米国国防省高官の発表によれば30日ですが、「現地アフガニスタン時間で30日午後11時59分に米軍の最後の便は大型軍用輸送機C17で、カブール国際空港を離陸した」そうで、これを受け31日未明にはカブール市内で(勝利を祝う)銃声や歓喜の声も聞こえたそうです。
これでソ連に侵攻の後を受けた現地勢力と米政権の争いは20年に及びタリバン勢力による政権掌握となりました。
米国は勿論、英仏独や日本でも民間人のかなりの人数と現地人の外国勢力協力者多数が置き去りになり、今後どのような形で海外出国を認めるのか或いは認めないのかが新政権との大事な交渉事案になりそうです。またその交渉を巡ってタリバン政権が「イスラム教に厳密に拘るのか?」又は「海外の援助を期待するため妥協があるのか?」判った来るのでしょう。
アフガン撤退路線は前政権のトランプ大統領の時にタリバンとの間で合意がなったもので、それをバイデン政権が引き継いだため、その政権の質の差をタリバン指導者に読まれ今回の急激な首都包囲戦が起きたようにも見えます。
日本は空自がC2を先遣部隊として先行し翌日C130 2機が追随しました。
C2機
C130機
が1日か2日救出のタイミングが遅れ「日本人1名とアフガン関連の外国人14名を国外に連れ出した」だけに終わりました。一方韓国は韓国人とアフガン関連の人350人程を救出した様ですから差は出ましたね。残念 ⤵⤵
しかし考え様では安く済みました。
バイデン政権の軍用機派遣要請に菅政権は精一杯応えた事。
本作戦で機材と人命に損失を出さなかった事。が出来ました。
アフガン関連の人を空港に集められなかったのは今後の課題で、銃器の先制使用の困難な自衛隊としてはどう対処するのか?を皆で議論しておく必要が有ります。結果として残った方の救出或いは海外移送は米英独仏等と足し並み揃えてタリバンと交渉を続けないといけません。
カブール空港の運営にはタリバンはトルコの力を借りたい様です。イスラム教国でも世俗派のトルコのエルドアン大統領に期待したいところですがはてどうなるでしょうか。
長い新たな一歩の始まりです。
写真:アフガニスタン首都カブールの空港から飛び立つ米軍機(2021年8月30日撮影)。(c)Aamir QURESHI / AFP
AFP=時事:
【AFP=時事】(更新)米国防総省は30日、アフガニスタンから最後の米軍部隊が撤退したと発表した。同国で20年にわたり続いた紛争は、イスラム主義組織タリバンによる政権掌握という形で幕を閉じた。
米中央軍のケネス・マッケンジー司令官は「アフガニスタン撤退の完了をここに宣言する」と述べた。
発表を受け、アフガニスタンの首都カブールでは31日未明、銃声が鳴り響いた。現地のAFP特派員らは、複数のタリバン検問所からの祝砲の音や、グリーンゾーンを警備する戦闘員の歓声を聞いた。
マッケンジー氏によると、最後の便は大型軍用輸送機C17で、現地時間の30日午後11時59分(日本時間31日午前4時29分)にカブール国際空港を離陸した。ジョー・バイデン米大統領は、撤退の期限を8月31日と定めていた。
マッケンジー氏は、最後の退避便には米軍のアフガン地上部隊司令官と、ロス・ウィルソン大使が搭乗したと説明。7月以降に12万人以上を退避させたものの、「退避させたかった人全員を連れ出せなかった」ことを認めた。
2週間にわたった退避作戦では、イスラム過激派組織「イスラム国」のアフガン分派「イスラム国ホラサン州」による2回の攻撃を受けたことから、最終便の離陸は厳重な警備の下で行われた。このうち、26日の自爆攻撃では米兵13人を含む100人以上が死亡した。
タリバンは米国と激しい敵対関係にあるが、マッケンジー氏は、退避と最終便の運航では「非常に協力的で、役に立った」と述べた。 【翻訳編集】
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