HIROZOU

おっさんの夜明け

誰もいない

2017-12-26 18:16:35 | メモリー

今年も帰省で実家にたどり着くのは大晦日の晩、

NHKの紅白歌合戦が後半に差し掛かる頃だ

バス停から暗く、ひっそりとした田舎道を実家に向かう

所々に薄暗い街灯が狭い道を照らしている

過疎化した集落は大晦日だと言うのに人の息遣いも感じられない

ふと、本当に家々に中に生身の人間が大晦日の夜を過ごしているんだろうか・・・

と思う

僕の小さい頃の大晦日、テレビの前に陣取って親父と兄弟が同じ炬燵に入って

テレビに食い入るように紅白歌合戦に見入った

小栁ルミ子の瀬戸の花嫁に、ちあきなおみの喝采

出場歌手も歌も皆、知ってる

母は台所でおせち料理を作り年越しのそばを茹でた

そして合間に土間から父の作った木の長椅子に座って障子越しにお気に入りの

歌手の歌を聞いている

暖かな炬燵の中で飼い猫のミィが丸くなっている

土間続きの祖父母のいる隠居部屋からも紅白の音が聞こえていて

家じゅうが明るくて賑やかな大晦日の夜

そして日付が変わり新しい年を迎えようとする時間

テレビの画面に東京浅草の浅草寺や成田山の新勝寺が映し出され

遠い見た事も無いお寺の鐘の音がテレビから聞こえて来る

そして外から初詣に向かう近所の人々の笑い声や足音が聞こえて来た

そして今、ここ数年帰省は大晦日の晩

誰とも行き交わさない薄暗い道を歩いて実家に着く

真っ暗で寒い実家について最初にするのは電気のブレーカーを上げる

土間の電気をつけると薄暗く土間続きの広い家の中が見渡せる

紅白を見たテレビの茶の間も母がおせちを作っていた台所も

祖父母のいた隠居部屋も

僕が小さい頃紅白を見たあの頃とそっくりそのままの状態なんだ

テレビや炬燵の電化製品こそ変わっているが

障子もふすまも台所のドアもテーブルも窓ガラスも

親父の作った木の長椅子も本棚の本から壁の洋画まで

皆、あの時のまま

唯一違うのは今の家には誰もいない

父も母もミィも

誰もいない

住んでいた人間は誰もいなくなって

ただ、思い出しか残っていない

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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侘しさに~ (ちひろ)
2017-12-27 14:47:31
実家へ帰らせて頂きます!・・・と云えば、実家は生活道路になり跡形もなく、お墓だけの故郷が待っている私、ちょっとホロリと涙を浮かべながら拝読しました。
知人は宮崎の田畑を二束三文で売って、故郷を捨てました。
故郷は遠くなるばかりでなく、消えてしまうのですね!
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故郷 (ひろ造)
2017-12-27 17:33:20
こんにちは!
父も母もまだ健在なんですが二人共施設にいます。
残った家も処分する事も出来ず
私が近い将来帰る事も視野に入れています
返信する

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