1月26日、国際司法裁判所(ICJ)は南アフリカ共和国の提訴に基づき、イスラエルに対しジェノサイド(大量虐殺)を防止するために必要な措置を取るよう命令を出した。ICJは警察や軍などの「暴力装置」を持たないため、この判決をイスラエルに対し物理的に強制することはできないものの、国際法としての法的拘束力を持つことになる。
この判決文の日本語訳が待ち望まれていたが、小倉利丸さんによる日本語訳が完成したので、以下、全文をご紹介する。国際社会がイスラエルの行動を「犯罪、蛮行」と認めた画期的な文書を、このまま埋もれさせるわけにいかない。なお、当ブログの文字数制限を超えるため、2回に分けて掲載する。
また、
印刷用PDF版も公開されている。
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小倉利丸 : 国際司法裁判所による保全措置命令の日本語訳全文を公開(JCA-NET)
国際司法裁判所
2024年1 月 26 日 付託事件リストNo.192
ガザ地区におけるジェノサイド犯罪の防止と処罰に関する条約適用の申立て
(南アフリカ対イスラエル)
仮保全措置の提示要求
決定
出席者
ドナヒュー裁判長、ゲボーギアン副裁判長、トムカ裁判官、アブラハム裁判官、ベニューナ裁判官、ユーセフ裁判官、シュエイ裁判官、セブティンデー裁判官、バンダーリ裁判官、ロビンソン裁判官、サラーム裁判官、イワサワ裁判官、ノーテ裁判官、チャールスワース裁判官、ブラント裁判官、バラク特任裁判官、モセヌケ特任裁判官
ゴティエ書記官
国際司法裁判所は上記で構成され、審議の結果裁判所規程第41条および第48条、ならびに裁判所規則第73条、第74条および第75条を考慮して、以下に示す通り決定する:
1.南アフリカ共和国(以下「南アフリカ」)は2023年12月29日、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約(以下「ジェノサイド条約」または「条約」)に基づく義務のガザ地区における違反の疑いに関し、イスラエル国(以下「イスラエル」)に対する申立手続を開始するこの申立書を当裁判所書記官に提出した。
2.この申立書の最後で、南アフリカは、以下のように述べた。
「謹んで裁判所に以下の判断を下すとの宣言を求める、すなわち、
(1)南アフリカ共和国およびイスラエル国はそれぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナ人集団の構成員との関係において、ジェノサイドを防止するために、その力の及ぶ範囲内であらゆる合理的な措置を講じる義務があり、
(2) イスラエル国にあっては、
(a)ジェノサイド条約に基づく義務、特に第1条とともに、第2条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に定める義務に違反し、かつ、違反し続けており、
(b)ジェノサイド条約、特に第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に定める義務を完全に尊重し、パレスチナ人を殺害しもしくは殺害し続けることができるような行為もしくは措置、パレスチナ人に身体的もしくは精神的に重大な危害を与えもしくは与え続けることができるような行為もしくは措置、またはパレスチナ人の集団に故意に危害を与えるような行為もしくは措置を含めて、これらの義務に違反する行為もしくは措置を直ちに中止しなければならず、
(c)第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)に反してジェノサイドを犯した者、ジェノサイドを謀議した者、ジェノサイドを直接かつ公に扇動した者、ジェノサイドを企図した者およびジェノサイドに加担した者が、第1条、第4条、第5条および第6条の要請に従って、権限のある国内審判所または国際審判所によって処罰されることを確保しなければならず、
(d)上記の目的のために、また、第1条、第4条、第5条および第6条に基づく義務を促すために、ガザから避難した集団のメンバーを含め、ガザのパレスチナ人に対して行われたジェノサイド行為の証拠を収集し確保しなければならず、直接的または間接的なその証拠を収集し、保存することを確保することを許可するとともに、これを阻害してはならず、
(e)パレスチナの犠牲者の利益のために、賠償の義務を果たさなければならず、これには、強制的に避難させられたり、拉致されたりしたパレスチナ人の安全で尊厳ある帰還、完全な人権の尊重、さらなる差別や迫害、その他の関連行為からの保護、および第1条のジェノサイド防止義務に合致した、ガザでイスラエルが破壊したものの再建のための提供などが含まれるが、これらに限定されず、
(f)特に第1条、第3条(a)、第3条(b)、第3条(c)、第3条(d)、第3条(e)、第4条、第5条および第6条に規定された義務におけるジェノサイド条約違反が繰り返されないよう保証と確約が提示されければならない。」
3.南アフリカはこの申立書において、裁判所規程第36条第1項およびジェノサイド条約第9条に基づき、当裁判所の管轄権の確認を求めている。
4.この申立書には、規程第41条および裁判所規則第73条、第74条、第75条に基づき提出された仮保全措置の提示を求める請求が含まれていた。
5.南アフリカは申立書の最後で、以下の仮保全措置を提示するよう裁判所に求めた。
(1)イスラエル国は、ガザ内およびガザに対する軍事行動を直ちに停止しなければならないこと。
(2)イスラエル国は、自国の指示、支援または影響を受けている軍隊または非正規武装部隊並びに自国の管理、指示または影響を受ける可能性のあるすべての団体および個人が、上記(1)の軍事作戦を助長するような措置をとらないことを確保すること。
(3)南アフリカ共和国およびイスラエル国は、それぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナの人々との関係において、ジェノサイドを防止するため、その権限内にあるすべての合理的な措置をとるものとすること。
(4)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約により保護される集団としてのパレスチナの人々との関係において、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、特に同条約第2条の範囲内の下記の一切の行為の遂行をやめるものとする。
(a) 集団構成員を殺害すること、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(5)イスラエル国は、上記(4)(c)に従い、パレスチナ人との関係において、下記の事項を行うことをやめ、その権限内で下記の事項を防止するために、命令、制限、および/または禁止事項を撤回することを含め、あらゆる手段を講じなくてはならない。
(a) 住居からの追放と強制移住、
(b) 以下の剥奪、
(i) 十分な食料と水へのアクセス、
(ii)十分な燃料、避難所、衣服、衛生、下水設備へのアクセスを含めた、人道支援へのアクセス、
(iii) 医療の供給と医療支援、
(c) ガザのパレスチナ人の生活破壊。
(6)イスラエル国は、パレスチナ人との関係において、その軍隊ならびにその軍隊の指揮、支援またはその他の影響を受ける非正規の武装部隊または個人、およびイスラエルの管理、指示または影響を受ける可能性のある組織および個人が、上記(4)および(5)に掲げる行為を行わないこと、またはジェノサイドを行うことを直接かつ公然と教唆しないこと、ジェノサイドの実行を共謀しないこと、ジェノサイドの実行を企てないこと、ジェノサイドの実行もしくはジェノサイドに加担することに関与しないことを確保するものとし、それらの行為に関与した場合はジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約の第1条、第2条、第3条および第4条に従ってその処罰に向けた措置がとられることを確保する。
(7)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約第2条の範囲内の行為の申立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置をとるものとする。そのため、イスラエル国は、当該証拠の保全とその継続を確保することを支援する事実調査団、国際委任団、その他の機関によるガザへのアクセスを拒否または制限するような行為を行ってはならない。
