(9)ウクライナ危機が安部外交の危うさを顕在化させた。
「価値観外交」で近隣の中国・韓国との関係を「戦後最悪」ともいえるほど硬直させ、靖国参拝を強行して「戦後秩序を否定して、危険な国家主義への回帰を目指しているのでは」と同盟国米国からも不信の目で見られる安倍政権にとって、ロシアとの関係改善は暗闇の中での光りだった。
欧米首脳が「人権問題」を理由に参加を見送ったソチ五輪の開会式にも参加し、安部は就任後の1年で5回もプーチンと面談、「北方領土問題」への展望も開けるのでは、という議論さえ始まっていた。
ロシアと欧米の対立がエスカレートした場合、日本は、苦渋の選択を強いられることになる。
(a)G7の側に立ってロシアを索制するのか、
(b)「温度差」を演じ、ロシアとの好関係維持に向うのか。
ここでは3つの問題を取り上げる。①エネルギー、②集団的自衛権、③尖閣問題。
(10)最初に浮上するのは「エネルギー」だ。
日本のロシアへのエネルギー依存は確実に高まりつつある。
中東情勢の流動化の中で、化石燃料について日本の中東への過剰依存(原油8割強、LNG4割弱)を解消するために供給源を多角化するとなると、現実的選択肢はロシアとなる。
2013年、既に日本の原油とLNG輸入の1割はロシアからとなった。シベリア・パイプラインが太平洋側に辿り着き、サハリンのLNGプロジェクトが軌道に乗ってきた。
2020年には2割になる、と予想される。
ロシアも日本のような安定的需要先に売りたがっている。欧州への化石燃料輸出を優位に展開するためにも、ユーラシア国家として極東への販路を安定確保したいのだ。
相互の思惑が日露接近をもたらしている。が、米国が主導するロシアへの経済制裁がエスカレートした場合、ロシアからのエネルギー供給は壁にぶつかる可能性がある。
(11)ウクライナ危機は、解釈改憲してでも米国との集団的自衛権行使に踏み込もうとする安倍政権の外交安保政策の矛盾を露呈させ始めた。
安倍政権が集団的自衛権を急ぐ心理は、中国・北朝鮮の脅威に対して米国との軍事同盟を強化することで向き合おうというものだ。しかし、ウクライナ危機によって、米露の軍事的緊張が高まった場合、日本における米軍基地はロシアを想定したユーラシアへの展開を担わざるを得なくなる。軍事衝突の可能性は低いが、戦端が切られた場合、冷戦期からソ連を対象にモニタリングしてきた情報通信基地三沢がロシアからの攻撃対象になりかねない。
自ら「米国との一体の軍事同盟」に踏み込むということは、そうした事態さえ視野に入れた覚悟がいる、ということだ。
(12)世界の「集団的自衛権」に関する潮流は真逆だ。NATO(代表的な集団自衛権の仕組み)は、加盟国は自国の国益を慎重に配慮し、独自の行動を思慮深く選択する時代を迎えつつある。
<例>シリア問題。NATO加盟国の温度差が目立ち、ロシアに対しても共同の軍事行動が行われる状況ではない。
「自主独立」の主体的判断が求められる時代に、「安保条約の双務性」にこだわり、「集団的自衛権の行使容認」に狂奔する日本の姿は哀しく滑稽だ。
自衛権は、容易に他国に託すべき問題ではない。自国の青年を不必要な戦争の犠牲者にしないための、ぎりぎりの熟慮の判断が問われる。
(13)ウクライナ危機は、「尖閣問題」にさえ影を投げかけている。
中国はウクライナ情勢を別の文脈で注視している。ロシアの手法(住民投票によるクリミア分離の正統化)は、台湾問題や新疆ウィグル問題を抱える中国が賛同できるものではない。国連安保理でも「棄権・中立」という立場をとる。
しかし、ウクライナでどこまで米国が動くのかはきわめて重要だ。「米国は動かないし、動けない」となれば、それは北京にとって領土問題へのメッセージとなる。
次のことを日本人は明確に承知しておかねばならない。
