(1)米国金融界は、ビットコインの存在を無視できなくなった。その反映が「BAレポート」だ。BAレポートとは、昨年12月【注1】、バンク・オブ・アメリカ=メリルリンチが公表した、ビットコインに関するレポートのことだ。大手金融機関による最初のレポートであり、しかもビットコインの経済価値に係る定量的な分析だ。
ビットコインに係る米国金融界における議論は、すでに、役割の大きさに関する定量的な検討にまで至っている。
(2)BAレポートは、ビットコインが
(a)eコマースで約10%の比重の決済手段になり、
(b)送金産業において主要な役割を果たすようになるだろう、としている。
(c)1BTC=1,300ドル程度が適切な価格(フェアバリュー)であろう、としている【注2】。
(3)BAレポートは、3つの分野について分析している。
(a)eコマースにおける決済・・・・50億ドル(推計)のビットコインが必要だ。
根拠・・・・2012年の米国のB2C(個人向け)eコマース売上高は2,240億ドル。これにどれだけの現金が必要か。2012年の個人消費総額は11兆ドル、世帯の預金および現金の合計は0.7兆ドル。後者を前者で割った値は0.07(BAレポートのいわゆる「貨幣の流通速度」=流通速度の逆数=「マーシャルのk」)。過去10年間の平均値は0.04。つまり、1ドルの年間個人消費のために4セントのマネーを保有している。
eコマースでの流通速度が通常取引と同じだとすると、100億ドルのマネーが必要になる。このうち1割がビットコインになれば10億ドル相当のビットコインが必要だ。世界経済における米国経済のシェアは2割だから、全世界における必要額は50億ドル(推計)だ。
(b)国際送金におけるビットコイン価値・・・・現在、国際送金業務を行っている大手企業はウェスタンユニオン、マネーグラム、ユーロネットで、これらで20%のシェアを占め、3社の時価総額の平均は45億ドルだ。
ビットコインがこれら3社の平均と同程度の役割を果たすようになるならば、その価値は45億ドル程度になる。
(c)価値保存手段としての価値・・・・ビットコインが銀と同様の評価を得られるとすると、その市場価値は50億ドルに達する可能性がある。
(d)以上、(a)+(b)+(c)≒150億ドル。発行総額と比較すると、1BTCの市場価格は1,300ドル程度と評価される【注3】。
(4)(3)における技術的な点。
(a)①eコマースのための必要額・・・・ここで用いられている値を流通速度に換算すれば25程度になるが、この値は高すぎるのではないか? 流通速度は、分子と分母にどのような変数を持ってくるかで値はかなり変わる。
<例>日本の場合、経済全体の貨幣残高としてM2、売上高として法人企業の総売上高をとると、最近時点での流通速度が2であるとすれば、必要額は上記推計の10倍となる(500億ドル程度)。
②eコマースの10%がビットコインで決済されるとしているが、この仮定に格別の根拠はない。別の値を想定すれば、結果は大きく変わる。
(b)①国際送金業務の価値点・・・・「ビットコインの価値が3社の時価総額の平均になる」というのも、確たる根拠はない。ウェスタンユニオンの時価総額は90億ドルだから、それと同じになるとすれば90億ドルになる。
②現在の国際送金業者の扱いを全部代替してしまえば、ビットコインの価値はずっと大きくなる。
(5)(4)のように、仮定を変えれば結果は10倍にも20倍にもなる。かつ、仮定について誰もが認める値を設定するのは、現状では困難だ。よって、現段階ではビットコインの「フェアバリュー」を定量的に評価するのは無理だ。
それより重要なのは、「どの程度まで既存の支払い手段を代替し得るか」に関する大まかなイメージだ。
(a)BAレポートのイメージは、「eコマース決済の1割がビットコインで行われ、国際送金においてウェスタンユニオンの半分くらいの役割を担う」というものだ。
(b)しかし、(a)のイメージは保守的だ。わけても、①ビットコインの利用主体として個人しか考えていないこと、②銀行が現在果たしている決済業務をビットコインが代替する可能性を考慮してないこと、の点でかなり控えめだ。
(c)(b)のことは、特に国際送金について言える。送金業者(ウェスタンユニオンなど)は、銀行以外の送金主体であり、利用者は主として個人だ。しかし、企業による輸出入業務で、はるかに巨額の国際送金がなされているし、かつ、この分野は銀行がほぼ独占している【注4】。それが、ビットコインに代替されれば、その影響は極めて大きい。2012年のウェスタンユニオンの収入は57億ドルだ。これは国際送金の収入30兆円【注5】の2%程度でしかない。つまり、貿易関連送金業務をビットコインがすべて担うとすれば、BAレポートの100倍程度のコインが必要になる。
(6)BAレポートの結論は、「価格はファンダメンタルズに比べて割高」というものだ。
しかし、「現実の価格は、控えめな価値の推計より低い」とも言える【注6】。
(a)日本株は2013年に6割上昇したが、それは円安によるものだった(生産性向上やビジネスモデル改善によるものではなかった)。
(b)ビットコインは、コンピュータ技術の新しいイノベーションに裏付けられている。
(a)と(b)のどちらの価格がファンダメンタルズに近いと言えるか?
