誰もが、いくつかの風呂敷の技を身につけていて、
日常生活で普通に活用している、という状態が
希ましく思う。
今日の夕方、友人と共催している造形教室の帰りみち、
息子が疲れて足が痛いという。
しかしあたしゃ両手に荷物を2個ずつ提げているから、
ランドセル背負える1年生をおぶるのは難儀じゃの。
そこで、ね
小さい風呂敷をぱしぱしとタタミ、手提げの取っ手に
引っ掻けて魔法をかければ、胴に斜めがけできる。
他ちょこまか工夫をし、えっこら息子を背負って帰った。
かように、物理的に困難な状況でも、
伝家のいちまいが現実を組み換え、
青色吐息も15秒でサクラ色。
しかも、風呂敷は簡単で許容範囲がひろく、やっつけ仕事でも
成功しやすい。駄目でもほどいてやり直せる。
現代でも十分に役立つし、僕なんかがピーピー説明しないでも、
持ち歩いて、トライさえすれば、助かる場面は数知れないのだ。
私もいつか寿命が来るので、何とか、これまでの風呂敷の
印象を超え、ごく平凡なスキルとしてみなが得るには
どう動けばよいかと考えてみる。
そがためには、終わらせることをはじめる必要があろう。
3冊ほど、風呂敷の自分なりの定本をこれから形にして、
あとはその子たちに歩いてもらう。
日常編
防災編
特別編
どこかのカフェで、叩き台だけでもやっつけておこう。
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