王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

北方領土の日 !!

2019-02-08 09:43:26 | ロシア関連
首相、北方領土返還要求大会で日露交渉に決意 アピールで「不法占拠」消える
昨日7日は「北方領土の日」でした。
2-3日前TVの番組で祝日に「」の入る日と入らない日があるのはなぜか? と理由を説明してました。正解はさておき「北方領土の日」はがありますから厳密にその日である事を特定できる日ではないのですね!
そこでググってみると1855年12月の「日露和親条約」締結の日を西暦に直すと2月7日に当たるので、この日を全国的に「北方領土」を返還せよとの運動を推進する日なのですね!!
この条約の一項に千島列島の国境は択捉島(日本側)と得撫島[ロシア側)に有ると決めました。

さていろいろあって昭和20年8月15日に日本は連合国に降伏します。
GHQの指令は「北海道は米軍に」「千島列島はソ連軍に」というものでした。ところがどっこいソ連のスターリンは終戦処理のドサクサにまぎれ北海道の西半分を(米軍の占領前に)抑えてしまおうと列島沿いに南下を企てました。
その第1歩がカムチャッカ半島の最南部南部のロパッカ岬から指呼の間なある占守島の攻略でした。
8月18日-21日にわたり守備する日本軍との戦闘でソ連軍の南下は停滞します。
当時陸軍のこの方面は第5軍でしたが、彼ら(統率部)は軍上部とGHQからの戦闘停止と降服命令(降服先)をよくよく考えず降服することを主に命令しました。
そのため戦闘力を残していた国後島や択捉島(日本領土)の軍もソ連軍に降伏してしまいます。ここは日本固有の日本領土ですから米軍に降伏すべきでした。勝つことは知っていても負ける事を知らない軍部は「どこが北海道北部方面」では日本の固有領土なのかそしてどこの国に降伏すべきなのか少しも思い浮かばなかったのです。これが問題の根っこですね。

以降9月2日(ミズリー号で降服文書に調印する日)までに歯舞群島・色丹島に至るまでソ連軍による占領が実現してしまいました。一方ソ連の動きを知った米軍は同日までに北海道は根室まで占領を終わっていましたからソ連軍の上陸は阻止できました。
もし「占守島部隊(他にも幌莚島の部隊も)」の奮闘が無ければ北海道は東西に分割でソ連側は生活苦にあえぐことになる所でした。

外務省はHPで「北方4島の返還」を連合軍の「戦争による領土不拡大」に置いています。
最近でも「ウクライナ東南部」の軍事占領を貫徹したロシアにとっては「北方4島」をただの交渉で返すとはとても思えません。
ましてつい最近行われた日ロ首脳会談で一切の成果が無くその前提には「ソ連軍による不法占拠」なんて認めないとロシアの外相に言われた事を下敷きに昨日の「大会で不法占拠」が抜けてるなんて・!

しかもそこへ安倍首相がのこのこ出かけて主催者側が「首相らの慎重な発言に配慮した」とはなんですかなー???

静かに日本は正しく持続可能な国策を進めロシア極東部に乱れが出た時、さっと何かと交換で「北方4島」を取り戻すのが道だと思っています。


写真:会場へ入る安倍首相

産経新聞:
安倍晋三首相は「北方領土の日」の7日、東京都内で政府や関係団体などが開いた「北方領土返還要求全国大会」に出席し、北方領土問題を含むロシアとの平和条約締結交渉の進展に決意を示した。「皆さまの北方領土への切実な思いをしっかりと胸に刻み、一歩一歩着実に領土問題の解決に取り組む」と述べた。

 首相は「相互受け入れ可能な解決策を見いだすための共同作業を力強く進め、領土問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針の下、交渉を進めていく」と強調した。政府は6月に大阪で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会議までの大枠合意を目指している。

 また、大会で採択した「アピール」では、北方四島についてこれまで盛り込んでいた「不法に占拠」されたとの表現を使わなかった。首相らが北方領土の認識について慎重な発言を続けていることに配慮したとみられる。
(引用終わり)
コメント
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