(1)吉田昌郎・福島第一原発所長(肩書きは当時。以下同じ)が、政府事故調査・検証委員会の聴取に答えた「吉田調書」の内容を「朝日新聞」が報じている。
「調書」では、次のようなことが指摘されている。
(a)所員の9割が所長命令に反して第二原発へ避難していた。
(b)本店(東京)に助けを求めた吉田所長に対して、清水正孝・社長が「可能な範囲で対処方針、対処しますので、なんとか、今しばらくはちょっとがんばっていただく」と答え、迅速には動かなかった。
(c)(b)の結果、収拾に当たったのは消防隊や関連企業だった。
(2)<最も大変な事態が進行しているときに、原発を操作できる電力会社が収束作業態勢を著しく縮小し、作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった>と朝日新聞は書く。
その底にあるのは、電力会社の「日常」だったのではないか。つまり、間接部門(委託・派遣)や非正規に現場(事業の根幹であるはず)を担わせて本体は空洞化し、幹部や上級社員が「不在地主化」しつつある「日常」だ。
(3)原発のようなものを動かすなら、最低限、次のシステムが不可欠だ。これらの基本が「調書」には見られない。
(a)働き手は何をしているか(職務の透明性)。
(b)その役割は果たされているか(評価の透明性)。
(c)「目下」の社員からの危険信号でも迅速に受け止める体制があるか(職場の民主制)。
(4)中国電力では、賃金差別訴訟も起きている。ここでも、同様の危惧が感じられる。
原告は、同社で働き続けてきた長迫忍だ。女性にも力を発揮させてほしい、と長く訴え続け、ようやく営業の仕事を任せられるようになった。しかし、昇進・昇格・賃金で男性と大きく差をつけられ続け、2008年、提訴に踏み切った。
一審、二審は敗訴し、最高裁に上告中だが、その記録からは、実際の職務より性別や身分を重視する体質、異論を唱えた者を封殺する労務管理が浮かんでくる。
(5)原発だけではない。テレビ業界・広告業界、自治体サービスを始め、派遣・委託・非正規任せによる空洞化は蔓延している。竹信三恵子『ルポ賃金差別』(ちくま新書)でも指摘があるが、怖いのは、非正規化と間接雇用化で一線の働き手は労使交渉の道さえふさがれ、意思決定層への発信が難しくなっていることだ。
そんな中で働き手に投げつけられるのが「自己責任」という言葉だ。
(6)正社員の枠を狭められて就職に苦労する学生に、「自分を磨け」と説教するだけの社会では、学生は持てるすべてを注ぎ込んで、自力で就活を乗り越えるしか手はない。大内裕和・中京大学教授のいわゆる「全身就活」だ。
企業の低賃金や長時間労働による結婚の困難を何とか自力で乗り越えようと、「全身婚活」に走る男女。
保育所不足を乗り越えるため、産休・育休中から必死で保育所探しに走る「全身保活」の若い母。
(7)(5)や(6)の状況をめぐる対談集『「全身○活」時代 ~就活・婚活・保活からみる社会論』(大内裕和/竹信三恵子、青土社、2014.5.22)が今月出たが、「吉田調書」に表れたのは、まさに空洞化した電力会社内での現場の必死の乗り越えとしての「全身○活」の姿だった。
原発の持続可能性の危うさは言うまでもない。
同時に、私たちにあの原発を再稼働できるような組織を持っているのか・・・・という問いも発していく必要がある。
□竹信三恵子(和光大学教授)「「吉田調書」に浮かぶ電力会社の「日常」 差別的労働管理が生む「全身○活」の危うさ ~竹信三恵子の経済私考~」(「週刊金曜日」2014年5月30日号)
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「調書」では、次のようなことが指摘されている。
(a)所員の9割が所長命令に反して第二原発へ避難していた。
(b)本店(東京)に助けを求めた吉田所長に対して、清水正孝・社長が「可能な範囲で対処方針、対処しますので、なんとか、今しばらくはちょっとがんばっていただく」と答え、迅速には動かなかった。
(c)(b)の結果、収拾に当たったのは消防隊や関連企業だった。
(2)<最も大変な事態が進行しているときに、原発を操作できる電力会社が収束作業態勢を著しく縮小し、作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった>と朝日新聞は書く。
その底にあるのは、電力会社の「日常」だったのではないか。つまり、間接部門(委託・派遣)や非正規に現場(事業の根幹であるはず)を担わせて本体は空洞化し、幹部や上級社員が「不在地主化」しつつある「日常」だ。
(3)原発のようなものを動かすなら、最低限、次のシステムが不可欠だ。これらの基本が「調書」には見られない。
(a)働き手は何をしているか(職務の透明性)。
(b)その役割は果たされているか(評価の透明性)。
(c)「目下」の社員からの危険信号でも迅速に受け止める体制があるか(職場の民主制)。
(4)中国電力では、賃金差別訴訟も起きている。ここでも、同様の危惧が感じられる。
原告は、同社で働き続けてきた長迫忍だ。女性にも力を発揮させてほしい、と長く訴え続け、ようやく営業の仕事を任せられるようになった。しかし、昇進・昇格・賃金で男性と大きく差をつけられ続け、2008年、提訴に踏み切った。
一審、二審は敗訴し、最高裁に上告中だが、その記録からは、実際の職務より性別や身分を重視する体質、異論を唱えた者を封殺する労務管理が浮かんでくる。
(5)原発だけではない。テレビ業界・広告業界、自治体サービスを始め、派遣・委託・非正規任せによる空洞化は蔓延している。竹信三恵子『ルポ賃金差別』(ちくま新書)でも指摘があるが、怖いのは、非正規化と間接雇用化で一線の働き手は労使交渉の道さえふさがれ、意思決定層への発信が難しくなっていることだ。
そんな中で働き手に投げつけられるのが「自己責任」という言葉だ。
(6)正社員の枠を狭められて就職に苦労する学生に、「自分を磨け」と説教するだけの社会では、学生は持てるすべてを注ぎ込んで、自力で就活を乗り越えるしか手はない。大内裕和・中京大学教授のいわゆる「全身就活」だ。
企業の低賃金や長時間労働による結婚の困難を何とか自力で乗り越えようと、「全身婚活」に走る男女。
保育所不足を乗り越えるため、産休・育休中から必死で保育所探しに走る「全身保活」の若い母。
(7)(5)や(6)の状況をめぐる対談集『「全身○活」時代 ~就活・婚活・保活からみる社会論』(大内裕和/竹信三恵子、青土社、2014.5.22)が今月出たが、「吉田調書」に表れたのは、まさに空洞化した電力会社内での現場の必死の乗り越えとしての「全身○活」の姿だった。
原発の持続可能性の危うさは言うまでもない。
同時に、私たちにあの原発を再稼働できるような組織を持っているのか・・・・という問いも発していく必要がある。
□竹信三恵子(和光大学教授)「「吉田調書」に浮かぶ電力会社の「日常」 差別的労働管理が生む「全身○活」の危うさ ~竹信三恵子の経済私考~」(「週刊金曜日」2014年5月30日号)
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