(8)イスラエル国は、この決定を実現するためにとられたすべての措置に関する報告を、この決定の日から1週間以内に裁判所に提出するものとし、その後、裁判所がこの事件に関する最終決定を下すまで、裁判所が命じる定期的な間隔で報告書を提出するものとする。
(9)イスラエル国は、裁判所に提起されている紛争の悪化または拡大、あるいはその解決を困難にするようないかなる行動も慎み、かつ、当該行為が行われないことを確保するものとする。」
6.副書記官は、裁判所規程第40条第2項および裁判所規則第73条第2項に従い、仮保全措置の提示の請求が含まれる本申立書をイスラエル政府に直ちに通告した。同書記官はまた、南アフリカがこの申立ておよび仮保全措置の提示を求める要請を提出したことを国際連合事務総長にも通知した。
7.裁判所規程第40条第3項により規定された通知期間内に、副書記官は2024年1月3日付の書簡により、当裁判所に出廷する権利を有するすべての国に対し、この申立ておよび仮保全措置の提示が請求されたことを通知した。
8.同裁判所は、裁判席にいずれの当事国の国籍を有する裁判官も含んでいなかったため、各当事国は、裁判所規程第31条によって与えられている、この裁判に特任裁判官を選任する権利を行使した。南アフリカはディカン・アーネスト・モセヌケ氏を、イスラエルはアーロン・バラク氏を選択した。
9.2023年12月29日付の書簡により、副書記官は裁判所規則第74条第3項に従い、裁判所が仮保全措置の提示請求に関する口頭手続の期日として2024年1月11日と12日を定めたことを当事国に通知した。
10.公聴会では、仮保全措置の提示に関する口頭陳述が次の各人により行われた:
南アフリカを代表して ヴシムジ・マドンセラ氏、ロナルド・ラモーラ氏、アディラ・ハシーム氏、テンベカ・ンガトゥビ氏、ジョン・デュガート氏、マックス・デュ・プレシー氏、ブリン・ニ・グラーレー氏、ヴォーン・ロウ氏
イスラエルを代表して タル・ベッカー氏、マルコム・ショー氏、ガリット・ラジュアン氏、オムリ・センダー氏、クリストファー・ステイカー氏、ギラト・ノーアム氏
11.南アフリカは口頭意見陳述の最後に、以下の仮保全措置を提示するよう裁判所に求めた。
「 (1)イスラエル国は、ガザ内およびガザに対する軍事行動を直ちに停止しなければならないこと。
(2)イスラエル国は、自国の指示、支援または影響を受けている軍隊または非正規武装部隊並びに自国の管理、指示または影響を受ける可能性のあるすべての団体および個人が、上記(1)の軍事作戦を助長するような措置をとらないことを確保すること。
(3)南アフリカ共和国およびイスラエル国は、それぞれ、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、パレスチナの人々との関係において、ジェノサイドを防止するため、その権限内にあるすべての合理的な措置をとるものとすること。
(4)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約により保護される集団としてのパレスチナの人々との関係において、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約に基づく義務に従い、特に同条約第2条の範囲内の下記の一切の行為の遂行をやめるものとする。
(a) 集団構成員を殺害すること、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(5)イスラエル国は、上記(4)(c)に従い、パレスチナ人との関係において、下記の事項を行うことをやめ、その権限内で下記の事項を防止するために、命令、制限、および/または禁止事項を撤回することを含め、あらゆる手段を講じなくてはならない。
(a) 住居からの追放と強制移住、
(b) 以下の剥奪、
(i) 十分な食料と水へのアクセス、
(ii)十分な燃料、避難所、衣服、衛生、下水設備へのアクセスを含めた、人道支援へのアクセス、
(iii) 医療の供給と医療支援、
(c) ガザのパレスチナ人の生活破壊。
(6)イスラエル国は、パレスチナ人との関係において、その軍隊ならびにその軍隊の指揮、支援またはその他の影響を受ける非正規の武装部隊または個人、およびイスラエルの管理、指示または影響を受ける可能性のある組織および個人が、上記(4)および(5)に掲げる行為を行わないこと、またはジェノサイドを行うことを直接かつ公然と教唆しないこと、ジェノサイドの実行を共謀しないこと、ジェノサイドの実行を企てないこと、ジェノサイドの実行もしくはジェノサイドに加担することに関与しないことを確保するものとし、それらの行為に関与した場合はジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約の第1条、第2条、第3条および第4条に従ってその処罰に向けた措置がとられることを確保する。
(7)イスラエル国は、ジェノサイド罪の防止および処罰に関する条約第2条の範囲内の行為の申立てに関連する証拠の破壊を防止し、その保全を確保するための効果的な措置をとるものとする。そのため、イスラエル国は、当該証拠の保全とその継続を確保することを支援する事実調査団、国際委任団、その他の機関によるガザへのアクセスを拒否または制限するような行為を行ってはならない。
(8)イスラエル国は、この決定を実現するためにとられたすべての措置に関する報告を、この決定の日から1週間以内に裁判所に提出するものとし、その後、裁判所がこの事件に関する最終決定を下すまで、裁判所が命じる定期的な間隔で報告を提出し、裁判所はそれを公表するものとする。
(9)イスラエル国は、裁判所に提起されている紛争の悪化または拡大、あるいはその解決を困難にするようないかなる行動も慎み、かつ、当該行為が行われないことを確保するものとする。」
12.イスラエルは口頭意見陳述の最後に、当裁判所に対し次のように要請した。
「 (1) 南アフリカが提出した仮保全措置の提示要求を却下すること。
(2) 本案件を付託事件リストから削除すること」。
I. 緒言
13.当裁判所はまず、本件が提起された直接的な背景を想起することから始める。2023年10月7日、ハマースをはじめとするガザ地区に存在する武装集団がイスラエルで攻撃を行い、1,200人以上が死亡、数千人が負傷、約240人が拉致され、その多くが人質として拘束され続けている。この攻撃の後、イスラエルは陸・空・海による大規模な軍事行動をガザで開始し、大規模な民間人の死傷者、民間インフラの大規模な破壊、ガザの圧倒的多数の民間人の避難を引き起こしている(下記のパラ46を参照)。当裁判所は、この地域で生じている人間の惨事の大きさを痛感し、人命の損失と人的被害が続いていることに深い懸念を抱いている。
14.ガザで進行中の紛争は、国際連合の複数の機関や専門機関の枠組みで扱われてきた。特に、国際連合総会(2023年10月27日に採択された決議A/RES/ES-10/21および2023年12月12日に採択された決議A/RES/ES-10/22を参照)および安全保障理事会(2023年11月15日に採択された決議S/RES/2712(2023)および2023年12月22日に採択された決議S/RES/2720(2023)を参照)では、紛争の多くの側面に言及する決議が採択されている。しかし、南アフリカはジェノサイド条約に基づき本手続を提起したため、当裁判所に提出されている本件の範囲は限定的である。
II. 一応の管轄権
1. 予備的所見
15.当裁判所は、その管轄権を基礎づける根拠が申請者の依拠した規定により一応のところ与えられると見られる場合に限り仮保全措置を提示することができるが、本件の本案に関して管轄権を有することを確定的に満足させる必要はない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)、仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (I), pp.217-218,パラ24参照)。
16.本件において南アフリカは、裁判所規程第36条第1項およびジェノサイド条約第9条(上記パラ3参照)に基づき、当裁判所の管轄権の確認を求めている。従って、当裁判所は、これらの規定が本件の本案に関する管轄権を当裁判所に一応のところ付与し、他の必要条件が満たされた場合には仮保全措置を提示することを可能にするものであるかをまず判断しなければならない。
