(1)エネルギー資源は、国、社会、産業のいわば血液だ。
エネルギー資源は、その生産国とパイプラインの通る中継諸国と、それに携わる者に巨利をもたらす。各国首脳が目の色を変えて飛び回る所以だ。
ウクライナ騒動の主要な背景をなす天然ガス問題に絞って、大方のマスコミとは別の角度からウクライナ問題を眺め直してみる。すると、ロシア軍とNATO軍の軍事緊張まで煽り立てる、表層的でしばしば幼稚な国際報道とは異なり、できるだけ深層を考えるための有力なヒントが出てくる。
(2)EUは、2012年に天然ガス消費量の3分の2をEU域外からの輸入に依存している。輸出できる国は、オランダだけだ。
主要なEU向け天然ガスの供給元はロシア(36.5%)、ノルウェー(34.2%)、アルジェリア(14.2%)の3国だ。このほかにカタール(9.2%)など液化天然ガス(LNG)供給国が数か国ある。
将来的には、カフカス・中央アジア諸国、イラン、イラクなど他の地域も重要な供給元になるが、当面はロシアは最大の対EU天然ガス輸出国だ。
(3)ロシア天然ガスのEU向け輸出には、4つの主要ルートがある。( )内はEU向け天然ガス輸出の比率。
(a)バルトルート・・・・ロシアからフィンランドとバルト諸国を直接に結ぶ。
(b)北ストリームルート(16.5%)・・・・ロシアからバルト海底を通り直接ドイツに至る。
(c)ベラルーシ中継ルート(25.9%)
(d)ウクライナ中継ルート(57.6%)
このほか、ロシアとトルコを直接結ぶブルームストリームルートがある。その輸送量は160億立米/年だ。
ちなみに、(c)の輸送量は330億立米/年、(b)は2014年4月に550億立米/年に達する見込み。一方、(d)は820億立米/年から480億立米/年へと大幅な落ち込みが予想されている。
それでも(d)は、これまでは6割近い主流の位置を占めてきた。冷戦終結直後の1990年代初め、対EU向けロシア天然ガスの90%が(d)に依存していた。他の3ルートを作ったのは、(d)の依存度をできるだけ減らそうとした理由が大きい。
(4)3月20日、ブリュッセルのEU首脳会議で発表された対露制裁は、次期EU・露首脳会議の見合わせやプーチン大統領取り巻き高官の国外の移動規制など、腰の引けた内容だった。
EUの弱腰の理由は、ロシア天然ガスへの依存度の高さのせいではない。それは、ロシアにとってもその収入の多くをEU諸国に依存していることにほかならず、必ずしもEUの弱みとは言い切れない。
実は、はるかに不純な事情がある。以下、その例。
(a)①フランス軍事産業にとって、ロシアは大切な顧客だ。②ロシアは海運国オランダの港湾施設の建設整備に巨額の融資を行っている。③英国の金融界を支えているのはロシア・マネーだ。
(b)シュレーダー・前ドイツ首相は、首相を辞めたとたん、ガスプロム社(ロシア)の子会社に雇われた。
(c)リッポネン・元フィンランド首相は、退任した数年後、ガスプロムの(3)-(b)計画のコンサルタントに就いた。
(d)プロディ・元イタリア首相は、ロシア側からの(b)・(c)と同様の誘いを断った。だが、ベルルスコーニ・元イタリア首相が首相時代以来プーチンと盟友関係にあることはよく知られている。
(5)(3)-(d)のガス供給が止まっても、2009年1月にウクライナとロシアの喧嘩の結果、起きたガス危機のような事態の再発はまず起こり得ない。その根拠は、
(a)緊急の歳に輸送量アップの余剰能力をもつ(3)-(b)が完成した。
(b)多くの欧州諸国が備蓄能力を上げた。
(c)ガス不足の国が出れば余力のある国からパイプラインの流れを変えて支援する態勢が整えられてきた。
などだが、マスコミは恐怖心を煽りすぎる。今回のウクライナ政変は、意図的に危機感が煽られている節がある。
□谷口長世「天然ガス・パイプラインから眺めたウクライナ騒動 ~遙かなセバストーポリ --エネルギー奥の院を覗く」(「世界」2014年5月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
