佐々淳行は、1991年3月と6月、国際対テロ会議のため訪米した。
帰途、全日空便の中で石渡鷹男・動力炉・核燃料開発事業団理事長と一緒になり、次のような依頼を受けた。
翌92年に予定されているフランスからのプルトニウム輸送について、米国防省が厳しい条件を出してきた。通産も科技庁も交渉がうまくゆかず、困っている。手伝ってくれないか。核の専門知識がいくらあっても、理工系の人にはペンタゴンとの交渉は無理だ。
プルトニウムの輸送には、IAEAの国際規則がある。「アームド・エスコーツ」(武装護衛、複数形)をつけて輸出国から輸入国まで「無寄港航海」しなくてはならない。これまでは仏海軍と米海軍に依頼したが、今度は湾岸戦争の後始末で忙しいから、日本は自分のことは自分でやれ、と突き放された。前衛だけでなく後衛をつけ、できれば側衛もつけろ、と注文が出た。海上自衛隊は出せない。海上保安庁でやらせてほしい。そのため、巡洋大型巡視船「しきしま」を200億かけてわざわざ造った。それ1隻でやらせてくれ、とペンタゴンに申し入れたが、ウンと言わない。「しきしま」は無寄港航海可能なように造ったが、5,200トンの「みずほ」級は4隻あるものの、航続距離が足りない。
で、貴君にアーミテイジを説得してほしい。受諾しない場合でも、本件は「極秘」で願う。
アーミテイジは、彼が国防次官補のとき、そして佐々が防衛庁在籍の頃から親しい。合点承知之助となった。
帰国後、動燃副理事長が東大同期で法学部「緑会」の委員でもある田口三夫でもあることがわかり、その後はスムースに進んだ。訪米まで前後7回、妥協点、頑張るところと譲ってよいことなど詳細に打ち合わせ、翌1992年3月1日、全日空便でワシントンに向かった。
コネクションに次々に面会し、協力を要請したうえで、3月2日、フレッド・マクゴールドリック国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当次官補代理に面会した。
いわく、「IAEA国際規則で約1トンの核分裂性プルトニウムは、133基のFS47(なんだかわからない)B(U)型輸送容器に収め、さらに15個の輸送コンテナーに収容しなければならない。その容器は1万メートルの海底に沈んでも水圧に耐えて放射能を放出しない強度を有し、100年以上耐えるよう設計しなければならない。そして、湾岸戦争後でもあるので、テロリストや海賊の核ジャックに備え、無寄港航続能力をもつ軍艦複数と補給船、輸送船で最重警備されなければならない・・・・」
海上自衛隊の護衛艦は、海外派遣禁止の国策上出せない、というと、目を丸くして
「ホワァーイ?」と無邪気に問い返す。
こりゃ駄目だ、時間の無駄だ。
正面突破は諦めて、彼の上役ケネディ国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当上席次官補代理と、アーミテイジ大使に期待して撤退した。
勝負は3月4日、アーミテイジ大使の部屋、国防省1115号でついた。彼は日本が海上自衛隊を出せない理由を知りつくしている。
佐々は要望した。この任務のために、わざわざ「しきしま」を造った。20ミリ機関砲、無寄港航海のための大型燃料タンク、OHレーダー、宙衛星利用のGPS装置を備え、ヘリの搭載も可能だ。なんとかこれが「アームド・エスコート」の要件を満たすと認めくれ。
大使いわく、「『アームド・エスコーツ』、条約上の義務は複数だよ。20ミリなんて『砲』じゃない。『銃』だ。少なくとも35ミリか40ミリ砲を積め。もし核ジャックされたら日本は核のテロにさらされるかも知れない国際社会に対して、どう責任をとる。前衛だけでなく後衛、側衛をつけろ」。
佐々は妥協案を出した。兵装は35ミリ。後衛に「みずほ」級を派遣し、事前に要所に配備してリレー式の交代でエスコートさせる。
大使は受けた。「偵察衛星による監視をプロヴァイドしよう。何かあったら第六艦隊か第七艦隊に通報し、救援させる」
佐々は3月7日、帰国。石渡・動燃理事長に報告。
1992年11月7日、専用運搬船「あかつき丸」は、シェルブール港を出港。60日間航海後、1993年1月5日、茨城県日本原子力発電株式会社の東海港に運ばれた。
動燃は、その5年後に解体され、核燃料サイクル開発機構への改組をへて、現在の独立行政法人日本原子力研究開発機構になる。フランスからのプルトニウム輸送は、動燃時代に3回、核燃料開発機構・原研になってから7回、計14回行われた。いずれも核ジャックには遭っていない。
・・・・ニーチェで味つけしたエッケ・ホモ、この人を見よ、だ。が、佐々淳行の人脈を駆使した活躍になんら異議を唱えるものではない。
異議があるとすれば、プルトニウムの輸入そのものだ。
第一、国は運搬船を護衛する巡洋大型巡視船のため200億円を投じている。しかも、1隻では足りないのだ。
第二、護衛が不十分なほか、事故の補償制度はないし、輸送ルート諸国の事前了解を得ていない【注】。
【注】「【震災】原発>核廃棄物40トン、9月に日本へ ~広島型原爆2,280個分~」
□佐々淳行『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-』(文春文庫、2008)