17. ジェノサイド条約第9条は次のように規定する:
「本条約の解釈、適用または履行に関する締約国間の紛争は、ジェノサイドまたは他の第3条に列挙された行為のいずれかに対する国の責任に関するものを含め、紛争当事国のいずれかの要求により国際司法裁判所に付託する。」
18.南アフリカとイスラエルはジェノサイド条約の締約国である。イスラエルは1950年3月9日に批准書を寄託し、南アフリカは1998年12月10日に加盟書を寄託した。いずれの締約国も、条約第9条またはその他の規定に対して留保を付していない。
2. ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関する紛争の存在
19.ジェノサイド条約第9条は、条約の解釈、適用、履行に関する紛争が存在することを当裁判所の管轄権の条件としている。紛争とは、当事者間の「法律上または事実上の見解の相違、法的見解の対立または利害の対立」である(マブロマチス特許事件、決定No.2, 1924, 常設国際司法裁判裁判所P.C.I.J., Series A, No.2, p.11)。紛争が存在するためには、「一方の当事者の主張が他方の当事者によって積極的に反対されていることが示されなければならない」(南西アフリカ(エチオピア対南アフリカ、リベリア対南アフリカ),暫定抗議,決定, I.C.J. Reports 1962, p.328)。両当事国は「特定の」国際的義務の履行または不履行の疑問に関して、明らかに反対の見解を持っていなければならない(カリブ海の海域における主権侵害の申立て(ニカラグア対コロンビア),暫定抗議, 決定, I.C.J. Reports 2016(I)、p.26,パラ50、これはブルガリア・ハンガリー・ルーマニア和平条約の解釈,第1段階、助言的意見,I.C.J. Reports 1950, p.74を引用する)。本件において紛争の存否を判断するために、当裁判所は、締約国の一方が条約の適用を主張し、他方がそれを否定していることを指摘することのみに制約されない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), pp. 218-219,パラ 28参照)。
20.南アフリカは当裁判所の管轄権の根拠としてジェノサイド条約の仲裁手続条項を訴求しているため、手続の現段階において当裁判所はまた申立国が訴えている作為ないし不作為が事項的管轄としてその条約の範囲に含まれ得ると見られるものかを確認しなければならない。(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I)、p.219、パラ29)。
21.南アフリカは、ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関してイスラエルとの間に紛争が存在すると主張する。この申立ての提出に先立ち、南アフリカは、イスラエルによるガザでの行為がパレスチナ人に対するジェノサイドに相当するとの懸念を、公式声明や国連安全保障理事会および総会を含むさまざまな多国間の場で繰り返しかつ緊急に表明したと主張する。特に、南アフリカ国際関係協力省が2023年11月10日に発表したメディア向け声明に示されているように、同省の長官は2023年11月9日に駐南アフリカ・イスラエル大使と会談し、南アフリカは「ハマースによる民間人の攻撃を非難」する一方、10月7日の攻撃に対するイスラエルの対応を違法とみなし、パレスチナ情勢を国際刑事裁判所に付託し、イスラエルの指導者層を戦争犯罪、人道に対する罪、ジェノサイドの容疑で調査を要請する意向であることを伝えた。さらに、2023年12月12日に再開されイスラエルが代表出席した第10回国連総会緊急特別会議では、南アフリカ国連代表が「ガザにおける過去6週間の出来事は、イスラエルがジェノサイド条約の観点からその義務に反して行動していることを物語っている」と具体的に述べた。申立国は、両当事国間の紛争がその時点ですでに具体化していたと考えている。南アフリカによると、[イスラエルの]外務省が2023年12月6日に発表し12月8日に更新した「ハマースとイスラエルの紛争2023:FAQ」と題する文書において、イスラエルはジェノサイドの非難を否定した。その中で特に、「イスラエルに対するジェノサイドの非難は、事実と法律の問題としてまったく根拠がないだけでなく、道徳的に嫌悪すべきものである」と述べている。申立国はまた、2023年12月21日に南アフリカ共和国の国際関係協力省がプレトリアのイスラエル大使館に公式書簡を送ったことにも触れている。この公式書簡の中で、ガザにおけるイスラエルの行為はジェノサイドに相当し、南アフリカはジェノサイドが行われるのを防ぐ義務があるという見解を繰り返したと主張している。申立国はイスラエルが2023年12月27日付の公式書簡で回答したと主張する。南アフリカはしかし、イスラエルがその公式書簡において南アフリカの提起した問題に対処できなかったと申立てた。
22.申立国はさらに、2023年10月7日の攻撃をきっかけにイスラエルがガザで行った行為は、すべてではないにせよ少なくとも一部がジェノサイド条約の規定に該当するという意見を述べている。申立国は、同条約第1条に反してイスラエルは「同条約第2条で特定されたジェノサイド行為を実行し、実行中」であり、「イスラエル、その当局者および/または代理人は、ジェノサイド条約で保護される集団の一部であるガザのパレスチナ人を意図的に破壊する行動に及んだ」と主張している。南アフリカによれば、問題となっているこれらの行為には、ガザのパレスチナ人を殺害し、身体的・精神的に深刻な危害を加え、身体的破壊をもたらすような生活条件を与え、ガザの人々を強制移住させる行為が含まれる。南アフリカはさらに、イスラエルが「ジェノサイド条約第3条および第4条に反して、ジェノサイド、ジェノサイドの謀議、ジェノサイドの直接的および公然の扇動、ジェノサイド未遂、ジェノサイドへの加担、の、いずれをも防止ないし処罰をしなかった」と主張している。
23.イスラエルは、南アフリカがジェノサイド条約第9条に基づく当裁判所の一応の管轄権を証明していないと主張する。まず、イスラエルは、南アフリカがこの申立てを行う前に、ジェノサイドの申立てに応答する合理的な機会をイスラエルに与えなかったため、当事国間に紛争は存在しないと主張する。イスラエルは、一方では、南アフリカがイスラエルをジェノサイドで公然と非難し、パレスチナ情勢を国際刑事裁判所に付託すると公言したこと、他方では、イスラエル外務省が公表した文書は、直接、あるいは間接的にも南アフリカに宛てたものではなく、当裁判所の判例が要求する見解の「積極的対立」の存在を証明するには不十分であると述べる。2023年12月21日付の南アフリカ共和国の公式書簡に応答する2023年12月27日付の在プレトリア・イスラエル大使館から南アフリカ共和国国際関係協力省への公式書簡において、南アフリカ共和国が提起した問題を協議するための両当事国間の会合をイスラエルが提案していたこと、この対話の試みは南アフリカ共和国によって相当時間無視されたと被申立国は強調する。イスラエルは、この申立ての提起前に両国の間で二国間交流がなかったにもかかわらず、南アフリカがイスラエルに対して一方的に主張したことは、紛争の存在をジェノサイド条約第9条に従って立証するには不十分であると考えている。
24.イスラエルはさらに、パレスチナ人の全部または一部を破壊する必要かつ特定の意図が一応の根拠に基づいても証明されていないため、南アフリカが指摘した行為がジェノサイド条約の規定には当てはまらないと主張する。イスラエルによれば、2023年10月7日の残虐行為の後、ハマースによるイスラエルへの無差別ロケット攻撃に直面したイスラエルは、自国を防衛し、自国に対する脅威を終結させ、人質を救出する意図を持って行動した。さらにイスラエルは、民間人の危害を軽減し人道支援を促進する施策の実施によってジェノサイドの意図がないことが示されていると付け加えた。イスラエルは、本戦争の勃発以来、イスラエルの関係当局が行ったガザ紛争に関する公式決定、特に国家安全保障問題閣僚委員会および戦時内閣、ならびにイスラエル国防軍の作戦本部が行った決定を注意深く検討すれば、民間人への危害を回避し、人道支援を促進する必要性に重点が置かれていることがわかると主張する。そのためこれらの決定にはジェノサイドの意図がなかったことが明確に示されているとの見解を有する。
25.
