語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~

2014年04月23日 | 社会
 (6)ウクライナの債務・経済危機は奇妙だ。1990年代初めには9割、その後減ったけれど、欧州向けの6割に近いロシア天然ガスがウクライナ中継ルート((3)-(d))で輸送された。パイプラインの中継国には一種の手数料(「中継代」)が入る。ウクライナは最大の中継国だから、ガスプロムにウクライナ国内消費分のガス代を差し引けば、後は黙っていても毎年巨額のカネ(中継代-ガス代)がガスプロムから転がり込む・・・・はずだ。
 ところが、ウクライナはガス代を滞納しているのである。ために、2006年初めと2009年初めには、短期間だったが、ロシアにガスパイプラインの栓を締められてしまった。その後も再び滞納が累積し、その都度、ガスプロムとウクライナ国営ナフトガスの間で綱渡りのような交渉が繰り返され、今回の政変に至った。
 ウクライナの「闇のガス財閥」のせいだ。
 ガスプロムとナフトガスとの取引は、この「闇のガス財閥」の連中を仲介して行う仕組みになってきた。仲介者を通す結果、ガスプロムの売値に対し、ナフトガスが買い取るガス価格には大幅な仲介料が加算される。この仲介料込みの膨大なガス料金が、本来ならば中継代で潤うはずのウクライナの国庫を食いつぶし、財政を危機状態に追い込んでいた。
 「闇のガス財閥」には愛国心など無縁で、数十億ユーロ規模の資金を自由に操り、ウクライナ政府ばかりか、ロシア政府役人、ガスプロム関係者にも影響力を及ぼし、世界各地の港湾建設などに融資する強力な勢力だ。歴代の指導者は「闇のガス財閥」の関係者で、ユーシェンコ(オレンジ革命の大立者)やティモシェンコ元首相(最近、牢から自由の身になった)も例外ではない。ティモシェンコは1990年代に「ガスの王女」と異名を冠された実力者だった。

 (7)4月1日以降にウクライナが、したがってその立て直しを引き受ける「国際社会」が直面するのは、ガスプロム社に対する債務問題だ。
 ロシアは、戦略の要衝クリミア半島を押さえた上に、4月以降は値上げしたガス代をウクライナから滞納の心配なく受け取れる。悪者に徹することで実利を得て満足だ。
 日本は、「すっかり変わった状況に合わせ、新規の政策を編み出していくしかない」というEUと協力して、IMF主導の改革に注入される支援の使途を厳格に監視しなければならない。<例>国民生活をよくするための援助が、米企業のウクライナ国内のシュールガス開発へ回される、というようなことがあってはならない。

 (8)パイプラインは(3)の4つの主要ルートがあるが、このほかに、ロシアから黒海海底を通る「南ストリーム」が建設中だ。ブルガリアに入り、ギリシアからイタリアに至るルートと黒海海底で分岐し、ルーマニアに入り、セルビア、ハンガリーなどを通り、オーストリアに至るルートから成る。プーチンがベルスコーニ・イタリア首相(当時)などと強力に推進してきたが、当初の計画が遅れ、2019年に完成予定だ。
 2019年とは、(3)-(d)の契約切れに一致している。2009年1月のガス危機の結果、ティモシェンコ・ウクライナ首相(当時)下に結ばれた10年契約が切れる。これに合わせ、「南ストリーム」建設促進の必要性が強調されるはずだ。
 建設の遅れは資金難による。シベリアから黒海までのロシア領内のパイプライン建設に加え、1,000mにも至る黒海の水深のせいで、比較的浅いバルト海よりもはるかに建設費がかかることになった。
 今後、この資金繰りが焦点となる。
 日本政府は決して北方領土問題とエネルギー資源協力をリンクするべきでない。自らを縛る結果を招くだけだ。
 「南ストリーム」とともに浮上するのが「南回廊」の天然ガスルート計画だ。これは米主導で、ロシアを除く旧ソ連南部などからトルコに入る国際コンソーシアムだ。

 (8)今は、シェールガスの登場と普及による、石油中心のエネルギー時代終焉の始まりだ。これまでサウジアラビアなどのアラブ諸国の役割は終わる一方、エネルギー資源の収入に依存するロシアも、このエネルギー革命の到来に不安感を強め、いかにこの変動期を生き抜こうかと焦っている。米欧は、狼狽するロシアの心理をもっと理解するべきだった。ウクライナに対するロシアの行動は、これまでロシアが維持してきたシステムがもはや機能しなくなった表れだった。

□谷口長世「天然ガス・パイプラインから眺めたウクライナ騒動 ~遙かなセバストーポリ --エネルギー奥の院を覗く」(「世界」2014年5月号)
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 【参考】
【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~
【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~
【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~
【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~
【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」
【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~
【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~
【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~
【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~
【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~
【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~
【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~
【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~
【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~
【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア
【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~
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