MSN産経ニュース-2014.5.19 09:27
被害避け集落移転したアイヌ
悪夢のような東日本大震災から、早くも3年以上が過ぎた。津波で壊滅した市街地も、将来に向けて安心して住めるように再建が計画され、一部では大規模な建設工事が始まっている。市街地全体を高台など安全な場所に移転するのも、有効な選択肢の一つだ。
江戸時代以前の津波で、このような市街地全体の移転が行われた例を、筆者はこれまで3例しか知らなかった。明応7(1498)年の明応東海地震における三重県鳥羽市と静岡県伊豆市、宝永4(1707)年に起きた宝永地震における高知県土佐清水市の計3例だ。ところが最近の古文書研究で、北海道根室市のアイヌが、津波の後に集落全体を移転していた例が見つかった。
アイヌは字を持たなかったため、自分たちの歴史を書き残していなかった。だが、明治維新以降は北海道にも日本の官庁が置かれ、幕末期に発生した事柄をアイヌの証言に基づいて記録している資料が存在する。そんな資料の一つ、「根室一等測候所報告」に次のような文章があった。
「天保14(1843)年に根室沖海域で発生した地震の津波で、根室沿岸の各地で漁業用の建物が流された。一番被害が大きかったのは花咲(はなさき)で、ここにいたアイヌの住居50軒以上と漁業施設、倉庫などがすべて流失してしまった」
花咲とは、北海道の東端から東側に突き出た根室半島の南岸の集落で、太平洋に面していた。測候所報告の記述は続く。
「津波による大被害後、花咲に住んでいたアイヌは根室半島を北上、横断して北岸の穂香(ほにおい)に全員が移住した」
穂香は根室海峡に面しているため、太平洋沖の千島海溝付近で起きる地震津波の直撃を受けない。アイヌは経験的に、安全な場所だと知っていたようだ。
花咲については、津波から13年後の安政3(1856)年に立ち寄った蝦夷地の探検家、松浦武四郎が当時の様子を紀行文「廻浦(かいほ)日記」にこう記録している。
「花咲は昔、アイヌの住居が30軒以上あり漁業施設も多かったが、今はわずかになってしまった」
つまり、花咲に住んでいたアイヌは、津波に再び襲われるのを恐れて穂香に移り住み、安心できる住居を構えて戻らなかったのだ。
これらの検証により、日本では江戸時代以前に、津波による壊滅的な被害で集落全体が移転したケースが4例あることが分かった。津波防災の先進的事例として、アイヌに深く敬意を表したい。(つじ・よしのぶ 建築研究所特別客員研究員=歴史地震・津波学)
http://sankei.jp.msn.com/science/news/140519/scn14051909270002-n1.htm
被害避け集落移転したアイヌ
悪夢のような東日本大震災から、早くも3年以上が過ぎた。津波で壊滅した市街地も、将来に向けて安心して住めるように再建が計画され、一部では大規模な建設工事が始まっている。市街地全体を高台など安全な場所に移転するのも、有効な選択肢の一つだ。
江戸時代以前の津波で、このような市街地全体の移転が行われた例を、筆者はこれまで3例しか知らなかった。明応7(1498)年の明応東海地震における三重県鳥羽市と静岡県伊豆市、宝永4(1707)年に起きた宝永地震における高知県土佐清水市の計3例だ。ところが最近の古文書研究で、北海道根室市のアイヌが、津波の後に集落全体を移転していた例が見つかった。
アイヌは字を持たなかったため、自分たちの歴史を書き残していなかった。だが、明治維新以降は北海道にも日本の官庁が置かれ、幕末期に発生した事柄をアイヌの証言に基づいて記録している資料が存在する。そんな資料の一つ、「根室一等測候所報告」に次のような文章があった。
「天保14(1843)年に根室沖海域で発生した地震の津波で、根室沿岸の各地で漁業用の建物が流された。一番被害が大きかったのは花咲(はなさき)で、ここにいたアイヌの住居50軒以上と漁業施設、倉庫などがすべて流失してしまった」
花咲とは、北海道の東端から東側に突き出た根室半島の南岸の集落で、太平洋に面していた。測候所報告の記述は続く。
「津波による大被害後、花咲に住んでいたアイヌは根室半島を北上、横断して北岸の穂香(ほにおい)に全員が移住した」
穂香は根室海峡に面しているため、太平洋沖の千島海溝付近で起きる地震津波の直撃を受けない。アイヌは経験的に、安全な場所だと知っていたようだ。
花咲については、津波から13年後の安政3(1856)年に立ち寄った蝦夷地の探検家、松浦武四郎が当時の様子を紀行文「廻浦(かいほ)日記」にこう記録している。
「花咲は昔、アイヌの住居が30軒以上あり漁業施設も多かったが、今はわずかになってしまった」
つまり、花咲に住んでいたアイヌは、津波に再び襲われるのを恐れて穂香に移り住み、安心できる住居を構えて戻らなかったのだ。
これらの検証により、日本では江戸時代以前に、津波による壊滅的な被害で集落全体が移転したケースが4例あることが分かった。津波防災の先進的事例として、アイヌに深く敬意を表したい。(つじ・よしのぶ 建築研究所特別客員研究員=歴史地震・津波学)
http://sankei.jp.msn.com/science/news/140519/scn14051909270002-n1.htm