当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、両当事国間で交換された声明または文書、および多国間でのそのような交換を特に考慮することを想起する。その際、声明または文書の作成者、意図された宛先または実際の宛先、およびその内容に特に注意を払う。紛争の存否は当裁判所が客観的に判断する問題である。すなわち、実質を問題にするのであり、形式や手続の問題ではない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), pp. 220-221,パラ 35 参照)。
26.当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、特に南アフリカが多国間および二国間のさまざまな場で公式声明を発表し、その中でガザにおけるイスラエルの軍事行動の性質・範囲・程度に照らして、イスラエルの行動はジェノサイド条約の下での義務違反に相当するとの見解を表明したことに留意する。例えば、イスラエルが代表として出席して2023年12月12日に再開された第10回国連総会緊急特別会期では、南アフリカ国連代表は、「ガザにおける過去6週間の出来事は、イスラエルがジェノサイド条約の観点からの義務に反して行動していることを物語っている」と述べた。南アフリカは、プレトリアのイスラエル大使館に宛てた2023年12月21日付の通知で、この声明を想起した。
27.当裁判所は、この申立ての提起時に両当事国間の紛争の存否を判断する目的で、特に、イスラエルが、イスラエル外務省による2023年12月6日発表の文書で、ガザ紛争に関連するジェノサイドの非難を退けていることに留意する。この文書はその後更新され、2023年12月15日にイスラエル国防軍のウェブサイトに「ハマースとの戦争、あなたの最も切実な疑問に答える」というタイトルで掲載され、そのなかで、「イスラエルに対するジェノサイドの非難は、事実と法律の問題としてまったく根拠がないだけでなく、道徳的に極めて不快なものだ」と述べている。この文書でイスラエルはまた、「ジェノサイドという非難は、...法的にも事実的においても支離滅裂であるだけでなく、非常識である」とし、「ジェノサイドというとんでもない非難には、事実上も法律上も正当な根拠がない」と述べている。
28.以上のことから、当裁判所は、イスラエルがガザで行ったとされる特定の作為または不作為が、イスラエルのジェノサイド条約に基づく義務に対する違反に相当するか否かについて、両当事国が明らかに正反対の見解を持っているように見えると考える。当裁判所は、ジェノサイド条約の解釈、適用、履行に関する両当事国間の紛争の存在を一応確立するには、現段階では上記の要素で十分であると判断する。
29.申立国が主張する作為または不作為がジェノサイド条約の規定に該当する可能性の有無に関して、当裁判所は、南アフリカが、イスラエルはガザでのジェノサイドの実行、およびジェノサイド行為の防止と処罰を怠った責任を負うと考えていることを想起する。南アフリカは、イスラエルがジェノサイド条約の下で、「ジェノサイドを犯すための共同謀議、ジェノサイドへの直接かつ公然の教唆、ジェノサイドの未遂、ジェノサイドの共犯」に関する義務を含む他の義務にも違反していると主張している。
30.本手続の現段階では、ジェノサイド条約に基づくイスラエルの義務違反の有無を確認する必要はない。かかる確認は、本件の本案審査の段階においてのみ、当裁判所が行うことができる。すでに示しているように(上記パラ20参照)、仮保全措置の提示請求に対する決定を発する段階で当裁判所の任務は、申立国によって提起された行為および不作為がジェノサイド条約の規定に該当する可能性の存否を確認することである(cf.ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定,I.C.J. Reports 2022 (I), p. 222,パラ43)。当裁判所の見解では、イスラエルがガザで行ったと南アフリカが主張する行為および不作為の少なくとも一部は、条約の規定に該当する余地があると思料する。
3. 一応の管轄権に関する結論
31.以上のことから、当裁判所は、ジェノサイド条約第9条に基づき、本件を受理し管轄権を有する裁判所であると一応の結論を得た。
32.以上の結論から、当裁判所は、本件を付託事件リストから削除するというイスラエルの要請に応じることができないと思料する。
III. 南アフリカの原告適格
33.当裁判所は、被申立人が本件手続において申立人の原告適格を否認していないことに留意する。当裁判所は、ジェノサイド条約の申立て(ガンビア対ミャンマー)に関してジェノサイド条約第9条が同じく提起されていた事件について、同条約のすべての締約国が、同条約に含まれる義務を履行するよう努めることによって、ジェノサイドの防止、抑制および処罰を確保する共通の利益を有することを認めたことを想起する。このような共通の利益が意味するところは、当該義務が当該条約のいかなる当事国もその他すべての当事国に対して負うのであって、各当事国がいかなる事件においても義務を遵守するに当たって利害を有するという意味において、あらゆる当事国を拘束する義務であるということである。ジェノサイド条約における当該義務を遵守することにあたって共通の利害は必然的に、いかなる当事国も、区別なく、あらゆる当事国を拘束するその義務の違反があると主張して、他の当事国に責任があると訴える権限があることを意味する。したがって、当裁判所は、ジェノサイド条約のいかなる当事国も、同条約に基づくすべての当事国を拘束する義務を履行することを怠ったと主張して、その有無を決定し、かつ、そのような懈怠を解消することを目的として、当裁判所に訴えを提起することを含めて、他の当事国に責任があると訴えることが許されることを認めている(ジェノサイド条約の適用申立て(ガンビア対ミャンマー)予備的異議申立て、判決、I.C.J.Reports 2022 (II), pp. 516-517,パラ 107-108 and 112)。
34.当裁判所は、一応のところ、南アフリカがイスラエルに対して、ジェノサイド条約に基づく義務違反があると主張することについて原告適格があると結論する。
IV. 保護が求められている人の権利および当該権利と請求される措置との関係
35.当裁判所が規程第41条に基づいて仮保全措置を提示する権限の対象は、ある事件において当事者の主張するそれぞれの権利の功罪を判断するまでの間、その権利を保全することである。したがって、当裁判所が関与するのは、そのような措置によって、いずれかの当事者に属するとされる権利の保全に関わるものに限られる。それゆえ、当裁判所によるこの権限の行使が許されるのは、そのような措置を求める当事者が主張する権利が少なくとも存在の可能性がある場合に限られる(たとえば、ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 224,パラ 51)。
36.しかしながら、この段階において、当裁判所に求められていることは、南アフリカが保護されることを希望する権利が存在するかどうかについて最終的に決定することではない。当裁判所が求められているのは、南アフリカがその存在を主張し保護を求めている権利が一応確かに存在するかどうかを決定することだけである。さらに、保護を求めれている権利と請求されている仮保全措置との相関関係がなければならない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 224,パラ 51)。
37.南アフリカが主張していることは、ガザのパレスチナ人の権利およびジェノサイド条約に基づくその固有の権利を保護することである。南アフリカの主張は、ガザ地区におけるパレスチナ人の権利が、ジェノサイド、ジェノサイドの未遂、ジェノサイドの直接かつ公然の扇動、ジェノサイドの共犯およびジェノサイドの共謀などの行為から保護されることに及ぶというものである。本件申立ては、ジェノサイド条約がある集団またはその一部の破壊を禁止していると主張し、ガザ地区のパレスチナ人が、「ある集団に属するがゆえに、ジェノサイド条約によって保護される」と述べている。南アフリカはまた、ジェノサイド条約の遵守を保証する権利があり、その権利の保護を求めるという主張もしている。南アフリカは、当該権利が、ジェノサイド条約の「可能な解釈に基づく」ものであるから、「少なくとも一応存在する」と主張している。
