名 称:本郷大六天青石塔婆と樫樹(伝畠山重忠墓)
員 数:2基・1本
年 代:不詳
指 定:飯能市指定史跡(昭和34年(1959)12月1日指定)
所在地:埼玉県飯能市飯能 大六天神社
歴史上の有名人の墓・供養塔と言ったものが複数の地にある例は多い。武蔵武士の鑑と称される畠山重忠にあっ
てもその例に漏れず、埼玉県飯能市内にも伝畠山重忠の墓があるとのことで訪ねてみました。
その場所については、市立飯能西中学校の校庭の南側とのことで、まず、南側のどのあたりか(付近?)を探す
のに一苦労しましたが、付近を探し当てると民家の塀に目印が表示されていました。
何と民家と民家の間を入って行った更に民家と民家の間に「大六天神社」の神額のかかった鳥居がありました。
小さな祠の神社ですが、例祭(4月29日)も行われるようで、訪問時、付近に例祭を知らせる看板が出ていまし
た。
祠の後ろの木が樫樹 左側に手書きの「伝・畠山重忠の墓」標柱と説明板が設置されています。
樫樹 上まで撮るのを失念しましたが、相当の樹齢のようです
説明板に畠山重忠の墓とされる伝説が記されています
広い意味での地元の英雄ですから、こうした伝説が生まれたのでしょう
これが「伝・畠山重忠の墓」とされる二基の板石塔婆
阿弥陀三尊のほかは銘も年号もない・・・だからこそ伝・畠山重忠の墓とすることが出来るわけでして、銘や年
号があったら無理な話でしょうから
板石塔婆を別の角度から
あくまで伝説と分り切っていても、こうして探し訪ねて歩くのも一つの楽しみなのです。
散策日:平成31年(2019)4月15日(月)