11月8日、モスル(イラク北部)近郊で、米軍などの戦闘機が「イスラム国」(イスラム教スンニー派過激組織)幹部の車列を攻撃した。その際、自称「イスラム国」最高指導者のアブバクル・バグダディが重傷を負った、との報道がなされた。
<米中央軍によると、空爆により過激派の戦闘車両10台を破壊した。車両には「イスラム国」の幹部が乗っており、数人が殺害された模様だ。衛星放送アルアラビアは、イラクの有力部族の話として、「イスラム国」を率いるバグダディ容疑者が「致命傷を負った」と報じた。これとは別に、シリアとの国境に近いアルカイムで「イスラム国」幹部が集まる民家に対しても空爆があったという。
バグダディ容疑者は「イスラム国」を率い、イラクとシリアの広い範囲を制圧。戦闘や支配地域の統治も指揮しているとみられる。「国家樹立」を宣言後、7月にモスルの大モスクで説教する姿がインターネットに公開されて以来、所在に関する情報はほとんど確認されていない。>【注】
しかし、米軍がバグダディに致命傷を負わせ、同人が死亡したとしても、「イスラム国」の現状に大きな変化はない。
なぜなら、「イスラム国」は最高指導者の指令によって動く縦型の組織ではないからだ。
2001年9月11日に米国同時多発テロを起こしたアルカイダに対して、米国は世界的規模で「対テロ戦争」を行った。2011年5月には、ウサマ・ビン・ラディン・アルカイダ指導者をパキスタンで殺害した。
アルカイダ系の活動家は、米国の「対テロ戦争」に対応する過程で、非集権的、ネットワーク的な組織への転換を遂げた。
アブ・ムサブ・ザルカイは「イラクのアルカイダ」を創設した。この特徴は、本家のアルカイダと異なり、シーア派を異端と見てジハード(聖戦)の対象とする宗教的態度だ。ザルカイは、米軍によって2006年に殺害された。しかし、「イラクのアルカイダ」は勢力を拡大していき、「イスラム国」の直接の起源となった。2013年、シリアの反政府組織を基盤に台頭した「ヌスラ戦線」と合同し、「イラクとシャーム(シリア)のイスラム国」の設立を宣言した。
しかし、これには「ヌスラ戦線」と本家アルカイダの双方から異論が出た。その結果、この組織は「イスラム国」と改称し、アルカイダから分離すると共に、「ヌスラ戦線」とも激しく対立するようになった。
「イスラム国」は、組織化を避け、分散して潜伏し、小規模なテロを繰り返すことによりグローバル・ジハードを展開する、という運動論を採用している。この手法は今のところ成功している。
「ジハードにより、世界的規模で単一のカリフ帝国を確立する」・・・・というだけの、緩やかなつながりのテロリスト・ネットワークが形成されているので、カリフを自称するバグダディが殺されても、「あいつは本物のカリフではなかった。だから神に見放された」と受けとめられるだけだ。それによって、「イスラム国」のネットワークが解体されることはない。
テロリスト・ネットワークは、日本にも張り巡らされつつある。
遮断が焦眉の急だ。
【注】記事「「イスラム国」車列を空爆 最高指導者「致命傷」の情報」(朝日新聞デジタル 2014年11月9日)
□佐藤優「「イスラム国」その組織の本質とは ~佐藤優の人間観察 第90回~」(「週刊現代」2014年11月29日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
「【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~」
「【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~」
「【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~」
「【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~」
「【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~」
「【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~」
「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
「「森訪露」で浮かび上がった路線対立」
「【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~」
「【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」」
「【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~」
「【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~」
「【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~」
「【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~」
「【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~」
「【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~」
「【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~」
「【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ」
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
<米中央軍によると、空爆により過激派の戦闘車両10台を破壊した。車両には「イスラム国」の幹部が乗っており、数人が殺害された模様だ。衛星放送アルアラビアは、イラクの有力部族の話として、「イスラム国」を率いるバグダディ容疑者が「致命傷を負った」と報じた。これとは別に、シリアとの国境に近いアルカイムで「イスラム国」幹部が集まる民家に対しても空爆があったという。
バグダディ容疑者は「イスラム国」を率い、イラクとシリアの広い範囲を制圧。戦闘や支配地域の統治も指揮しているとみられる。「国家樹立」を宣言後、7月にモスルの大モスクで説教する姿がインターネットに公開されて以来、所在に関する情報はほとんど確認されていない。>【注】
しかし、米軍がバグダディに致命傷を負わせ、同人が死亡したとしても、「イスラム国」の現状に大きな変化はない。
なぜなら、「イスラム国」は最高指導者の指令によって動く縦型の組織ではないからだ。
2001年9月11日に米国同時多発テロを起こしたアルカイダに対して、米国は世界的規模で「対テロ戦争」を行った。2011年5月には、ウサマ・ビン・ラディン・アルカイダ指導者をパキスタンで殺害した。
アルカイダ系の活動家は、米国の「対テロ戦争」に対応する過程で、非集権的、ネットワーク的な組織への転換を遂げた。
アブ・ムサブ・ザルカイは「イラクのアルカイダ」を創設した。この特徴は、本家のアルカイダと異なり、シーア派を異端と見てジハード(聖戦)の対象とする宗教的態度だ。ザルカイは、米軍によって2006年に殺害された。しかし、「イラクのアルカイダ」は勢力を拡大していき、「イスラム国」の直接の起源となった。2013年、シリアの反政府組織を基盤に台頭した「ヌスラ戦線」と合同し、「イラクとシャーム(シリア)のイスラム国」の設立を宣言した。
しかし、これには「ヌスラ戦線」と本家アルカイダの双方から異論が出た。その結果、この組織は「イスラム国」と改称し、アルカイダから分離すると共に、「ヌスラ戦線」とも激しく対立するようになった。
「イスラム国」は、組織化を避け、分散して潜伏し、小規模なテロを繰り返すことによりグローバル・ジハードを展開する、という運動論を採用している。この手法は今のところ成功している。
「ジハードにより、世界的規模で単一のカリフ帝国を確立する」・・・・というだけの、緩やかなつながりのテロリスト・ネットワークが形成されているので、カリフを自称するバグダディが殺されても、「あいつは本物のカリフではなかった。だから神に見放された」と受けとめられるだけだ。それによって、「イスラム国」のネットワークが解体されることはない。
テロリスト・ネットワークは、日本にも張り巡らされつつある。
遮断が焦眉の急だ。
【注】記事「「イスラム国」車列を空爆 最高指導者「致命傷」の情報」(朝日新聞デジタル 2014年11月9日)
□佐藤優「「イスラム国」その組織の本質とは ~佐藤優の人間観察 第90回~」(「週刊現代」2014年11月29日号)
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【参考】
「【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~」
「【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~」
「【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~」
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「【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず」
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