語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【81】03論争

2014年06月09日 | ●アランの言葉
 論戦というものは決して人を教えるものではない。

□アラン(小林秀雄・訳)『精神と情熱に関する八十一章』(東京創元社・創元ライブラリー、1997)
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 【参考】
【81】02情熱や情熱の危機
【81】01精神と情熱に関する八十一章

     薔薇(あやおり)
    

【81】02情熱や情熱の危機

2014年06月09日 | ●アランの言葉
 情熱や情熱の危機は、冷静な吟味によって幾分は調節されるが、又同時に年齢の加減でも冷めるものだ。

□アラン(小林秀雄・訳)『精神と情熱に関する八十一章』(東京創元社・創元ライブラリー、1997)の『序言』
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 【参考】
【81】01精神と情熱に関する八十一章

    薔薇(マダム・ビオレ)
   

【81】01精神と情熱に関する八十一章

2014年06月09日 | ●アランの言葉
    薔薇(ドルトムント)
   

 これから1年間、折に触れて引用する。引用にとどめるつもりだが、多少の注釈、多少の所見を付するかもしれない。なお、引用は(5)の順序どおりではない。
 
 <凡例>
 (1)テキストは、小林秀雄・訳『精神と情熱に関する八十一章』(東京創元社・創元ライブラリー、1997)である。
 (2)【81】は、テキストからの引用で構成し、註釈は別途その旨を示す。
 (3)タイトルの「【81】01」は、ブログで『精神と情熱に関する八十一章』について書くのが1回目を意味する。
 (4)本文の「【01-01】」は、(5)に記す目次の「第一部第一章」を意味し、「【解説】」は中村雄二郎による「小林秀雄訳・アラン『精神と情熱に関する八十一章』について」を意味する。
 (5)目次は、次のとおり。

    まえがき
    序言
    第一部 感覚による認識
      第一章 感覚による認識のなかにある予想 
      第二章 錯覚 
      第三章 運動の知覚
      第四章 感覚の教育
      第五章 刺激
      第六章 空間
      第七章 感覚と悟性
      第八章 物
      第九章 想像
      第十章 異なった感覚による想像
      第十一章 観念の連合
      第十二章 記憶
      第十三章 からだのなかの痕跡
      第十四章 連続
      第十五章 持続の感情
      第十六章 時間
      第十七章 主観的なものと客観的なもの

    第二部 秩序ある経験
      第一章 あてどのない経験
      第二章 観察 
      第三章 観察者の悟性
      第四章 類推と類似
      第五章 仮設と憶測
      第六章 デカルト讃
      第七章 事実
      第八章 原因
      第九章 目的
      第十章 自然の法則
      第十一章 原理
      第十二章 メカニスム
    第三部 推理による認識
      第一章 言語 
      第二章 会話
      第三章 論理学あるいは修辞学
      第四章 注釈
      第五章 幾何学
      第六章 力学
      第七章 算術と代数学
      第八章 むなしい弁証法
      第九章 形而上学的推論の調査二つ三つ
      第十章 心理学
    第四部 行為
      第一章 判断 
      第二章 本能
      第三章 宿命論
      第四章 習慣
      第五章 決定論
      第六章 精神と身体の一致
      第七章 自由意志と信念
      第八章 神と希望と慈愛
      第九章 天才
      第十章 懐疑
    第五部 情熱
      第一章 幸福と倦怠 
      第二章 賭博熱
      第三章 恋愛
      第四章 自愛
      第五章 野心
      第六章 貪欲
      第七章 人間ぎらい
      第八章 妄想症
      第九章 恐怖
      第十章 怒り
      第十一章 暴力
      第十二章 涙
      第十三章 笑い
    第六部 道徳
      第一章 勇気 
      第二章 節制
      第三章 誠実
      第四章 正義
      第五章 再び正義(つづき)
      第六章 再び正義(つづき)
      第七章 権利と力
      第八章 知恵
      第九章 魂の立派さ
    第七部 儀式
      第一章 連帯関係 
      第二章 礼儀
      第三章 結婚
      第四章 礼拝
      第五章 建築
      第六章 音楽
      第七章 演劇
      第八章 狂信
      第九章 詩と散文
      第十章 公の力
   訳者後記
   あとがき
   小林秀雄訳・アラン『精神と情熱に関する八十一章』について・・・・中村雄二郎 

□アラン(小林秀雄・訳)『精神と情熱に関する八十一章』(東京創元社・創元ライブラリー、1997)
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【食】来年から始まる弁当の健康認証マーク ~コンビニ弁当も健康?~

2014年06月09日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)2015年4月から、健康マークが貼られた弁当ばかり店頭に並ぶことになるかもしれない。
 厚生労働省「日本人の長寿を支える『健康な食事』のあり方に関する検討会」で、健康認証マーク制度の概要が決まった。
 調理済みの食品(コンビニエンスストア・スーパーマーケット・宅配etc.)が対象。飲食店は今の段階では対象になっていない。
 国が決めた基準を満足していれば健康マークを貼付してよい。
 マークはこれから公募される。
 認証ではあっても、自己認証だ。有機JASマークのように国や第三者機関が検査認証するわけではない。
 来年までに発表される国の基準さえ守っていれば、製造業者や小売店が自分でマークを付けることができる。

 (2)「健康な食事」の基準は何か。
 「主食・主菜・副菜のそろう食事が整えられるよう、主食・主菜・副菜の料理ごとに、食材(食品)及び栄養素の特性を踏まえた基準を定める。その際、適正なエネルギー量で、食塩含有量をより少なくすることに配慮する。主食・主菜・副菜は、単品でも組み合わせでも認証できる」
 <例>主食は「精製度の低い穀類を積極的に利用したもの」で、基準のイメージは「炭水化物○○~○○g、100kcal当たりの食物繊維○○g以上を満たす、精製度の低い米や麦等を用いた主食。単品の場合は、○○~○○kcalを超えないこと」になる。白米より玄米のほうが健康だ、ということになる。
 同様に、主菜は「適切な蛋白質量」、副菜は「十分な野菜量」、さらに「適切なエネルギー量」や「食塩含有量」などの基準が作られる見込み。

 (3)カロリーや塩分量が基準の決め手になるので、自分で分析しなくてはならない。
 大手企業は問題ないが、中小企業はじ自社で栄養分析ができないので、外部に委託することになる。通常、1品で1万円くらいの費用がかかるので、中小業者は、売り上げが伸びる保証がない限り健康マークを張ることは難しい。大手企業有利の案だ。
 健康マークを貼ればなんでも売れるという訳にはいくまいが、自己認証だけに偽装しやすい。
 取り締まるは誰が、どのようにして行う制度か。
 手を抜けば、偽装健康マークだらけになる。

 (4)健康弁当と健康総菜を食べて、本当に健康になれるか。
 添加物や発癌物質がいっぱい使用されていても、健康マークを貼ることができる。
 地域産物を使うことが認証条件になっていないので、輸入品ばかりで作った弁当や総菜まで健康マークを貼ることができる。
 国は、「大量生産、添加物いっぱいの出来合い食品で、十分健康になれる」と推奨することになる。
 家庭料理や手作り料理より、コンビニやスーパーの弁当や総菜のほうを買え、と言っている。

 (5)これが、本当に健康づくりなのか。
 市販されている加工食品で健康になれるということ自体、無理がある。
 本来、できるだけ生鮮食品を買ってきて、家で料理するこよを国は推奨すべきだ。 

□垣田達哉「来年から始まるお弁当の健康認証マーク コンビニ弁当も“健康”ですか」(「週刊金曜日」2014年6月6日号)
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