38.南アフリカは、当裁判所に提示した証拠が「ジェノサイドの行為の相応な程度の主張を正当とする行為および関連する故意の一連のパターンを議論の余地なく示すものである」と主張している。その主張によれば、とりわけ、ジェノサイドの故意をもって次の行為が実行されているとし、すなわち、殺害、重大な肉体および精神的な傷害を生じさせること、集団の全部もしくは一部の身体的な損傷を生じさせることを意図した生活状態を集団に課すこと、および集団内における出生を妨げる意図をもった措置を課す行為がこれである。南アフリカによれば、ジェノサイドの故意は、イスラエルの軍事攻撃を行うやり方、イスラエルのガザにおける行動の明白なパターンおよびガザ地区における軍事作戦行動に関するイスラエル将校が行った発言から判断して明白である。本件申立てはまた、「イスラエル政府がこのようなジェノサイドの扇動を断罪したり、防止したり、処罰したりすることを意図的に怠っていること自体が、ジェノサイド条約の重大な違反に当たる」と主張する。南アフリカが強調するのは、被申立人がハマースを破壊するという発言をしたことは、その意図にかかわらず、ガザにおけるパレスチナ住民の全部または一部に対するジェノサイドの故意を没却するものではないことである。
39.イスラエルの主張は、この仮保全措置の段階では、当裁判所はある事件において当事国が主張する権利が一応確かに存在することを証明しなければならず、「単に主張された権利が一応確かに存在すると宣言するだけでは不十分である」という点にある。被告によれば、当裁判所はまた、相当する文脈において事実の主張を考慮し、主張される権利の侵害の可能性の問題も含めて考慮しなければならないことになる。
40.イスラエルは、ガザにおける紛争のための適切な法的な枠組みは国際人道法の枠組みであって、ジェノサイド条約の枠組みではないと主張する。都市における戦闘では、民間人の死傷は軍事目標に対する適法な武力の行使から生じた意図せざる結果である可能性があり、ジェノサイド行為に当たらないと主張する。イスラエルは、南アフリカが根拠において事実を誤って表現していると思料して、作戦行動を取る場合にガザにおける人道的な活動を通じて被害や苦痛を軽減するように努めていることが、ジェノサイドの意図があるといういかなる主張をも退ける――少なくとも、これを否定する方向で作用する――と述べている。被申立人によれば、南アフリカが提示するイスラエル士官の発言は、「せいぜいのところ誤解を生む程度のもの」であって、「政府の政策に合致するもの」ではない。イスラエルはまた、「とりわけ、民間人に対する意図的な危害を呼びかけるいかなる発言も、……教唆罪を含む犯罪行為に当たる」ものであって、かつ、「現在のところ、いくつかのそのような案件は、イスラエルの法執行当局によって審査されている」という司法長官の最近の発言に留意するよう求めた。イスラエルの見解においては、ガザ地区におけるこれらの発言も行動パターンも、ジェノサイドの故意の「想定される推定」を生じさせるものではない。いずれにせよ、イスラエルは、仮保全措置の目的が両当事国の権利を保全することにあるから、当裁判所は本件において南アフリカおよびイスラエルのそれぞれの権利を考慮し、バランスを取らねばならないと主張する。被申立人は、2023年10月7日に発生した攻撃の結果として捉えられ拘束されている人質を含むイスラエルの市民を保護する責任を負っていることを強調している。したがって、イスラエルは、その自衛の権利が本状況のいかなる評価にとっても必至であると主張する。
41.当裁判所は、条約第1条に従って、その締約国はすべて、ジェノサイド犯罪を「防止し、かつ、処罰する」ことを取り組んできたことを想起する。第2条は次のとおり規定する。
「ジェノサイドとは、民族的、人種的、種族的または宗教的な集団を全部または一部破壊する意図をもって行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a) 集団の構成員を殺すこと、
(b)集団の構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を集団に対して課すること、
(d)集団内における出生を妨げることを意図する措置を課すること、
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。」
42.ジェノサイド条約第3条に従い、次の行為もまた同条約によって禁止される:ジェノサイドの共謀(第3条(b))、ジェノサイドの直接かつ公然の扇動(第3条(c))、ジェノサイドの未遂(第3条(d))およびジェノサイドの共犯(第3条(e))。
43.ジェノサイド条約の規定は、民族的、種族的、人種的または宗教的な集団を第3条に列挙するジェノサイドまたはその他いかなる可罰的な行為から保護することを目的としている。当裁判所は、ジェノサイド条約の下において保護される集団の構成員の権利とこの条約の締約国に課される義務およびいかなる締約国の他の締約国によってこれらの義務を遵守することを求める権利との間には相関関係があると思料する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, p. 20,パラ 52)。
44.当裁判所は、行為がジェノサイド条約第2条に当たるためには、
「特定の集団のすくとなくとも相当な部分を破壊することを意図したものでなければならない。このことは、ジェノサイド犯罪の本質そのものによって必要とされる。というのも、この条約の目標かつ目的は、全体として、集団の意図的な破壊を防止することになるので、目標となる部分は、全体としてその集団に衝撃を与えるのに十分な程度に意味あるものでなければならない(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ボスニア・ヘルツェゴビナ対モンテネグロ)判決、I.C.J.Reports 2007(1), p. 126,パラ 198)。」
45.パレスチナ人は、はっきりとした「民族的、人種的、種族的または宗教的な集団」を構成するように思われ、したがってジェノサイド条約第2条の意味における保護される集団を構成するように思われる。当裁判所は、国際連合の情報源に従って、ガザ地区のパレスチナ住民が200万人を超えるものであることを認める。ガザ地区のパレスチナ人は、保護される集団の実質的な部分を構成する。
46.当裁判所は、2023年10月7日の襲撃に続いてイスラエルによって実行された軍事作戦行動が、大量の死傷者、並びにホームの大規模な破壊、住民の大多数の強制移住、民間施設の広範な損害をもたらしたことに注目する。ガザ地区に関する被害数を独立して検証することはできないが、最近の情報によれば、2万5700人のパレスチナ人が殺害され、6万3000人を超える人が負傷したと報道されており、36万の住居が破壊もしくは部分的に損壊され、ほぼ170万人が地域内で移住させられた(国連人道問題調整部(OCHA)、ガザ地区およびイスラエルにおける敵対行為――伝えられる衝撃、109日間(2024年1月24日)参照)。
47.当裁判所は、この点に関して、人道問題担当国連事務局次長兼緊急救助調整官マーティン・グリフィス氏による2024年1月5日になされた声明に留意する。
「ガザは死と絶望の場所となった。
……気温が急激に下がる中、複数の家族が露天で寝ている。民間人が安全のために移動するよう命じられた区域は、爆撃にさらされている。医療施設は容赦ない攻撃にさらされている。部分的に機能しているわずかばかりの病院も、外傷を受けた人々の対応に忙殺され、あらゆる物資が欠乏して危機的な状態にあり、安全を求めてやってきた死に物狂いの人々であふれかえっている。