エネルギー資源は、その生産国とパイプラインの通る中継諸国と、それに携わる者に巨利をもたらす。各国首脳が目の色を変えて飛び回る所以だ。
ウクライナ騒動の主要な背景をなす天然ガス問題に絞って、大方のマスコミとは別の角度からウクライナ問題を眺め直してみる。すると、ロシア軍とNATO軍の軍事緊張まで煽り立てる、表層的でしばしば幼稚な国際報道とは異なり、できるだけ深層を考えるための有力なヒントが出てくる。
(2)EUは、2012年に天然ガス消費量の3分の2をEU域外からの輸入に依存している。輸出できる国は、オランダだけだ。
主要なEU向け天然ガスの供給元はロシア(36.5%)、ノルウェー(34.2%)、アルジェリア(14.2%)の3国だ。このほかにカタール(9.2%)など液化天然ガス(LNG)供給国が数か国ある。
将来的には、カフカス・中央アジア諸国、イラン、イラクなど他の地域も重要な供給元になるが、当面はロシアは最大の対EU天然ガス輸出国だ。
(3)ロシア天然ガスのEU向け輸出には、4つの主要ルートがある。( )内はEU向け天然ガス輸出の比率。
(a)バルトルート・・・・ロシアからフィンランドとバルト諸国を直接に結ぶ。
(b)北ストリームルート(16.5%)・・・・ロシアからバルト海底を通り直接ドイツに至る。
(c)ベラルーシ中継ルート(25.9%)
(d)ウクライナ中継ルート(57.6%)
このほか、ロシアとトルコを直接結ぶブルームストリームルートがある。その輸送量は160億立米/年だ。
ちなみに、(c)の輸送量は330億立米/年、(b)は2014年4月に550億立米/年に達する見込み。一方、(d)は820億立米/年から480億立米/年へと大幅な落ち込みが予想されている。
それでも(d)は、これまでは6割近い主流の位置を占めてきた。冷戦終結直後の1990年代初め、対EU向けロシア天然ガスの90%が(d)に依存していた。他の3ルートを作ったのは、(d)の依存度をできるだけ減らそうとした理由が大きい。
(4)3月20日、ブリュッセルのEU首脳会議で発表された対露制裁は、次期EU・露首脳会議の見合わせやプーチン大統領取り巻き高官の国外の移動規制など、腰の引けた内容だった。
EUの弱腰の理由は、ロシア天然ガスへの依存度の高さのせいではない。それは、ロシアにとってもその収入の多くをEU諸国に依存していることにほかならず、必ずしもEUの弱みとは言い切れない。
実は、はるかに不純な事情がある。以下、その例。
(a)①フランス軍事産業にとって、ロシアは大切な顧客だ。②ロシアは海運国オランダの港湾施設の建設整備に巨額の融資を行っている。③英国の金融界を支えているのはロシア・マネーだ。
(b)シュレーダー・前ドイツ首相は、首相を辞めたとたん、ガスプロム社(ロシア)の子会社に雇われた。
(c)リッポネン・元フィンランド首相は、退任した数年後、ガスプロムの(3)-(b)計画のコンサルタントに就いた。
(d)プロディ・元イタリア首相は、ロシア側からの(b)・(c)と同様の誘いを断った。だが、ベルルスコーニ・元イタリア首相が首相時代以来プーチンと盟友関係にあることはよく知られている。
(5)(3)-(d)のガス供給が止まっても、2009年1月にウクライナとロシアの喧嘩の結果、起きたガス危機のような事態の再発はまず起こり得ない。その根拠は、
(a)緊急の歳に輸送量アップの余剰能力をもつ(3)-(b)が完成した。
(b)多くの欧州諸国が備蓄能力を上げた。
(c)ガス不足の国が出れば余力のある国からパイプラインの流れを変えて支援する態勢が整えられてきた。
などだが、マスコミは恐怖心を煽りすぎる。今回のウクライナ政変は、意図的に危機感が煽られている節がある。
□谷口長世「天然ガス・パイプラインから眺めたウクライナ騒動 ~遙かなセバストーポリ --エネルギー奥の院を覗く」(「世界」2014年5月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【ウクライナ】エネルギー・集団自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」