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帰途、全日空便の中で石渡鷹男・動力炉・核燃料開発事業団理事長と一緒になり、次のような依頼を受けた。
翌92年に予定されているフランスからのプルトニウム輸送について、米国防省が厳しい条件を出してきた。通産も科技庁も交渉がうまくゆかず、困っている。手伝ってくれないか。核の専門知識がいくらあっても、理工系の人にはペンタゴンとの交渉は無理だ。
プルトニウムの輸送には、IAEAの国際規則がある。「アームド・エスコーツ」(武装護衛、複数形)をつけて輸出国から輸入国まで「無寄港航海」しなくてはならない。これまでは仏海軍と米海軍に依頼したが、今度は湾岸戦争の後始末で忙しいから、日本は自分のことは自分でやれ、と突き放された。前衛だけでなく後衛をつけ、できれば側衛もつけろ、と注文が出た。海上自衛隊は出せない。海上保安庁でやらせてほしい。そのため、巡洋大型巡視船「しきしま」を200億かけてわざわざ造った。それ1隻でやらせてくれ、とペンタゴンに申し入れたが、ウンと言わない。「しきしま」は無寄港航海可能なように造ったが、5,200トンの「みずほ」級は4隻あるものの、航続距離が足りない。
で、貴君にアーミテイジを説得してほしい。受諾しない場合でも、本件は「極秘」で願う。
アーミテイジは、彼が国防次官補のとき、そして佐々が防衛庁在籍の頃から親しい。合点承知之助となった。
帰国後、動燃副理事長が東大同期で法学部「緑会」の委員でもある田口三夫でもあることがわかり、その後はスムースに進んだ。訪米まで前後7回、妥協点、頑張るところと譲ってよいことなど詳細に打ち合わせ、翌1992年3月1日、全日空便でワシントンに向かった。
コネクションに次々に面会し、協力を要請したうえで、3月2日、フレッド・マクゴールドリック国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当次官補代理に面会した。
いわく、「IAEA国際規則で約1トンの核分裂性プルトニウムは、133基のFS47(なんだかわからない)B(U)型輸送容器に収め、さらに15個の輸送コンテナーに収容しなければならない。その容器は1万メートルの海底に沈んでも水圧に耐えて放射能を放出しない強度を有し、100年以上耐えるよう設計しなければならない。そして、湾岸戦争後でもあるので、テロリストや海賊の核ジャックに備え、無寄港航続能力をもつ軍艦複数と補給船、輸送船で最重警備されなければならない・・・・」
海上自衛隊の護衛艦は、海外派遣禁止の国策上出せない、というと、目を丸くして
「ホワァーイ?」と無邪気に問い返す。
こりゃ駄目だ、時間の無駄だ。
正面突破は諦めて、彼の上役ケネディ国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当上席次官補代理と、アーミテイジ大使に期待して撤退した。
勝負は3月4日、アーミテイジ大使の部屋、国防省1115号でついた。彼は日本が海上自衛隊を出せない理由を知りつくしている。
佐々は要望した。この任務のために、わざわざ「しきしま」を造った。20ミリ機関砲、無寄港航海のための大型燃料タンク、OHレーダー、宙衛星利用のGPS装置を備え、ヘリの搭載も可能だ。なんとかこれが「アームド・エスコート」の要件を満たすと認めくれ。
大使いわく、「『アームド・エスコーツ』、条約上の義務は複数だよ。20ミリなんて『砲』じゃない。『銃』だ。少なくとも35ミリか40ミリ砲を積め。もし核ジャックされたら日本は核のテロにさらされるかも知れない国際社会に対して、どう責任をとる。前衛だけでなく後衛、側衛をつけろ」。
佐々は妥協案を出した。兵装は35ミリ。後衛に「みずほ」級を派遣し、事前に要所に配備してリレー式の交代でエスコートさせる。
大使は受けた。「偵察衛星による監視をプロヴァイドしよう。何かあったら第六艦隊か第七艦隊に通報し、救援させる」
佐々は3月7日、帰国。石渡・動燃理事長に報告。
1992年11月7日、専用運搬船「あかつき丸」は、シェルブール港を出港。60日間航海後、1993年1月5日、茨城県日本原子力発電株式会社の東海港に運ばれた。
動燃は、その5年後に解体され、核燃料サイクル開発機構への改組をへて、現在の独立行政法人日本原子力研究開発機構になる。フランスからのプルトニウム輸送は、動燃時代に3回、核燃料開発機構・原研になってから7回、計14回行われた。いずれも核ジャックには遭っていない。
・・・・ニーチェで味つけしたエッケ・ホモ、この人を見よ、だ。が、佐々淳行の人脈を駆使した活躍になんら異議を唱えるものではない。
異議があるとすれば、プルトニウムの輸入そのものだ。
第一、国は運搬船を護衛する巡洋大型巡視船のため200億円を投じている。しかも、1隻では足りないのだ。
第二、護衛が不十分なほか、事故の補償制度はないし、輸送ルート諸国の事前了解を得ていない【注】。
【注】「【震災】原発>核廃棄物40トン、9月に日本へ ~広島型原爆2,280個分~」
□佐々淳行『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-』(文春文庫、2008)
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