公衆衛生の大惨事が広がっている。下水溝があふれかえっているので、超満員のシェルターの中では感染症が広がっている。このような混乱した最中でも、180人ほどのパレスチナ女性が毎日出産している。人びとは、これまで記録した中で最も高いレベルでの食糧危機に直面している。飢餓が差し迫っている。
とりわけ子どもたちにとって、これまでの12週間は衝撃的な経験であった。すなわち、食料はなく、水もなく、学校もなく、来る日も来る日も、恐ろしい戦争の足音だけしかない状態である。
ガザはまさに人が住めない状態にある。人びとは毎日、生存すらも脅かされる脅威に直面している。世界が見守っている中で。(OCHA「国連救援責任者:ガザでの戦争は終止すべきだ」マーティン・グリフィス氏による声明、人道問題担当国連事務局次長兼緊急救援調整官、2024年1月5日)」
48.ガザ北部への派遣の後、WHOは、2023年12月21日現在、次のように報告している。
「例を見ない数であるが、ガザにおける住民の93%が危機的なレベルでの飢餓に直面しており、食料が不足し、栄養不良が高いレベルで存在している。少なくとも4世帯に1世帯が『破滅的な状態』に直面しており、食料の極度の欠乏と飢えを経験しつつ、食べ物を得るためだけに身の回りのものを売却し、その他非常手段に頼らざるを得ない状態にある。明らかに飢餓、貧困、死がそこにある。」(WHO「飢えと疾病の致死的な組み合わせによってガザではさらに死者が増える状態になっている」2023年12月21日。また世界食糧計画「4人に1人が極度の飢餓状態にあってガザは崖っぷちにある」2023年12月20日も参照)。
49.当裁判所はさらに、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)のフィリップ・ラザリーニ氏によって2024年1月13日に発せられた声明に留意する。
「この荒廃をもたらしている壊滅的な戦争が始まってから100日になる。イスラエルの人々に対してハマースおよびその他の集団が実行した恐ろしい襲撃に続いて、この戦争はガザの人々を殺害し、移住させている。捕虜になった人々とその家族にとって、試練と不安の100日であった。
これまでの100日間において、ガザ地区を縦断して休みなく続く爆撃は、住民の大量移住を引き起こし、その住民たちは、絶え間ない流れの中にあって、絶えず土地・建物を失わされ、夜通し退去を強制され、移動してもそこも安全ではないという状態にある。これは、1948年以来、パレスチナ住民の最も大規模な移住である。
この戦争によって影響を受けた人は200万人を超える。つまりガザの全住民が影響を被っている。多くの人は、一生残る傷を、身体的にも精神的にも、負うことになる。その大部分の人たちは、子どもも含めて、深く傷ついている。
UNRWAの超満員で不衛生なシェルターは、今や、140万人の人々の「ホーム」となっている。彼らは、あらゆるものが不足しており、食料から衛生やプライバシーに至るまでないものばかりである。人びとは非人間的な状態で生活しており、そこでは、子どもも含めて、病気がまん延している。彼らは、生活できない状態で生活しており、時計は急速に飢餓に向かって時を刻んでいる。
ガザにおける子どもの窮状は、とりわけ心が痛む。子どものあらゆる世代は、心に傷を負い、治癒するには何年もかかる状態にある。数千人の子どもが殺され、障害が残るほどの重傷を負い、孤児になった。数十万人の子どもが、教育を受けられないでいる。彼らの将来は危ういものであり、どこまでも続き、かつ、いつまでも続く悪い結果が予想される(「ガザ地区:死と破壊と移住の100日間」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月13日)。」
50.UNRWAの事務局長はまた、ガザにおける危機は「人間性を奪う言葉によっていっそうひどくなっている」と述べている(「ガザ地区:死と破壊と移住の100日間」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月13日)。
51.この点について、当裁判所は、イスラエルの高官らが発出した多数の声明に留意する。当裁判所はとりわけ、次の例に注意を喚起する。
52.2023年10月9日、イスラエルのヨアフ・ガラント国防大臣は、「ガザ市」の完全な包囲を命じたこと、またそこでは「電気もなくなり、食料もなくなり、燃料もなくなる」こと、並びに「すべてが封鎖(された)」ことを発表している。翌日、ガラント大臣は、ガザとの境界地帯にいるイスラエルの軍隊に向かって次のように述べた。
「私はあらゆる制限を解除した…。諸君は、我々が誰と戦っているのかを見た。我々は人間の顔をした動物と戦っているのである。これはガザのイスラム国である。これが、我々が戦っている相手である…。ガザは以前のような状態には戻ることはない。ハマースはなくなるであろう。我々はすべてせん滅するであろう。1日で成し遂げられないなら、1週間かかるであろうし、数週間あるいは数カ月かかるかもしれないが、我々はあらゆる場所に行くであろう。」
2023年10月12日、イスラエル大統領イツハク・ヘルツォグ氏は、ガザに触れて、次のように述べた。
「我々は国際法のルールに従って動いており、軍事作戦行動を行っている。一点の疑いもない。あそこにいる全民族こそが責任を負う。民間人は何も知らないとか、関わり合いがないというレトリックは真実ではない。これはまったく真実ではない。彼らは蜂起したのだ。彼らは、クーデタでガザを占拠した邪まな政権に立ち向かって戦うこともできたのだ。しかし、我々は戦争の最中にある。我々は戦争の最中にある。我々は戦争の最中にある。我々は我々の故国を防衛しているのだ。我々は我々のホームを防御しているのだ。これが真実だ。そして、民族がそのホームを保護するときは、民族は戦う。そして我々はやつらの背骨をへし折るまで戦う。」
2023年10月13日、イスラエルのエネルギーおよび社会基盤担当大臣(当時)であったイスラエル・カッツ氏は、X(以前のツイッター)で次のように述べた。
「我々はテロリスト組織ハマースと戦うことになり、これを破壊することになる。ガザにおけるあらゆる民間人は直ちに退去するよう命じる。我々は勝利するであろう。彼らは、この世から去るまで、一滴の水も一個の電池も受け取ることはないであろう。」
53.当裁判所はまた、37名の特別報告者、独立専門家、国際連合人権理事会作業部会のメンバーによる2023年11月16日の記者発表に留意し、そこにおいて「イスラエルの高官らが発した明白にジェノサイド的で人間性を否定する修辞発言」について警告を発していることを留意する。加えて、2023年10月27日、国際連合人種差別撤廃委員会は、「10月7日以降、パレスチナ人に対して向けられた人種的なヘイトスピーチや人間性を否定する発言が著しく増加していることに高い懸念を持つ」という意見を述べた。
54.当裁判所の見解において、上記の事実および事情は、南アフリカによって主張され、かつ、保護を求めている権利の少なくともいくつかが一応存在が推定されると結論付けるのに十分である。これは、ガザにおけるパレスチナ人のジェノサイドの行為および第3条に定める関連する禁止される行為から保護される権利に関する案件であり、この条約に基づくイスラエルの義務の遵守を求める南アフリカの権利に関する案件である。
55.当裁判所は今や、南アフリカによって主張されている一応存在が推定される権利と求められている仮保全措置との相関関係の要件について検討することにする。
56.南アフリカは、保護を求めている権利と南アフリカが請求している仮保全措置との間に相関関係が存在すると思料する。南アフリカは、とりわけ、ジェノサイド条約に基づくイスラエルの義務についてイスラエルが遵守することを確保するために、最初の6項目の仮保全措置を請求したのであり、最後の3項目は当裁判所における手続の完全性を保護し、その主張が公正に裁定される南アフリカの権利を保護することを目的とするものであると主張する。