「尖閣を巡り日中の衝突が起こった場合、米軍は、直接介入はしない」【アンジェレラ在日本米軍司令官、2月10日、日本記者クラブにおける共同電話インタビュー】
現在、海上警察権レベル(日本側は海上保安庁)で向き合っている尖閣周辺で衝突が起こったら、在日米軍はまず「救助」に徹し、日中の対話を促すのだ。中国が尖閣を軍事占拠しても、米軍が直ちに直接介入することには慎重な姿勢である、と明言しているのだ。在日米軍は、「駆けつけてくれる善意のガードマン」ではないことを明らかにしている。米軍のアジア戦略の本質が正直に語られている。
(14)米国は、尖閣の施政権が日本にあることを認めているが、領有権についてはコミットせず、日米安保条約第5条の対象として同盟責任を果たすことを繰り返し明言しているが、それが軍事介入(米中戦争)を意味しないことも明らかだ。
要するに、日中両国へ配慮し、東アジアにおける米国の影響力を最大化する「あいまい作戦」なのだ。
この現実を冷静に受け止める視界なしに、日米同盟の今後、基地問題も議論できない。
(15)ウクライナ危機を震源として、ユーラシアの地政学が動き始めた。
歴史は、玉突きの球のように動く。地殻変動の中で、日本外交は矛盾を露呈し始めた。
対米過剰依存の固定観念に埋没する一方で、近隣からの孤立という不安の中で、ロシアの理不尽な行動にも「実効のない制裁」でお茶を濁している。21世紀の世界に関与する外交総体の構想に欠けるからだ。
取り戻すべきは、
(a)近隣との協調と相互信頼を基盤にした自立自尊の構想であり、
(b)柔軟で賢明な進路選択だ。
□寺島実郎「ウクライナ危機が炙りだした日本外交のジレンマ ~脳力のレッスン 特別編 145回~」(「世界」2014年5月号)
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【参考】
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「価値観外交」で近隣の中国・韓国との関係を「戦後最悪」ともいえるほど硬直させ、靖国参拝を強行して「戦後秩序を否定して、危険な国家主義への回帰を目指しているのでは」と同盟国米国からも不信の目で見られる安倍政権にとって、ロシアとの関係改善は暗闇の中での光りだった。
欧米首脳が「人権問題」を理由に参加を見送ったソチ五輪の開会式にも参加し、安部は就任後の1年で5回もプーチンと面談、「北方領土問題」への展望も開けるのでは、という議論さえ始まっていた。
ロシアと欧米の対立がエスカレートした場合、日本は、苦渋の選択を強いられることになる。
(a)G7の側に立ってロシアを索制するのか、
(b)「温度差」を演じ、ロシアとの好関係維持に向うのか。
ここでは3つの問題を取り上げる。①エネルギー、②集団的自衛権、③尖閣問題。
(10)最初に浮上するのは「エネルギー」だ。
日本のロシアへのエネルギー依存は確実に高まりつつある。
中東情勢の流動化の中で、化石燃料について日本の中東への過剰依存(原油8割強、LNG4割弱)を解消するために供給源を多角化するとなると、現実的選択肢はロシアとなる。
2013年、既に日本の原油とLNG輸入の1割はロシアからとなった。シベリア・パイプラインが太平洋側に辿り着き、サハリンのLNGプロジェクトが軌道に乗ってきた。
2020年には2割になる、と予想される。
ロシアも日本のような安定的需要先に売りたがっている。欧州への化石燃料輸出を優位に展開するためにも、ユーラシア国家として極東への販路を安定確保したいのだ。
相互の思惑が日露接近をもたらしている。が、米国が主導するロシアへの経済制裁がエスカレートした場合、ロシアからのエネルギー供給は壁にぶつかる可能性がある。
(11)ウクライナ危機は、解釈改憲してでも米国との集団的自衛権行使に踏み込もうとする安倍政権の外交安保政策の矛盾を露呈させ始めた。