【注1】中国人民銀行が金融機関の関与を禁止する前。BAレポートの分析は送金手段としての価値を主として評価しており、その部分についての考え方は今でも有効だ。
【注2】最近時点での価格は1BTC=600ドル程度。
【注3】昨年12月初めの価格は1,200ドル超。中国が金融機関の関与を禁止したため、12月中旬に600程度に暴落した。
【注4】「【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?」
【注5】前掲論考。
【注6】電子コインはビットコインだけでないことに注意が必要。さまざまなコインで役割を分け合えば、個々のコインの価格は安くなる。
□野口悠紀雄「ビットコインが持つ経済価値はどの程度か? ~「超」整理日記No.703~」(「週刊ダイヤモンド」2014年4月5日号)
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【参考】
「【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?」
「【野口悠紀雄】ビットコインに関して政府がなすべきこと」
「【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解」
「【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?」
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」
ビットコインに係る米国金融界における議論は、すでに、役割の大きさに関する定量的な検討にまで至っている。
(2)BAレポートは、ビットコインが
(a)eコマースで約10%の比重の決済手段になり、
(b)送金産業において主要な役割を果たすようになるだろう、としている。
(c)1BTC=1,300ドル程度が適切な価格(フェアバリュー)であろう、としている【注2】。
(3)BAレポートは、3つの分野について分析している。
(a)eコマースにおける決済・・・・50億ドル(推計)のビットコインが必要だ。
根拠・・・・2012年の米国のB2C(個人向け)eコマース売上高は2,240億ドル。これにどれだけの現金が必要か。2012年の個人消費総額は11兆ドル、世帯の預金および現金の合計は0.7兆ドル。後者を前者で割った値は0.07(BAレポートのいわゆる「貨幣の流通速度」=流通速度の逆数=「マーシャルのk」)。過去10年間の平均値は0.04。つまり、1ドルの年間個人消費のために4セントのマネーを保有している。
eコマースでの流通速度が通常取引と同じだとすると、100億ドルのマネーが必要になる。このうち1割がビットコインになれば10億ドル相当のビットコインが必要だ。世界経済における米国経済のシェアは2割だから、全世界における必要額は50億ドル(推計)だ。
(b)国際送金におけるビットコイン価値・・・・現在、国際送金業務を行っている大手企業はウェスタンユニオン、マネーグラム、ユーロネットで、これらで20%のシェアを占め、3社の時価総額の平均は45億ドルだ。
ビットコインがこれら3社の平均と同程度の役割を果たすようになるならば、その価値は45億ドル程度になる。
(c)価値保存手段としての価値・・・・ビットコインが銀と同様の評価を得られるとすると、その市場価値は50億ドルに達する可能性がある。
(d)以上、(a)+(b)+(c)≒150億ドル。発行総額と比較すると、1BTCの市場価格は1,300ドル程度と評価される【注3】。
(4)(3)における技術的な点。
(a)①eコマースのための必要額・・・・ここで用いられている値を流通速度に換算すれば25程度になるが、この値は高すぎるのではないか? 流通速度は、分子と分母にどのような変数を持ってくるかで値はかなり変わる。