57.イスラエルは、請求されている措置は、暫定的な根拠に基づいて権利を保護するのに必要とされるものを超えるものであると主張し、したがって保護を求めている権利との相関関係はないと主張する。被告は、とりわけ、南アフリカが求める第1条および第2条の措置(上記パラ11を参照)を認めることが、これらの措置が「ジェノサイド条約に基づく裁判権の行使の根拠となりえない権利の保護のためである」となるので、当裁判所の先例法を覆すものであると主張している。
58.当裁判所は、すでに(前記パラ54を見よ)、少なくともジェノサイド条約に基づいて南アフリカによって主張された権利のいくつかは一応存在が想定されると判断している。
59.当裁判所は、まさにその性質上、南アフリカが求めている仮保全措置のうち少なくともいくつかは、本件においてジェノサイド条約を根拠として南アフリカが主張する存在が推定される権利の保全を目的とするもの、すなわちガザにおいてパレスチナ人が第3条に規定するジェノサイドおよび関連する禁止された行為から保護される権利および条約に基づいたイスラエルの義務をイスラエルが履行することを遵守することを求める南アフリカの権利の保全を目的とするものである。それゆえ、南アフリカが主張する権利で、当裁判所が存在が推定されると判断した権利と請求された仮保全措置の少なくともいくつかとの間には相関関係がある。
V. 回復不能な損害のリスクと緊急性
60.当裁判所は、裁判所規程第41条に従って、裁判手続の主題である権利に対して回復不能な損害が生じうる場合またはそのような権利が軽視されていると主張され、その軽視によって回復不能な結果が生じる可能性がある場合において、仮保全措置を提示する権限を有する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 226,パラ 65)。
61.しかしながら、当裁判所のこの仮保全措置を提示する権限が行使されるのは、当裁判所が最終的決定を下す前に、主張されている権利に対して回復不能な損害が生じる現実かつ差し迫ったリスクが存在するという意味において、緊急性が存在する場合に限られる。当裁判所が本件において最終決定を下す前に、回復不能な損害を生じさせる可能性がある行為が「いかなる時にも行われる」可能性が存在する場合に、緊急性の要件が充足される(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (1), p. 227,パラ66)。当裁判所は、それゆえ、本件手続のこの段階において、そのようなリスクが存在するかどうかについて考慮しなければならない。
62.当裁判所が求められていることは、仮保全措置の提示を求める請求についてその決定をするために、ジェノサイド条約に基づく義務の違反が存在することを立証することではなく、条約に基づく権利の保護のために仮保全措置の提示を必要とする事情が存在するかどうかを決定することである。すでに指摘したように、当裁判所は、この段階において、事実の最終的な認定を行うことはできず(上記パラ30参照)、その功罪に関して各当事国が議論を提出する権利は、仮保全措置の提示に関する当裁判所の決定によって左右されることはない。
63.南アフリカは、ガザにおけるパレスチナ人の権利に対する回復不能な損害の明白なリスクが存在すると述べている。その主張するところは、人間の生命またはその他の基本権に対して重大なリスクが生じている場合には回復不能の損害という要件が充足されていると当裁判所が繰り返し認定しているという点にある。申立人に従えば、平均して一日に247人のパレスチナ人が殺害され、629人が傷害を負い、3900のパレスチナのホームが損壊または破壊されているのであって、この毎日の統計は緊急性と回復不能な損害の明白な証拠である。さらに、ガザ地区のパレスチナ人は、南アフリカの見解においては、
「イスラエルによって継続されている包囲、パレスチナ人の街の破壊、パレスチナ住民に通過することが許された不十分な支援および爆弾が投下される最中においてこの限られた援助を配給することができないことの結果として、飢餓、脱水症状および疾病による死の差し迫ったリスクの状態にある。」
申立人はさらに、ガザに向けた人道的救済のアクセスをイスラエルがいかに拡大したとしても、仮保全措置の請求に対する回答にはまったくならないと主張する。南アフリカはさらに付言して、「(イスラエルによる)ジェノサイド条約違反がチェックされないままでいるなら」、本件手続の功罪の段階についての証拠を収集し保全する機会は、まったく失われるわけではないとしても、深刻な程度において損なわれるであろうと述べている。
64.イスラエルは、本件において、回復不能な損害の現実かつ差し迫ったリスクが存在することを否認する。その主張するところによれば、ガザにおけるパレスチナ人の生存する権利を認知し、かつ、確保することに特別に目的とする具体的な措置はすでにとられており――継続してとられており――、ガザ地区全体を通して人道的支援の提供が促進されてきている。この点に関して、被申立人が認めるところでは、世界食糧計画WFPの援助によって、10余りのパン屋が1日に200万個以上のパンを製造する能力をもって最近において再開された。イスラエルはさらに、2つのパイプラインによってガザへ自分たち自身の水を提供し続けていると述べ、大量の瓶に詰められた水の配給が容易になったと言い、イスラエルが給水のインフラストラクチャーを修繕し広げていると言う。イスラエルはさらに、医療品や医療サービスへのアクセスが増加したと述べ、とりわけ、6つの野戦病院と2つの水上病院の設立を容易にし、さらにもう2つの病院が建設されつつあると述べた。またイスラエルは、医療チームのガザへの入域が容易になっており、病人や負傷者がラファの境界検問所を通じて退避されていると述べた。イスラエルによれば、テントや避寒用具も配給されており、燃料や調理用ガスの配達が容易になってきている。イスラエルはさらに、2024年1月7日の防衛大臣の声明によれば、敵対行動の範囲や強度は低下していると述べた。
65. 当裁判所は、1946年12月11日の国連総会決議96(I)において強調されているように、
「殺人が個としての人間の生きる権利の否定であるように、ジェノサイドは、人間集団全体の人の生存の権利の否定である。このような生存の権利の否定は、人類の良心を震撼させ、これらの人間の集団によって表現されている文化やその他の貢献の形での人間性に対する重大な喪失という結果を生み出し、かつ、それは道徳の法および国際連合の精神と目的に反するものである。」
当裁判所は、とりわけ、ジェノサイド条約が、「一方におけるその目的が一定の人間集団の正に生存を保護することにあり、かつ、他方におけるその目的が道徳の最も基本的な原理を確認し、裏書きすることにある」ので、「純粋に人道的かつ文明化する目的のために明らかに採択された」ことを認める(ジェノサイド条約に対する留保、勧告的意見、I.C.J.Reports 1951, p.23)。
66.ジェノサイド条約によって保護される根本的価値の点からみると、当裁判所は、本件においてもっともと思われる権利、すなわちガザ地区におけるパレスチナ人のジェノサイドの行為およびジェノサイド条約第3条に同定される関連する禁止される行為から保護される権利並びにこの条約に基づくイスラエルの義務をイスラエルが遵守することを求める南アフリカの権利が、これらの権利に対する侵害が回復不能な害悪を生じさせ得るような性質であると思料する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, p. 26,パラ70)。
67.継続している紛争の間において、国際連合の高官は、ガザ地区における状態の更なる悪化のリスクに対して繰り返し注意を喚起してきた。当裁判所は、たとえば、2023年12月6日付の書簡に留意し、その中で国際連合事務総長が次の情報について安全保障理事会の注意を喚起したことに留意する。すわなち、
「ガザにおける健康管理システムは破綻している…… ガザにおいて安全な場所はどこにもない。
イスラエル防衛軍による絶え間ない爆撃の最中において、しかも生き残るためのシェルターまたは必需品もなく、私は、絶望的な状態のゆえに公秩序が完全に破綻することを予期し、限られた人道的支援さえ不可能になっていると思う。さらに悪い状況が生じる可能性があり、これには、疫病および近隣諸国への大量移動に向けた圧力の増加という事態が含まれていた。
