語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感

2014年06月28日 | ●片山善博
 (1)ベトナム各地で激しい反中国デモが暴動にまで及んだ。現地で働く中国人が襲われ、お数人が死亡し、負傷者は100人を上回る。
 台湾系企業のほか日系企業も襲われた。これは企業名の表示などに漢字を使っていることから中国系企業と間違われたことによる、とマスコミは報じている。
 マスコミのこの報道は正しいか。
 
 (2)日系企業のベトナム進出は1990年代から本格化した。もし、「漢字を使う企業は中国系」という認識が今日のベトナム社会で一般的だとするなら、この四半世紀、日系企業は中国系企業だと誤解され続けてきたことになる。日系企業の知名度はそんなにも低かったのか。名にし負う経済大国でありながら、日本の存在感はかくも薄かったのか。漢字誤解説はにわかには信じがたい。
 このたびのデモは、ベトナムの排他的経済水域における中国の傍若無人な振る舞いに端を発し、日本に向けられたものではない。ただ、年来デモなどの政治活動を禁じられていた国で、どうやら今度ばかりは政府も容認した抗議行動の渦中、その勢いと興奮が中国への当面の怒りを越えて、日ごろのさまざまな不満のはけ口に転化したような面はなかったか。
 労働者の処遇、わけても本国から派遣されている幹部社員と現地従業員との間の余りにも大きい格差に対する複雑な感情はないか。
 
 (3)ベトナムは中国と違って親日的で今後の投資先としてすこぶる有望だ・・・・という日本の通り相場、その牧歌的イメージは最近ではミャンマーなどにも及んでいるが、政治的経済的に多くの困難を抱えているこの国を見る視点としては、あまりにも一面的に過ぎる。
 経済界にしてみれば、このたびの日系企業襲撃事件によって投資先としてのベトナムの良好なイメージが損なわれることは避けたいだろう。幸いベトナム政府が強権でデモを抑え込んでくれたから、もう安心してよい(ほんとは権力がデモを抑え込む国は内部に矛盾を抱え、不安定さが増す)。襲撃事件の背景やベトナム社会のややこしい問題には目をつぶり、早く元の生活と仕事に戻りたい。
 こうした人たちには、「漢字誤解説」は格好の理由づけになる。
 しかし、ベトナムはかつて漢字圏だった。今でも古刹などに漢字が残る。姓名も漢字に由来する。<例>ホーチミンは胡志明だ。「漢字誤解説」は、ますます眉唾だ。

 (4)マスコミ報道では、群衆が台湾系企業や日系企業を襲ったことを厳しく批判していた(当然)。しかし、中国系企業が襲われたことに、怒りや同情はほとんど伝えていない。
 南シナ海における中国の石油採掘施設建設は中国が一方的に悪いとしても、だからといって中国系企業や中国人がベトナムで襲われていい、ということにはならない。彼らは南シナ海の一件とは無関係であって、彼らが中国人であるという理由で彼らに責任を負わせたり、彼らを罰することは許されない。
 先年中国で起きた反日暴動とそれに伴う日系企業への襲撃が正しくなかったのと同じことだ。

 (5)1882年7月、朝鮮の漢城(いまのソウル)で兵士の暴動が発生し、日本の公使館が襲われ、公使館員らが虐殺された(「壬午軍乱」)。その頃日本に滞在していたエドワード・モース(米国人、大森貝塚の発見者)によれば、「国中が朝鮮の高圧手段に憤慨し、その興奮はモースをして「南北戦争が勃発した後の数日間を連想させ」るほどだった。
 その事件からまだひと月もたたぬ頃、モースは神戸から京都へ向かう途中、2人の朝鮮人と同じ汽車に乗り合わせた。彼らが朝鮮人であることは、モースにも日本人にも、ただちに了解できた。
 二人が大阪で下車したので、モースも、京都までの切符を犠牲にしてまで後ろを追った。案の定、駅を出た2人を群衆が取り囲むときもあった。モースは気が気ではなかったが、その心配をよそに、群衆の中には「敵意を含む身振り」も「嘲弄するような言葉」もついぞ発見することはなかった。群衆は単に、2人の身なりが珍しかったから取り巻いただけなのであった。
 モースは述懐する。「日本人は、この二人が、彼らの祖国において行われつつある暴行に、まるで無関係であることを理解せぬほど馬鹿ではなく、彼らは平素のとおりの礼儀正しさを以て扱われた」
 モースはさらに、南北戦争のさなかに北方人が南方で酷い仕打ちをされたことを思い浮かべ、どっちの国民がより高く文明的であるかを自問した。
 明治の日本人の分別と礼節を、先年日系企業を襲った中国人、このたび暴動を起こしたベトナム人、そして昨今中国政府や韓国政府への反発から中国人や韓国人をことさら見下し、口汚く罵る一部の日本人に是非共有していただきたい。
  
□片山善博(慶大教授)「「ベトナム反中国暴動」報道への違和感 ~日本を診る 57~」(「世界」2014年7月号)
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