<例>日本の場合、経済全体の貨幣残高としてM2、売上高として法人企業の総売上高をとると、最近時点での流通速度が2であるとすれば、必要額は上記推計の10倍となる(500億ドル程度)。
②eコマースの10%がビットコインで決済されるとしているが、この仮定に格別の根拠はない。別の値を想定すれば、結果は大きく変わる。
(b)①国際送金業務の価値点・・・・「ビットコインの価値が3社の時価総額の平均になる」というのも、確たる根拠はない。ウェスタンユニオンの時価総額は90億ドルだから、それと同じになるとすれば90億ドルになる。
②現在の国際送金業者の扱いを全部代替してしまえば、ビットコインの価値はずっと大きくなる。
(5)(4)のように、仮定を変えれば結果は10倍にも20倍にもなる。かつ、仮定について誰もが認める値を設定するのは、現状では困難だ。よって、現段階ではビットコインの「フェアバリュー」を定量的に評価するのは無理だ。
それより重要なのは、「どの程度まで既存の支払い手段を代替し得るか」に関する大まかなイメージだ。
(a)BAレポートのイメージは、「eコマース決済の1割がビットコインで行われ、国際送金においてウェスタンユニオンの半分くらいの役割を担う」というものだ。
(b)しかし、(a)のイメージは保守的だ。わけても、①ビットコインの利用主体として個人しか考えていないこと、②銀行が現在果たしている決済業務をビットコインが代替する可能性を考慮してないこと、の点でかなり控えめだ。
(c)(b)のことは、特に国際送金について言える。送金業者(ウェスタンユニオンなど)は、銀行以外の送金主体であり、利用者は主として個人だ。しかし、企業による輸出入業務で、はるかに巨額の国際送金がなされているし、かつ、この分野は銀行がほぼ独占している【注4】。それが、ビットコインに代替されれば、その影響は極めて大きい。2012年のウェスタンユニオンの収入は57億ドルだ。これは国際送金の収入30兆円【注5】の2%程度でしかない。つまり、貿易関連送金業務をビットコインがすべて担うとすれば、BAレポートの100倍程度のコインが必要になる。
(6)BAレポートの結論は、「価格はファンダメンタルズに比べて割高」というものだ。
しかし、「現実の価格は、控えめな価値の推計より低い」とも言える【注6】。
(a)日本株は2013年に6割上昇したが、それは円安によるものだった(生産性向上やビジネスモデル改善によるものではなかった)。
(b)ビットコインは、コンピュータ技術の新しいイノベーションに裏付けられている。
(a)と(b)のどちらの価格がファンダメンタルズに近いと言えるか?
【注1】中国人民銀行が金融機関の関与を禁止する前。BAレポートの分析は送金手段としての価値を主として評価しており、その部分についての考え方は今でも有効だ。
【注2】最近時点での価格は1BTC=600ドル程度。
【注3】昨年12月初めの価格は1,200ドル超。中国が金融機関の関与を禁止したため、12月中旬に600程度に暴落した。
【注4】「【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?」
【注5】前掲論考。
【注6】電子コインはビットコインだけでないことに注意が必要。さまざまなコインで役割を分け合えば、個々のコインの価格は安くなる。
□野口悠紀雄「ビットコインが持つ経済価値はどの程度か? ~「超」整理日記No.703~」(「週刊ダイヤモンド」2014年4月5日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【野口悠紀雄】ビットコインは地球通貨の夢を見るか?」
「【野口悠紀雄】ビットコインに関して政府がなすべきこと」
「【野口悠紀雄】ビットコインに関する深刻な誤報と誤解」
「【野口悠紀雄】ビットコインは理想通貨か徒花か?」
「【仮想通貨】ビットコインは中国経済をどう変えるか?」
「【仮想通貨】ビットコインは円を駆逐するか?」