかったことだ。入院中という特殊な状況でなければ、できなかったことだと思う。