私たちは、人道的なシステムの崩壊の重大なリスクに直面している。状況は、急速に悪化しており、パレスチナ人全体にとって、またこの地域における平和と安全にとって、潜在的に不可逆的な意味を持った破局に向かっている。このような結果は、いかなる代価を払っても、避けなければならない(国連安全保障理事会,doc. S/2023/962, 2023年12月6日)。
68.2024年1月5日、国連事務総長は再び安全保障理事会に向けて書簡を書いて、ガザ地区における最新の情報を提供し、「悲しいことに、破滅的なレベルで死と破壊が継続している」と述べた(安全保障理事会議長に宛てた事務総長の2024年1月5日付の書簡、doc.S/2024/26, 2024年1月8日)。
69.当裁判所はまた、ガザにおける現在の紛争の開始以来4度目の訪問から帰ったUNRWA事務局長によって発出された2024年1月17日付の声明に留意する。すなわち、「私がガザを訪れるたび、私が目撃するのは、人びとがさらに絶望の淵に埋没し、毎時間を費やして毎日生存のための闘争の状態にあることである」(「ガザ地区:死と極度の疲労および絶望の最中における毎日の生存のための闘争」UNRWAフィリップ・ラザリーニ事務局長声明2024年1月17日)。
70.当裁判所は、ガザ地区における民間人が極度に脆弱な状態にあると思料している。当裁判所が想起するのは、2023年10月7日以降におけるイスラエルによる軍事作戦行動がもたらしたものが、とりわけ、数十万人に及ぶ死傷者と家庭、学校、医療施設およびその他の生存に必要不可欠な社会インフラの破壊であり、並びに大量な規模での移動・移住であるという点である(上記パラ46参照)。当裁判所が留意していることは、この軍事行動が継続していること、およびイスラエルの首相が2024年1月18日にこの戦争が「もっと長く数カ月かかるであろう」と発言したことである。現在、ガザ地区における多くのパレスチナ人は、最も基本的な食料、飲料水、電気、必要不可欠な医薬品または暖房へのアクセスがない。
71.世界保健機構WHOは、ガザ地区において出産した女性のうち15%が合併症を起こしていると推計しており、母体および新生児の死亡率が医療ケアにアクセスすることができないことによって増加することが見込まれていると指摘している。
72.これらの状況において、当裁判所は、ガザ地区における破局的な人道的状況が、当裁判所が最終判決を下す前に、さらに悪化することの重大なリスクにあると思料する。
73.当裁判所は、イスラエルがガザ地区における住民が直面する状況に向けて、これを軽減するいくらかの措置を執ったというイスラエルの声明があることを想起する。当裁判所はさらに、イスラエルの法務長官による最近の、民間人に対する意図的な害悪を呼びかけるのは、扇動の罪を含む犯罪に当たる可能性があり、このような事件のいくつかはイスラエル法執行機関によって吟味されているという声明に注意を払う。これらのような手段が奨励されるべきである一方で、これらは、当裁判所が本件において最終判決を下す前に回復不能な損害が生じるリスクを取り除くには不十分である。
74.以上述べた考察に照らして、当裁判所は、当裁判所が最終判決を下す前に、存在することが推定されると当裁判所が認定した権利に対する回復不能な損害が生じる実体的かつ差し迫ったリスクがあるという意味において、緊急性があると判断する。
VI. 結論および採択すべき措置
75.前述の検討に基づき当裁判所は裁判所規程が仮保全措置の提示に要請する条件は満たされたと判断した。従って、最終判断の決定前に、南アフリカが指摘し存在することが推定されると当裁判所が認定した権利を保護するために当裁判所は特定の仮保全措置を提示する必然性がある(上記パラ54を参照)。
76.裁判所規程に基づき、仮保全措置の要請がなされたとき当裁判所が全部または一部に要請とは異なる措置を提示する権限をもつことを当裁判所は想起する。裁判所規則の第75条第2項は当裁判所のこの権限を特段に明示するものである。当裁判所はこれまでにもこの権限を複数の事件において行使してきた(例えばジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ガンビア対ミャンマー)仮保全措置、2020年1月23日の決定、I.C.J.Reports 2020, 28ページ、パラ77を参照)。
77.本申立においては、南アフリカが請求した仮保全措置の内容および本件の状況を考慮し、当裁判所は提示することとなる仮保全措置は請求されたそれらと同一である必要はないと判断した。
78.
当裁判所は、上記の状況に鑑み、イスラエルはジェノサイド条約の示す義務に従い、ガザ地区のパレスチナ人に関して、条約第2条の特に、
(a) 集団構成員を殺すこと、
(b)集団構成員に対して重大な身体的または精神的な危害を加えること、
(c)全部または一部に身体的破壊をもたらすことを意図する生活条件を集団に対して故意に課すること、
および
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること、
の各号で規定するすべての行為を防止するすべての措置を講ずるべきであると思料する。当裁判所は、これらの行為が当該集団の全部または一部を破壊する意図から発した場合は条約第2条の規定範囲に含まれることを想起する(上記パラ44を参照)。当裁判所はさらに、イスラエル各軍がここに示したいかなる行為をも行わないことをイスラエルは直ちに措置するべきであると思料する。
79.当裁判所はまた、ガザ地区のパレスチナ人の集団構成員に関して直接的かつ公然のジェノサイド扇動行為を防止しまた処罰するためイスラエルがその権限内であらゆる措置を講じるべきであるとの見解を有する。
80.当裁判所はさらに、イスラエルはガザ地区のパレスチナ人が置かれている不利益な生活条件に対処するため緊急の必要性をもつ基本的サービスおよび人道支援の到達を可能とする迅速かつ有効な措置を講じるべきであると思料する。
81.イスラエルは、ガザ地区のパレスチナ人集団に向けられているジェノサイド条約第2条および第3条で規定された行為の疑いに関する証拠の破壊防止と保全確保をなす有効な措置を講じなければならない。
82.当裁判所による決定の実効性を担保するためにイスラエルが講じたすべての措置について当裁判所へ報告を提出するとの南アフリカによる仮保全措置請求に関して、当裁判所は、裁判所規則第78条によって、裁判所が提示したあらゆる仮保全措置の履行に関連する一切の事項について当事者から情報を求める権限を有していることを想起する。当裁判所が提示を決定した本件仮保全措置について、当裁判所は、決定の実効性を担保するためイスラエルは講じたすべての措置について発令日から1か月以内に報告を提出するべきであると思料する。かかる報告は南アフリカへ通知され、よって南アフリカは当裁判所へかかる報告への意見を提出する機会が与えられる。
83.当裁判所は裁判所規定第41条による仮保全措置決定は拘束力があること、したがって仮保全措置の対象となるいかなる当事者も服するべき国際法上の義務が生じることを想起する(ジェノサイド条約に基づくジェノサイドの申立て(ウクライナ対ロシア連邦)仮保全措置、2022年3月16日の決定、I.C.J.Reports 2022 (I), 230ページ, パラ84)。
84.当裁判所は、本手続での決定事項が本案における当裁判所の管轄権に関するいかなる疑義についても予断するものでなく、また本申立ての有効性あるいは本案についての疑義についても予断するものでないことを再確認する。それら疑義について南アフリカ共和国政府の、およびイスラエル国政府の、主張を陳述する権利は影響されない。
85.当裁判所は、ガザ地区における衝突に関与するすべての当事者は国際人道法に拘束されることを強調しておく必要があると見なしている。当裁判所は、2023年10月7日の対イスラエル攻撃の際に拉致されそれ以後ハマースおよび他の集団らによって拘束されている人質らの命運に重大な懸念を持ち、人質らを直ちに無条件で解放することを要請する。