安倍政権が集団的自衛権を急ぐ心理は、中国・北朝鮮の脅威に対して米国との軍事同盟を強化することで向き合おうというものだ。しかし、ウクライナ危機によって、米露の軍事的緊張が高まった場合、日本における米軍基地はロシアを想定したユーラシアへの展開を担わざるを得なくなる。軍事衝突の可能性は低いが、戦端が切られた場合、冷戦期からソ連を対象にモニタリングしてきた情報通信基地三沢がロシアからの攻撃対象になりかねない。
自ら「米国との一体の軍事同盟」に踏み込むということは、そうした事態さえ視野に入れた覚悟がいる、ということだ。
(12)世界の「集団的自衛権」に関する潮流は真逆だ。NATO(代表的な集団自衛権の仕組み)は、加盟国は自国の国益を慎重に配慮し、独自の行動を思慮深く選択する時代を迎えつつある。
<例>シリア問題。NATO加盟国の温度差が目立ち、ロシアに対しても共同の軍事行動が行われる状況ではない。
「自主独立」の主体的判断が求められる時代に、「安保条約の双務性」にこだわり、「集団的自衛権の行使容認」に狂奔する日本の姿は哀しく滑稽だ。
自衛権は、容易に他国に託すべき問題ではない。自国の青年を不必要な戦争の犠牲者にしないための、ぎりぎりの熟慮の判断が問われる。
(13)ウクライナ危機は、「尖閣問題」にさえ影を投げかけている。
中国はウクライナ情勢を別の文脈で注視している。ロシアの手法(住民投票によるクリミア分離の正統化)は、台湾問題や新疆ウィグル問題を抱える中国が賛同できるものではない。国連安保理でも「棄権・中立」という立場をとる。
しかし、ウクライナでどこまで米国が動くのかはきわめて重要だ。「米国は動かないし、動けない」となれば、それは北京にとって領土問題へのメッセージとなる。
次のことを日本人は明確に承知しておかねばならない。
「尖閣を巡り日中の衝突が起こった場合、米軍は、直接介入はしない」【アンジェレラ在日本米軍司令官、2月10日、日本記者クラブにおける共同電話インタビュー】
現在、海上警察権レベル(日本側は海上保安庁)で向き合っている尖閣周辺で衝突が起こったら、在日米軍はまず「救助」に徹し、日中の対話を促すのだ。中国が尖閣を軍事占拠しても、米軍が直ちに直接介入することには慎重な姿勢である、と明言しているのだ。在日米軍は、「駆けつけてくれる善意のガードマン」ではないことを明らかにしている。米軍のアジア戦略の本質が正直に語られている。
(14)米国は、尖閣の施政権が日本にあることを認めているが、領有権についてはコミットせず、日米安保条約第5条の対象として同盟責任を果たすことを繰り返し明言しているが、それが軍事介入(米中戦争)を意味しないことも明らかだ。
要するに、日中両国へ配慮し、東アジアにおける米国の影響力を最大化する「あいまい作戦」なのだ。
この現実を冷静に受け止める視界なしに、日米同盟の今後、基地問題も議論できない。
(15)ウクライナ危機を震源として、ユーラシアの地政学が動き始めた。
歴史は、玉突きの球のように動く。地殻変動の中で、日本外交は矛盾を露呈し始めた。
対米過剰依存の固定観念に埋没する一方で、近隣からの孤立という不安の中で、ロシアの理不尽な行動にも「実効のない制裁」でお茶を濁している。21世紀の世界に関与する外交総体の構想に欠けるからだ。
取り戻すべきは、
(a)近隣との協調と相互信頼を基盤にした自立自尊の構想であり、
(b)柔軟で賢明な進路選択だ。
□寺島実郎「ウクライナ危機が炙りだした日本外交のジレンマ ~脳力のレッスン 特別編 145回~」(「世界」2014年5月号)
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【参考】
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」